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結末


「な、ん……だと……?」


コーディは信じられないものを見る目でルーナを見つめた。ルーナの後ろに控えていたアルバートが、颯爽と前に進み出る。


凛とした立ち振舞いに、爽やかな笑顔を湛えてついとお辞儀をする様は、まさに理想の王子様で。ルーナがぱちんと扇子を鳴らすと、ステラが書簡を差し出す。


「アルバート殿下は貧困層への炊き出しに終わらず、子供たちへの学習支援から、治水工事等の公共事業にかかる就労支援等、国民に寄り添った幅広い支援策を行っております。また、毎年氾濫を起こす河川への治水工事も既に完了しており、国民より喜びの声も届いております」

「それが何だ! 俺は第一王子だぞ!」


ルーナはコーディの叫びに、掌を一度打つことで答え、再度口を開く。その顔はにっこりと笑みを湛えており、有無を言わせぬ威圧感を感じさせる。


「こちら、民からのアルバート殿下王太子指名への推薦及び嘆願書です。後程陛下にもご覧いただきたく存じます」

「う、うむ……」


国王は苦渋の表情で頷いた。コーディは納得がいかぬとばかりに奥歯を噛みしめる。ルーナはぱちんと扇子を鳴らすと、コーディを見据えた。


「民あっての国。国あっての王。民のためになる政策を行える王でなければ、家臣はついていきませんわ」

「だから何だ……私は王子だ。血こそ全て! そうだろう!」

「お言葉ですが、アルバート殿下はれっきとした陛下のお子であり、王位継承権第二位の」

「俺は王妃の子だ!」


目を血走らせ、口から唾を飛ばしながらコーディは吠えた。その言葉にリリアナは思わず卒倒する。それを咄嗟に支えながら、国王はリリアナを軽く揺すって叱責した。


「しかと見よ、王妃よ。……あれが、我らの息子だ」

「……はい、陛下……」


リリアナは力無く項垂れる。その手は固くスカートを握りしめており、細い肩はわなわなと震えている。


ルーナは暫し口を噤んだあと、じっとコーディの瞳を見つめた。ついで静かに口を開く。


「血統こそ全て、とは……血統が正しければ権力を恣にし、何をしても良いとお考えですか」

「現に俺は王子だ! 王太子だ! 次期国王だぞ!」

「権力は民のために使うもの。そのための力です。あなた様は民のために何をしましたか?」


思いついたように始まる中途半端な施策に、愛人と乳繰り合っては、違法賭博に勤しむ日々。それの何処が王たるものか。


コーディが遊びに耽り、ただのうのうと日々を過ごす間に、国民たちは一日の食事にありつくために奔走しているだなんて馬鹿馬鹿しい。


「そもそも、あなた様はお国相手に詐欺行為を働き、違法賭博場に入り浸っていた常習犯。いわば罪人なのです。陛下から追って沙汰があることでしょう。それまでご発言にはお気をつけください」

「貴様に何の権限があって」

「一家臣として、申し上げております。殿下」


ただただ静かに淡々と、ルーナは事実を述べていく。それがさらにコーディの苛立ちを加速させ、彼は頭を掻きむしった。隣にいるマリーナが怯えたように目を見開いているが、知ったことか。


「何故だ、何故……俺は王になる男だぞ。何故こんな目に遭わないといけないんだ」

「地位と権力は責任を伴うもの。その地位にあるものは、等しく皆義務を果たさねばなりません。貴族も王族も、皆同じです。義務を果たさぬものに、権力を握る資格などありません」

「煩い! 義務がなんだ。そんなものより血統だろう。だから父上も母上も俺を愛した。あんな妾腹の弟よりもだ!」


愛されていた。それは紛れもない事実で。勉強をしなくても、民のためとされる執務を片手間でしか行わなくとも、父も母も何も言わなかった。


それどころか、昔から側室の子であるアルバートより、正妃の子である自分は確実に愛されていたのだ。服はいつも上等のものを買い与えられ、誰かのお下がりなんてされたこともない。


理不尽なことで怒られるどころか、叱られたりしたこともない。いつだって両親は自分の味方だった。どんな些細なことでも褒めてもらえた。


いつだって日向で愛されているのは自分で、影でひっそりと過ごすのがお似合いな弟。名前すらろくに呼んでもらえていないに違いない。


それがどうしたことだ。アルバートのほうが王に相応しいだと? そんな事があってたまるものか。


「民がなんだ……民草など唯の数字ではないか。増えも減りもするが、目に見えるわけでなし。そこの嘆願書に何の意味がある……」


呻くような言葉に、ルーナは冷たく笑みを消す。華奢な体からは殺気が滲み出し、白魚のような指がぎりぎりと扇子を握りしめる。


「──そのような世迷い言、本気で仰るような王ならばこちらから願い下げですわ」


ルーナは、この時初めてコーディに対し激昂した。無礼を承知で、扇子を相手に突きつける。優しかったアメジストの瞳は苛烈に輝き、しかしその声音は実に落ち着いている。


「私は、あなたを王だとは認めない」


それは誰より傍で王を支え、国を守るために生きてきたルーナの、心からの想いだった。民のために、それが今までルーナを突き動かしてきた。それこそが、貴族たる者としての使命と信じて。


それをこの男は……民草は唯の数字だと?


「…………」


国王は変わらず苦渋の表情を浮かべたまま、喉の奥から声を絞り出した。乾いた声は何処か掠れ、重々しく響くそれは微かに震えている。


「衛兵。……連れて行け」

「何故、何故ですか父上! 俺は、俺は」

「……余は、そなたを甘やかしすぎた」


愛する正妃との子供。自分と同じ髪色に、リリアナと同じ空色の瞳。すべてが愛しくて、ただ可愛がった。望むものは何でも叶えてやった。叱ることなど、出来なかった。


「すまぬ……」

「……なん、ですか、その言い方は……失敗したとでも思ってるんですか。こんな息子で、失敗作だと」

「そうだ。……余は子育てに失敗した」


コーディはひゅっと息を呑んだ。ついで発狂したように大声を上げる。暴れる彼を難なく取り押さえ、衛兵たちはずるずると引きずるようにして会場を後にする。


しんと静まり返るパーティ会場。かつりかつりと靴音を響かせながら、アルバートは前に進み出た。ゆっくり、ゆっくりと王の前に歩いていく。


王は、目の前に現れた二人目の息子を力無く見つめた。側室との間に義務として作った子供。自分と同じ紅玉の瞳に、側室と同じ艷やかな黒髪。


その黒髪を見るたびに、取りたくもなかった側室を思い出して嫌気が差した。王族の印たる紅玉の瞳に生まれたことも、彼を疎ましく思う原因だったかもしれない。


「……そなたを王に推す嘆願書、だったか。その荷車いっぱいの料紙はそれか」

「はい、陛下。まぁ一部、コーディ兄上の不正を糾弾する証拠もありますが」

「そなたは、民草から信頼されるほど、立派に育ったのだな……」


いったい何が違うのか、と言いかけ、国王は口を噤んだ。アルバートはにっこりと笑って国王を見据える。その紅玉の瞳には、凍てつく吹雪のような冷たい光が宿っていて。


「俺は、あなたに育てられた覚えはありません」


アルバートはしっかりとそう断言した。国王がぎり、と王杖を握りしめる音が聞こえる。


「俺を育ててくれたのは、側室である母上であり、勉学を見てくれた教育係、政務を教えてくれた官吏、そして世の中を教えてくれた国民達であり、陛下にはろくに名前すら呼ばれたこともありません」


分からないことがあれば、皆が助けてくれた。だからこそ、貴族に、官吏に、民草に……皆に恩返しがしたいとずっと願ってきたのだ。


「陛下には感謝しています。皆が助けてくれたからこそ、俺は国民のためを思う王子になれた。俺が道を違えそうなときは、今まで自分についてきてくれた誰かがきっと制止してくれる。そう信じられるほどに」


それは最大の皮肉だった。国王も分かっているのか、何も言葉を返せない。


権力に固執し、怠惰で罪を犯した第一王子と、成績も良く、国民の声を聞き、その信も厚い第二王子。どちらが王に相応しいかなんて、考えなくてもわかるだろう。


国王の節くれだった手が震える。悔しさと悲しみ、諦めの様な感情がないまぜになって襲ってくる。これは、コーディに対する絶望なのか、己に対する怒りなのか。


はたまた、誰よりも王に相応しく育ったアルバートへの嫉妬なのかもしれない。


「……第二王子アルバート。そなたを王太子として認めよう」

「謹んで拝命いたします」


アルバートは、流れる様に膝を折る。その姿にぽつりぽつりと拍手が増え、最後には割れんばかりの拍手が会場に響きわたった。


「おめでとうございます。アルバート殿下」

「ルーナ嬢。すべて君のおかげだ。ありがとう」


アルバートの謝意に、ルーナは優雅にカーテシーをすることで応える。あちこちから喜びと祝いの言葉が聞こえ、会場には温かな空気が戻ってきていた。



こうして、婚約破棄に関する一連の騒動は、そっと幕を下ろしたのだった。


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