決戦へ
王立学園の卒業パーティは、国王夫妻も訪れる大々的なイベントである。平民の学生もいるものの、殆どが貴族の子息、息女で構成されるこの学園の卒業パーティは、立派な社交界と変わらぬものであった。
色とりどりのドレスやタキシードが人々の目を楽しませ、誰もが今日の良き日を祝い合う。人々が徐々に入場し、穏やかな時間が流れるパーティ会場。
実に平穏な時間。しかし、とある来場者の入場により、誰もが息を呑んだ。
「コーディ様、私変じゃないでしょうか? 皆さんお綺麗で、浮いていないか心配になります……」
「大丈夫だ、マリーナ。君はこの場の誰よりも美しい。だから顔を上げて、愛らしい顔を見せてくれ」
腕を組み、実に仲睦まじい様子でコーディとマリーナが入場した。お互いの瞳の色をした衣装は、どこからどう見ても仲の良い恋人同士のようで。
「どういうことだ。何故王太子殿下はグラシエス公爵令嬢以外の女性をエスコートしているんだ?」
会場の空気は一気に異様なものとなり、誰もが彼等の動向を見つめている。尤も、渦中の二人はと言えば全く気にせず、まるで見せつけるかのように乳繰り合っているが。
「言っただろう。あの二人のあとなら問題なく会場入りできると」
「本当にさして目立たず入場できるとは……ここまで読んでいらしたのですか?」
「まぁ、そんなところだ」
そっと入場したアルバートとルーナは、そそくさと壁際へ移動する。壁の花を決め込む二人にも遅れて視線が集まるが、ルーナとアルバートは柔らかく微笑みを返して手を振った。
「グラシエス公爵令嬢だ」
「アルバート殿下はルーナ嬢のエスコートをされているのね。コーディ殿下は別な方をエスコートされているようだし、王命が下ったのかしら」
口々に様々な憶測を飛ばし合う。視線はいつしか、ルーナとアルバートの二人に注がれていた。
ルーナのアイボリーを基調としたオフショルダーのドレスは、綺麗なデコルテラインをはっきりと見せ、ふんわりとしたスカートがくびれの細さを際立たせる。
レースがふんだんに使われたスカートは、歩くたびに裾には金糸で施された刺繍が煌めき、控えめだが美しく品のあるデザインとなっている。
まさに月の妖精のような美しさだった。
対してアルバートは、夜の闇を模した深い藍色に銀糸の刺繍が美しい、まるで星空のような衣装で。二人が並ぶ姿は、まるで一幅の絵画のように麗しい。
どこからともなく、ほうと息をつく声が聞こえる。人々が自然と見惚れ、膝を折りたくなるような気品が二人にはあった。
「はぁ……扇子を握りつぶさないかだけが心配ですわ」
「へし折ったところで、どうせすぐにステラが持ってきてくれるんだろう」
「ふふふ、まぁそうですわね」
ひっそりと交わされるその会話には、色気も品もへったくれもないのだが。
やがて、国王夫妻が入場する。笑顔で手を振っていたリリアナは、コーディの隣に並ぶ女性を見て怪訝そうに眉根を寄せた。
(誰かしら、あの子)
コーディの隣に並ぶのはルーナの筈だ。あのような娘ではない。きょろきょろと辺りを見渡せば、コーディ達からは少し離れた場所で、アルバートと二人で話し込んでいる姿が見える。
(ルーナ! どうしてアルバートなんかと一緒にいるのかしら)
「后よ。そうあまりきょろきょろするでない。そなたはただ微笑んでいれば良いのだ」
「はい陛下」
国王に注意され、リリアナは慌てて前を向いた。きっとアルバート辺りが我儘を言って、ルーナと話したがったりしたのだろう。
後で注意しておかなくちゃ、と思い直し、リリアナは笑顔で皆に手を振った。
(王妃殿下は此方に気がついたご様子……)
ルーナはリリアナの視線に気が付き、ついと目を細める。ぱらりと開いた扇子が口元を隠す。コーディを溺愛する彼女には、きっとこの異様な空気を作ったのが愛息子だとは夢にも思うまい。
国王夫妻が席に着き、式次第に沿って卒業パーティが幕を上げる。在校生代表の挨拶が終わり、コーディが胸を張って前に進み出る。
「今宵はこのような素晴らしい席をありがとうございます」
卒業生代表として、コーディが挨拶を述べていく。雛形通りの挨拶が中ほどまで進んだその時、コーディはやおら声を張り上げた。
「この場をお借りして、皆様にお伝えしたいことがあります」
ざわりと会場がどよめいた。ついで、コーディは声高にルーナの名前を呼ぶ。さっと人波が割れ、ルーナは内心ため息をつきながらしずしずと前に進み出た。
「お呼びでしょうか、殿下」
「貴様の数々の悪事、見過ごすことは出来ぬ。貴様のような性根の腐ったやつを、未来の国母として王家に迎え入れることなど出来ん」
「よって、ルーナ・グラシエス!!貴様との婚約を破棄する!!」
「──あぁ本当に、私とて蹴り飛ばす権利くらいはございますよね」
べきっと音を立てて手元の扇子が折れる。わかってはいたが、本当にやりやがったという呆れと怒りがルーナの胸中を支配する。
国王夫妻が息を呑むのが視界の端に見える。彼らが口を挟むより早く、ルーナは声を上げた。
「さて、悪事に関してはとんと覚えがありませんので。記憶違いではございませんか?」
「なんだと? お茶会に誘わないよう扇動したり、公衆の面前で叱責したりしただろう」
「それはマナーについてその場でお教えしたまでですわ。お茶会に誘われなかったのは、単に彼女のマナーについて、皆様が良しと思わなかったからではありませんこと?」
ルーナの鈴の鳴るような声に嘲笑の色が混じる。コーディに肩を抱かれたマリーナが、びくりと肩を跳ね上げるのが見えるが、知ったことか。
『第一王子やめて、俺につかないか?』
かつてアルバートに囁かれた言葉が脳裏に過る。あぁ、上等だ。そっちがその気ならやってやろうではないか。売られた喧嘩は勿論買うし、なんなら倍にして返してやる。
「悪事などという謂れもない誹謗中傷については、おいおいお話するとしましょう」
ついとアメジストの瞳が二人を捉える。
「私、ルーナ・グラシエスは、婚約破棄につきまして、一向に差し支えございません」
胸を張り、堂々と前を見据えて。凛とした声音で、ルーナは断言した。




