思案
アルバートに手づから紅茶を淹れてもてなし、ルーナは自身もカップを取り上げた。ふわりと茶葉の香りが鼻腔を擽り、ルーナは小さく息をつく。
「毒の出どころがわかったんですか?」
「あぁ。フルメン帝国でよく毒殺などに使用されるもので、あの地でしか取れない植物の毒が使われているらしい」
「帝国から手に入れたもの、ですか」
ルーナはふむ、と独り言ちる。帝国と聞いて、脳裏によぎるのはラファエルの姿で。まさか、何か関係があるのだろうか。
「帝国の闇市に出入りしている行商人で、最近この毒を売ったという輩がいてな。その時客が名乗った名前が、俺の母上の侍女をしている女性のものだった」
「……第二王子派による犯行と見せかけようとしている、ということですか?」
「名前だけなら誰でも騙れるからな」
しかし、側室付きの女官であれば、第一王子の部屋へ出入りすることなど不可能だ。第一王子付きの女官に手引きすることも難しいだろう。
尚且つ、これが外部の犯行であるならば、相手は女官の名前さえも調べ尽くしていることになる。調べれば調べるほど分からないことが増えていく。
「正直な話、俺達は誰に恨まれるか分かない環境にいるからな。味方もいるが敵も多い。顔を合わせれば腹の探りあいが始まることも少なくない」
「帝国の内乱の件もあります。出来るだけ早く犯人を見つけ出せなくては」
内憂外患。今のこの国を表すのに、これほどまでにふさわしい言葉はない。この国ほど表は平穏を保ちながらも、裏で静かに病んでいく国もないだろう。
「同時並行で調べなくてはならないことが多いですわね」
「君には苦労をかけるな」
「まぁ、うふふ。今更でしてよ」
ルーナは優雅にカップを傾ける。そう、すべては今更。そんなもの、共犯を誘われたときからずっと覚悟していたことなのだから。
それから数週間後、ルーナは一人学園内にある薔薇園で物思いに耽っていた。考えるのは、専らいつぞやの毒殺未遂事件のことで。
(アルバート殿下にお任せした事業は、全て上手く行っているわ。気がかりなのはあの毒殺未遂事件……)
さらさらと風が波を揺らしていく。むせ返るような甘い香りから、僅かに新緑の香りが顔を出す。ぼんやりと咲き誇る花々に目をやりながら、ルーナは小さく息をついた。
「此方にいらっしゃったのですね、姫」
ぎぃ、と薔薇園の扉が軋んだ音を立てる。ふっと視線を上げれば、ラファエルが心底愛しいものを見るように微笑んでいた。
「殿下におかれましては、ご機嫌麗しゅう」
「そういえば、コーディ殿下はご無事だったようですね」
「……」
ルーナはラファエルの言葉に無言を返した。何故公にされていないコーディの毒殺未遂事件を、この者が知っているのだろうか。
(……間者がいるのね)
ルーナは一つの結論にたどり着き、じっとラファエルの翡翠の瞳を見つめる。ラファエルは何も言わないが、それを隠そうともしていない。一体目的は何なのか。
「殿下の望みはなんですか」
「私の望みですか? ふふ、あなたを手に入れること。ただそれだけですよ」
ラファエルは歌うように告げた。実に楽しそうに、愛しくてたまらないとばかりに蕩けるような声で。
「愛する人の望みなら、何だって叶えてあげたくなるでしょう?」
──それがどんなに大それた願いであっても。
(……王位簒奪の計画がバレている)
だがそれを分かった上で、ラファエルは計画を破綻させるわけでも、止めようとする風でもない。それならば……
(──お望み通り、私の踏み台になっていただくまでだわ)
ルーナはぱちんと扇子を鳴らした。スカートの裾を翻し、薔薇園の扉を開ける。
「そういえば」
ラファエルは思い出したように声を上げた。ついと振り返るルーナに、より一層笑みを深める。
「殿下はお友達と裏通りの怪しげな場所に出入りしているようですよ」
「なぜあなたがそれをご存知なのです?」
「お見かけしたんですよ。何やらこそこそとしているなぁと思っていたら、用心棒のいる怪しげな場所へ入っていくじゃありませんか。これはあなたにぜひお伝えしようと思いまして」
用心棒のいる怪しげな場所、と言われ、ルーナはついと目を細める。恐らく、違法な運営をしている賭博場だろう。
この国では限られた国営の賭場以外は全て違法だ。賭けられる金額も上限が決められており、出入りできる人間も細かく定められている。
だが、稀に法の目を掻い潜って違法に賭場を運営している輩がいる。そういった面々は超高額の金銭を賭けさせたり、出入りできる人間に制限をかけていなかったりと、"客を守る"事を放棄している。
負けが込んで家や家財を売り飛ばし、一家離散した例や、同じく違法に運営している娼館へ娘を売り飛ばす、といった事例もある。そういった悪どい商売をしているのが、この違法賭博場という場所なのだ。
「お役に立てましたか? 愛しの我が姫」
「……えぇ。覚えておきますわ」
きぃ、と扉が軋んだ音を立てた。ラファエルは礼も取らずに出ていくルーナの背中を見つめ、ふっとその笑みを深くする。
「愛しい姫。──あなたの為なら、何だってして差し上げますよ」
誰にともなく呟かれたその声は、泡沫のように虚空へと消えていった。




