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見舞い


翌朝、王城の王太子の部屋には、重苦しい沈黙が立ち込めていた。


「…………」

「…………」


ルーナは婚約者としてコーディの見舞いに訪れたのだが、コーディは一言も発さず、視線すら合わせようとしない。ここまで来るといっそ清々しいなと思いながら、ルーナは幾度目かもわからぬため息をついた。


「お加減はいかがですか」

「……」

「回復呪文をかけさせていただきました。お薬の効果もあって、顔色はだいぶ良くなってきたようですね」


コーディは暫し無言を貫いたあと、漸う口を開いた。ぼそぼそとした声は覇気がなく、いつものような高圧的な言い方でもない。


「何が目的だ」

「目的も何も……私は婚約者として当然のことをしているまでですわ」


そう、婚約者として見舞いは当然のことだ。今さら何を言い出すのやら。まぁ、ルーナが寝込んだ時でさえ、コーディが見舞いに来たことなど一度もないので、彼にとっては至極真っ当な疑問だったのかもしれないが。


「貴様がやったんじゃないのか」

「私は殿下の婚約者ですわ。周囲の人間をお疑いなのは分かりますが、さすがにその言葉はどうかと思います」

「……」


流石のルーナの顔にも非難の色が浮かんだ。大体どうやってこの部屋の水差しの中に毒を仕込むというのだ。公爵家の手のものがやったという証拠もない。そんな中軽率に疑いをかけるとは、失礼極まりない。


「……もういい。下がれ、ルーナ」

「かしこまりました。お大事になさってくださいね、殿下」


ルーナはふわりと微笑みを浮かべると、流れる様にカーテシーをする。ルーナが部屋から出ると、まるで待っていたかのように軽やかな声がかけられた。


「あらあらルーナ!来ていたのね!」

「王妃殿下におかれましては、ご機嫌麗しゅうございますか」

「えぇ、可愛いあなたに会えたもの。とてもいい気分よ。朝食はまだでしょう?一緒にどう?」

「ありがたき幸せに存じます」


ルーナは可憐に微笑んだ。王妃はまるで少女のように微笑むと、そうよねそうよね、とルーナの手を握る。王妃は、愛する息子の婚約者であるルーナを殊の外気に入っていた。


こっちよ、と手を引かれながら、ルーナはぼんやりと思考を巡らせた。


(本当に、貴族らしからぬ……無垢な少女のような人ね……)


通常であれば、王妃がふらふらと王太子妃候補であるルーナを迎えに来て、こうして手を引くなんてことはない。それを使用人達が止めない辺り、【国王から王妃は好きに過ごさせるようにとの命令が出ている】という噂は真らしい。


男爵令嬢でありながら王妃となった彼女──リリアナは、執務は全て公爵令嬢だった側室に任せている。聞けば、王妃教育をろくに行わなかったリリアナのため、王妃教育を終えていた側室にすべて任せることにしたのだ。


これは全く異例のことで、国民には明かされていない。【身分違いの恋物語】の至極現実的な結末は、国の恥とも言うべきもので対外的には明かすことなど出来ぬものだった。


(だからこそ、公爵令嬢である私とコーディ様の婚約は結ばれた)


筆頭公爵家という完璧な血筋に、過酷な王太子妃教育を受けた令嬢。それは王家が喉から手が出るほど欲しい完璧な王太子妃候補だった。そう、この婚約を心から望んでいるのは貴族ではなく、王家なのだ。


「ねぇルーナ。もうすぐ卒業パーティの季節でしょう?ドレスは作ったの?」

「いえ、コーディ様もお忙しいお方なので。打ち合わせがまだ……」

「あらそうなの?でも楽しみねぇ。二人でお揃いの衣装で……卒業したら結婚式もあるのよ!あなたの花嫁姿、きっと世界一綺麗よ。楽しみねぇ」


気の早いリリアナに、ルーナはころころと上品に笑った。どうやらまだ、王妃たちの耳にはコーディの不貞と婚約破棄を計画している話は届いていないらしい。


「卒業パーティには陛下と一緒に見に行くの。うふふ、あなたたちの晴れ姿、とっても楽しみにしてるのよ」

「恐悦至極に存じます」

「んもう、ルーナは固いわねぇ。でもそんなところも可愛らしくて好きよ」


どんな時でも立場をわきまえ、言動に気を配る。高位貴族としては当たり前のそれをあっさりと否定し、リリアナは笑う。その姿にマリーナの姿を重ね、ルーナは僅かに眉根を寄せた。


(……駄目ね。常に冷静でいなくては)


婚約破棄劇場が繰り広げられたその時、ルーナは王位簒奪のために全力で愛しの息子コーディを潰しにかかる。その時、この人はどんな顔をするんだろうか。


そんな内心などおくびにもださず、ルーナは優雅に微笑んだ。






急遽始まった朝食会を終え、ルーナは馬車で帰路につく。無事に自室へとたどり着くと、メイドに紅茶を頼んでソファに腰掛けた。


「疲れたわ……」


この上なく疲れた。何だろうか、この嫌な疲れは。ルーナは目の前が傾ぐのを感じて、そっと背もたれに寄りかかる。


不貞を働く婚約者の見舞いに行って、急遽国王夫妻との食事会が始まり……気疲れするのも当たり前である。


「お嬢様。紅茶でございます」

「ありがとう、メアリ。もう下がって大丈夫よ。少し一人で休みたいの」

「かしこまりました」


メアリがしずしずと下がるのを見送りながら、一人物思いに沈む。時折、どうしてこんなことになったのかを考える。何故アルバート殿下はあの時声をかけたのか。あの時是と答えたのは何故だったのか。


(何故、私は愛してもらえなかったのかしら)


自問し、思わず鼻で笑う。コーディにとってみれば、きっと好みじゃなかった、というただそれだけに違いない。


なんなら、自分より下だと思っていた婚約者の実力が、自身のそれを脅かす存在だと知って劣等感が刺激されているのかもしれない。面倒な男心である。


「有能な人材を上手く使うどころか、自らかなぐり捨てるなんて愚かな人だこと」


だから兄弟に王位簒奪なんて計画されるのだ。アルバートのような、自分より有能な弟はさぞ目の上のたんこぶな存在だっただろう。


自分より有能な者はそばに置かず、誰からの忠告にも耳を傾けない。為政者としてはまさに落第点。今のままでは、仮に国王になったとしても、数年後この国が存続しているか危うい。


ルーナとて愛される努力はしたのだ。そして愛する努力もした。なぜ此方の言葉が聞き届けられないのか何度も必死に考えた。主君が危うければ止める、それが臣下であると信じて。


「今となれば全部無駄だったけれど」

「何が無駄だったんだ?」


ふっと視線を巡らせれば、窓に寄りかかるアルバートの姿があった。さっきぶりだな、と飄々と笑うと、アルバートはルーナの向かいへと腰掛ける。


「朝は王妃殿下がすまなかった。突然無理を言ったらしいな」

「いえ、いつものことですので」


そう、いつものことだ。思えば、コーディの我の強さは、王妃譲りなのかもしれない。そんな事を考えるルーナに、アルバートは困ったように笑うと本題を切り出した。


「ルーナ嬢。毒の出どころと種類が分かったぞ」









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