LINARIA.
わたしは彼が好きで、彼はあの子が好き。
「俺、アイツのことが好きなんだ」
今でも鮮明に覚えている彼の言葉。
彼と高校に入って仲良くなったわたしは、いつの間にか彼を意識するようになって、日に日に彼への想いを募らせ好意を寄せるようになっていた。だから、彼に告白をしようと決意を固めた矢先に、彼から話があると言われ少しだけ期待した。もしかしたら、彼もわたしのこと好きなのかもって。
それなのに、呼び出された空き教室に行くと、期待を打ち砕く事実を告げられた。彼の言うアイツとは、彼と家が隣同士の幼馴染みで、わたしなんかよりずっとずっと可愛いらしい家庭的な女の子。そして彼女もまた、わたしと同じく彼のことが好き。
なんだ……ふたりは両思いじゃん。
彼にアイツが好きと言われたとき、一瞬時が止まったように感じて呆然と突っ立って息をするのも忘れてしまった。そんな状態のわたしに、彼は更なる追い打ちをかける。
「だからさ、お前に協力して欲しいんだ」
ほら、お前こういうの得意だろ? わたしが絶対に断らないと分かっているのか、完全に期待した表情でわたしが好きな満面の笑みを惜しげも無く見せる彼。
わたしは高校に入ってからというもの、友達が恋愛で悩んでいれば話を聞いて応援し、必要であれば仲介人として後押しもしていたため幾つか成功させた。それを隣で見ていた彼は、わたしなら自分の恋も叶えてくれるんじゃないかと考えたのだろう。
ただひたすら期待に満ちた顔で、頼む、と必死にお願いするから、断りたい気持ちをぐっと抑えて、精一杯笑って頷いた。
「いいよ、協力する。アンタの恋、このわたしに任せてよ」
そう言った後の会話はろくに覚えていない。ただ、彼と話しているのに視界が滲んでいたことはなぜか覚えている。
✳︎
それから彼とあの子をくっつけるべく、嫉妬という汚い感情を無理矢理見ないフリして心の奥底に抑えつけて、色々なアドバイスをした。
例えば、人をよく見ている彼は小さな外見の変化に気付きやすいから、それを活かして彼女の変化を見つけたらさりげなく伝えてみたらどうかとか。例えば、夜遅くまで練習している吹奏楽部の彼女と、部活終わりに偶然を装って一緒に帰ることで彼女と会話する機会を増やしてみたりとか。
――本当は、わたしが彼にしてもらいたかったことを教えた。
それと同時に、割と顔が広いわたしは彼女と仲良くなるため、彼女の友達でわたしの友達でもある子を通してまずは知り合いになった。そして、校内で会えば話すほど仲良くなった後、さり気なく好きな人を聞き、彼が好きだと初めて知ったかのように振舞って、彼と仲がいいから協力すると申し出た。幸いなことに、彼女もわたしが恋のキューピッドをしていたことを知っていたから、特に疑われることはなかった。
そうして、わたしのアドバイスや協力があって徐々に彼と彼女は距離が縮まって。秋の終わり頃、めでたくふたりは付き合い始めた。元々、家は隣同士であり、幼馴染といえど思春期ゆえに段々と距離が広がっていってたふたりだったから、少しのきっかけがあれば関係性は変わると思っていた。
「やっぱお前に協力してもらって良かったわ」
彼女と付き合うようになったと報告を受けた日、彼から清々しいほどの笑顔でたくさんの感謝をされた。そこにわたしを傷付けようなんて悪意は一切ない。彼はわたしの思いを知らないのだから当たり前であるが。
でもね、本当はわたし協力したくなかったよ。わたしはあなたが好きなのに、と感謝されている間ずっと言いたくて仕方が無かった。彼に気付いてもらいたかった。だけどそんなことを言ってしまったら、今とても幸せそうな彼を傷付けてしまうから。ふたりの明るい未来を壊してしまうかもしれないから。必死に込み上げてくるぐちゃぐちゃな感情を、涙を、彼に見せないよう隠して、嘘の笑顔を貼り付けて心の底から喜んでいるふりをした。
その後、ふたりの幸せそうな姿を廊下や放課後などで見かけるたびに、わたしの心の中で渦巻く汚い感情と闘っては押し殺し嘲笑った。彼に気付かれないよう静かに想いに蓋をして、深く深く誰も入り込めないところに鍵をかけて封印をした。彼の幸せを壊さないために。
だけどやっぱり、彼といるたびに"好き"が募って。想いは消え去るどころか加速していくばかりで。毎日毎日、夜空を眺めながら彼を想っては泣いて泣いて。
――そして、ついに限界を迎えた心が悲鳴を上げて爆発した。
彼に伝えるつもりはなかったのに。彼女を悲しませるつもりはなかったのに。
ふたりが幸せそうに笑っている姿に何度目か傷付いてしまったとき、目の前で隠し続けてきた想いをぶつけてしまった。
「わたしはアンタが好きなの!」
そう声に出した途端、鍵をかけたはずの想いは水のように溢れ出てきて、狂ったマリオネットのように"好きなの"を連呼していた。
「ごめん、ごめんね。アンタを好きになってごめん」
「ずっとずっと彼女が憎かった。アンタを手に入れた彼女のことが! ねぇ、こんなわたしなんか嫌いになったでしょ!?」
「ほんとは協力したくなかった!」
「ふたりの幸せそうな姿を見るたびに、苦しくて辛かったんだ」
「ごめん、ごめんね。アンタを好きになってごめん」
ポロポロと零れ出てくる支離滅裂な言葉たちは、静かな廊下によく響いて。止まらないわたしの口は、まるで弾丸列車のように次から次へと隠していた想いを告げていく。
――……ああ、やっちゃった。もうふたりの傍にいることは出来ない、最悪な結末だ。
頭ではとんでもないことをしたと分かっていても、興奮している今本能には抗えなくて。急な告白をしたわたしに当たり前のように戸惑うふたり。好き勝手に出てくる言葉のせいで、結局ふたりを、彼を傷付けてしまった。
✳︎
あの日から、わたしは逃げるようにふたりと距離を置いて過ごし進級をした。幸い、次の学年はふたりとクラスは別だった。
完全にふたりと、彼と関係を絶って約1年。今卒業を目の前にしたわたしに、蘇ってくる思い出のうち鮮明に思い出してしまう嫌な出来事は、このことで。
今日もまた、わたしが犯した幼稚な行動の罪の重さに苦しめられる。その重圧から逃れるように、いるはずもない神様に縋って願ってしまう。
"どうか彼と出会う前に時を戻して"
幼稚すぎるわたしの行動のせいで、ふたりを傷付けたまま逃げたわたしは、どこまでも狡猾で、どこまでも最低な女。本当は彼とまた話をしたいのに。本当はふたりに逃げたことを謝りたいのに。彼と出会う前に戻りたいと思ってしまうんだ。