70 キアラの訓練日誌 1
~キアラ・ビースタリア視点~
私は強い。母国の最強部隊、獣王戦士団の団員でも私に勝てるのは数名ほどだ。人間どもに大きな顔をされているのは、人間どもは数が多く、集団戦法が得意だからだ。個人の能力でいえば、我々獣人に敵うはずはない。
そう思っていた。この地に来るまでは・・・・。
話は少し遡る。
ある日、王である父からムリエリアという町へ行くように指示された。ムリエリアはロトリア王国の新興都市だ。そこでロトリア王国のサマリス王子、ムリエル王女、サンクランド魔法国のアイリス王女、ランカシア帝国のライアット皇子とともに旧転職神殿の復興プロジェクトに参加するようにとのことだった。
ああ、あの人間至上主義とかいう訳の分からん思想に染まった奴らが、悪魔召喚をして大変になったあの事件か・・・
父は言う。
「結果は気にするな。お互い切磋琢磨して、楽しくやってこい」
私は思った。
一緒にプロジェクトに参加するのは、同年代で、それなりに名の知れた奴らだ。私が奴らを屈服させてやろう。
私は指定された期日の2週間前にムリエリアに入った。ムリエリアは獣人や亜人の差別を禁止しているのだが、実際は形だけで偽善者ぶっているだけではないのか?
そう思い、身分を隠して町を探索することにした。町を見て回ると、獣人や亜人が差別されている感じはなく、皆楽しそうに暮らしていた。
その点は評価してやろう。町を歩いていると、ふと訓練所が目に止まった。
町の規模にしては立派な訓練所ではないか。よし、少し覗いてやろう。
しかし、もう夕暮れ時で訓練所は閉まっていた。確認したところ、明日は朝早くから訓練が始まるようだった。次の日、早朝から訓練所に向かった。興奮して眠れなかったからだ。大体どこの町の訓練所でも、獣人で女でもある私は舐められる。私を馬鹿にしてきた相手をフルボッコにしてやるのが快感なのだ。
訓練所に入ると大して特徴のない男が清掃をしていた。私に気付いたようでその男は私に声を掛けてきた。この男はこの訓練所の職員で、私に対しても丁寧な態度で接して来た。それに訓練指導者に私を紹介までしてくれた。馬鹿にされると思っていただけに少し調子が狂う。
訓練が始まる。
午前中は体力強化中心のメニューだった。まあ、身体能力で獣人に勝てる奴などそうはいないだろう。私を見て驚くがいい。
あれ?私より速い奴が二人もいる。
一人は訓練指導者、もう一人は大して特徴のない職員の男だった。しかも、その男は見るからに重そうな重りを背負って走っている。これで、この男は私より速いのか。男に言って、私も重りをつけてもらったが、信じられないくらい重かった。それに私が背負っている重りは、男が背負っていた重りの半分の重量しかない。ここで音を上げることは私のプライドが許さない。
何とか午前中の訓練を無事こなした。
私は体力の限界で、昼休みは床に寝転がって体力を回復していた。午後からは模擬戦を中心に訓練するようだった。しばらくして、チンピラが5人訓練所にやって来た。よくある道場破りのようだ。職員の男が応対する。職員の男はチンピラにも丁寧な態度で接していた。しかし、チンピラは怒り出し、その男にいきなり斬りかかった。
危ない!!
しかし、床に転がったのはチンピラのほうだった。さらに取り巻きのチンピラもその男に瞬殺された。
私は慌てて、男に駆け寄った。
「お、お前は一体何者なんだ?それに今の技はなんだ?」
「技って言われても基本通りの小手打ちですよ。それに私はただの訓練所職員ですから」
そんな馬鹿なことがあるか!!
あんな動きは達人しかできない。私は納得できず、更に男に質問しようとしたところで、こう言われた。
「大丈夫ですよ。すぐに慣れますから」
この男は、私を荒事に慣れていない初心者とでも思ったのだろう。流石にそれは許せない。いかに実力があろうが、関係ない。私は模擬戦でこの男を打ち倒してやることにした。
このとき、私は怒りに震えていた。
★★★
男に模擬戦を申し込むと、何と断ってきた。そして、訓練指導者の団長と呼ばれる男と模擬戦をするように説得された。団長と呼ばれる男もそれなりに強いのだろうが・・・・・
そういうことか!!
私なんて、相手にする価値もないということか!!
だったら分からせてやる。
団長という男もこう言ってきた。
「まあいい、お嬢さん。かかってきなさい」
「お嬢さんとは・・・舐められたもんだな!!」
模擬戦が始まる。
団長という男もかなりの実力者だったが、身体能力は私のほうが上だったので、スピードとパワーで押し切ろうとした。しかし、全く通用しなかった。上手く躱され、私の弱点を突いてくる。手加減というか、指導をしてもらっているようだった。
弱点を修正し、再度攻撃する。でも勝てなかった。団長は圧倒的な強さを持っているわけではない。長年の弛まぬ鍛錬で身に付けた読みと技術に私は屈した。
自分の未熟さに気付かされ、驕り高ぶった心を指摘されたようだった。私は今までの言動を恥じた。自然と涙が溢れてくる。すると職員の男が近付いてきて言った。
「キアラさん、勝っても負けても指導してくれた団長にお礼を言ってください。ここはお互いをリスペクトし、高め合う場所ですから。悔しいのは分かりますが、そもそも団長はマリシア神聖国の元騎士団長ですからね。我々が勝てる相手ではありませんよ」
マリシア神聖国の元騎士団長だと!!
なぜ、そんな実力者がここにいるんだ?
しかし、私は気持ちを押し殺し、職員の男の指示に従った。
「非礼を詫びる。ご指導ありがとうございました」
なおも訓練は続く。
何度か模擬戦をした。かなりの実力者も多くいた。
なぜこんなにも実力者がこの町に集まっているのだ?
休憩中に模擬戦で引き分けた男が声を掛けてきた。
彼の名はトール、モンダリア騎馬王国の近衛騎士らしい。
「お嬢さんもどこかの騎士団か、傭兵団の人かい?」
「キアラだ。どこにも所属してない」
すると別の男が声を掛けてきた。
「おい、トール。早速ナンパか?」
この男はワグネルといい、有名な傭兵団の次期団長らしい。
「違うわ!!なんか訳ありみたいな感じだったんで声を掛けたんだよ。それに初参加で午前中の訓練を乗り越えたなんてすごいなって思ってさ」
「そうだよな。お前なんか『モンダリア騎馬王国の近衛騎士だ』とか言って、威張ってた割には半分もメニューを消化できずにずっと吐いてたしな」
「お前もだろ。粋がって、昼休みに来たチンピラみたいな登場の仕方をしたのに、レナードさんにボコられただろうが!!キアラには、お互い頑張ろうって思って声を掛けたんだけだよ」
「それをナンパって言うんだよ。コイツより俺のほうが強いから、なんかあったら俺が・・・・」
「お前だって同じことを・・・・」
どうやら、この訓練所では獣人がどうのとかいう発想自体がないらしい。
そんなとき訓練所に大声が響く。
「おい!!みんな、模擬戦は中断してくれ。これより、ドーラとレナードの模擬戦を行う。危険だから付近には近づくな!!観戦席に上がってよく見ておけ」
★★★
私は観戦席で模擬戦を見学することになった。大柄の女がドーラで、私に親切にしてくれた職員の男がレナードというらしい。そういえば、職員の男に名前も聞いていなかった。
ドーラを見ると見慣れない武器を持っていた。かなり大きな鉄球に長い鎖がついている武器だった。模擬戦が始まるとドーラはその鉄球を振り回し、職員の男を攻撃し始めた。あの鉄球はヤバい。少し壁にあたっただけ壁は粉砕している。それでも職員の男は上手く攻撃を躱している。
これが模擬戦?
レベルが高すぎる。
観戦していたトールが言う。
「あのデッカイ女がドーラさんで、ドーラ一家を束ねていたんだ。キアラも知ってるだろ?」
ドーラ一家って、あの犯罪組織のか!!
「ここはドーラさんだけじゃなく、ヤバい人がいっぱい来るんだ。俺達もここに来て、自分達が井の中の蛙だと気付かされたもんだよ」
これにワグネルが応じる。
「でも俺が一番尊敬してるのはレナードさんだ。レナードさんはあんなに強いのに、いつも一生懸命で早朝から掃除をしたり、最後まで残って後片付けをしたりと、本当に頭が下がるよ」
「だよな。レナードさんがいるからみんな朝から真面目に訓練をしてるんだよ。強くても驕ることなく、ストイックだし。俺達がいうのもあれだけど、キアラも見習ったほうがいいぞ」
かなりの実力者なのに謙虚でストイック・・・・・大した実力もないのに粋がっていた自分が本当に恥ずかしい。それにこんな私にも丁寧で親切な対応をしてくれた。真の武人とは彼のような人を言うのだろう。
決めた!!
私は彼に弟子入りをすることにした。
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