56 幕間 ある神官騎士の話 2
ある日、朝食を食べていると、同部屋のジャンクが語り始めた。
「俺は世界一のラーメンを作りたいんだ。とりあえず、今お世話になっている親方に弟子入りして、修行しようと思うんだ」
コイツ何言ってんだ。
俺達は神官騎士団の団員なんだけど。しかし、ドーソンとルースが続く。
「俺は建築関係を極めたい。今は街道を整備しているんだが、どんどんと道ができていく喜びは何事にも代え難い」
「俺は教師かな。子供達の成長を感じるのは嬉しい。それに教師をしながら努力して、バーバラ魔法学校に入学しようと思ってるんだ。これでも子供の頃は魔法が得意で、村では神童と呼ばれてたんだぜ。今じゃ、こんなだけど・・・」
ジャンクが言う。
「ルース!!夢を追いかけるのに遅すぎることはないぞ。一緒に頑張ろうぜ!!」
「そうだ。応援するよ」
あれ?
コイツらってこんなに目がキラキラしてたっけ?
俺が唖然としているとドーソンが言う。
「レナード、少しは将来のことを考えろよ。夢とかないのかよ?」
というか、コイツらなんなんだ?
俺達、騎士団だよね。
しかし反論できなかった。コイツらは目標を持ってバイトしている。それに比べて俺は何なのだろうか?
色んなバイトをそれなりにこなしているだけだし・・・・
「あっ、こんな時間だ。バイトに行ってくる」
俺は逃げるようにバイトに向かった。
今日の仕事は対岸のムリエリアの訓練所で清掃と訓練補助だった。訓練前と昼休みと訓練終了後に清掃をするのと、負傷者が出れば、治療術士の元に負傷者を運んだり、訓練用の武器を用意したりする簡単な仕事だ。常駐している指導者と治療術士がいるので、基本的には彼らに従っておけば問題はない。
楽な仕事だが、拘束時間が長いので報酬もいい。それに部屋のみんなに今日は会いたくなかったので丁度よかった。
訓練所に着き、清掃をしていると声を掛けられた。なんと分隊長だった。
「奇遇だね。俺も今日はここで常駐の治療術士をするんだ。拘束時間は長いけど報酬がいいんだ。指輪を早く買ってあげたいからね」
この人もある意味ブレないな。
しばらくして、目を疑う光景が飛び込んできた。
「あ、あれは?」
「団長だよ。団長はよくここで訓練をしているんだ。根っからの武人だからね」
「そ、それはいいんですけど、団長が子供扱いされてますよ」
「ああ、「剣聖」のケルビン翁だね。彼は別格だから。それにあそこで大暴れしてるのが剛力のドーラで、模擬戦をしているのがサマリス王子と「疾風の切り裂き姫」ことアイリス王女だね」
ここはどんだけ凄いんだ。ビッグネームがゴロゴロいる。まともにやったら俺達なんてあっという間に壊滅だろう。
「つくづく思うんだけど、本当に彼らと戦わなくてよかったと思ってるよ」
「はい、俺もそう思います」
そんなとき、俺に悲劇が襲う。
団長に気付かれた。
「おう、君はレナードだったかな?訓練に来るとは感心だ。ケルビン殿に紹介してやろう」
「い、いえ結構です、バイト中なので・・・」
「ああ、それは大丈夫だ。訓練中は特にすることがないだろ?訓練の合間の清掃だけすればいいからな。そういう私もバイト中なんだ。ケルビン殿が訓練に出たいけど、お金がない者のためにご厚意でこの仕事を用意してくれてるんだ」
俺は気付いた、地雷を踏んでしまったことに。
そしてこの日から、俺の地獄の日々が始まった。
まず、朝は部屋の誰よりも早く起き、朝食のパンを齧りながら訓練所に向かう。だって、団長に清掃なんてさせられないからな。その後やって来た団長に軽く稽古をつけてもらい、今日の予定を確認する。そして祈るのだ、「絶対にヤバい人は来ませんように」と。しかし、ほとんどこの願いは叶わない。「隠密」のスキルで気配が消せたらと毎回思う。
午前中の訓練が終ると清掃をして、午後の訓練に備える。訓練が厳しすぎて、だいたい昼食は食べられない。それに午後の訓練は高確率で記憶がなくなる。
訓練は本当に気が抜けない。少し前に気の弱そうな少年が訓練に来たので、思い切って模擬戦に誘った。
俺としては適当にやって、ヤバい奴らと模擬戦をすることを回避しようという姑息な作戦だったのだが、これが間違いだった。
この少年はヤバい奴だった。手も足も出ずにフルボッコにされた。
後で聞いたのだが、この少年はランカシア帝国第三皇子でバーバリア転職神殿の神殿長のライアット・ランカシアだったのだ。「氷結の魔女」に弟子入りしている「魔導士」なのだが、弟子入りの条件として、ケルビン翁のもとで定期的に訓練をしなければならないらしい。
武を誇るランカシア帝国の皇帝の血を引いているだけあって、半端ない。ここまでくるとジョブなんて関係ないのだ。
ヤバい奴だったが少年はいい奴だった。年齢は俺のほうが2つ上だ。同世代なので、自然と会話も弾む。
「ライアット神殿長、ご指導ありがとうございました」
「そんなに畏まらないでください。公式の場でなければライアットでいいですからね」
「そ、そんな恐れ多い・・・」
「あっ!!そうだ。今度の魔物討伐訓練は参加されますよね?討伐した魔物の買い取り金額の半分がもらえるからお得ですよ。それに団長さんも来るみたいですから」
「そうなんですね。団長が行くなら俺は強制参加でしょうね」
「お互い大変ですね」
まあ、これも地獄だった。逃げようとすると、ヤバい奴らが目を光らせていて、魔物の前に蹴り飛ばされる。魔物も強い。グレートボアやグレートコングが普通にいる。なぜ、こんなところにいるんだ?
思考が追い付かない。
少年はというと、嬉々として魔法を放ち、魔物を屠っていた。瞬殺だ。
「僕はこっちのほうがいいですね。魔法が使えますから。剣はあまり得意ではないんですよ」
「あ、あれで得意でなかったら、誰が剣が得意なのでしょうか?」
少年の剣の腕は発展途上でありながらも、ウチの団長と互角だ。
「上には上がいますからね。ケルビン先生とかアイリス王女とか」
「それは比べたら駄目な人だと思いますよ」
そんなこんなで魔物討伐訓練は終了した。
帰り道、団長が真剣な表情で俺に言ってきた。
「この神官騎士団をいつかお前に託したい。今はまだ実力不足だが、困難に逃げずに立ち向かう姿勢は、まさに神官騎士の鏡だ。しっかり鍛えてやるから安心しろ。それにケルビン殿には了解をもらっているのだが、任務終了後から3年、こちらで修業してみろ。給料は出せんが籍は残しておいてやるから」
「あ、えっ・・・ありがとうござます」
断れる雰囲気ではなかった。
宿に戻り、部屋に入ると同部屋の3人はいつになく真剣な表情で俺に声を掛けてきた。
「レナード悪かった。将来を真剣に考えろとか言ってさ・・・・」
「分隊長から聞いたよ。朝から晩まで訓練に明け暮れてるんだってな」
「俺達の分まで神官騎士として頑張ってくれ。サポートできることがあればなんでもするから」
「あ、ありがとう。それとこの任務が終ったら、ここに残って修行するように団長に言われたんだ。だから、任務が終わったら、お前達とはもうお別れかもしれない」
「えっ、そうなの?俺達もここに残るよ。修行先が受け入れてくれるし、団長も了承してくれたしね。因みにだけど分隊長も残るってさ。プロポーズ成功したらしいよ」
なに!!お前ら何で、人生楽しもうとしてんだ!!
こっちは、毎日死にそうなのに・・・・
「じゃあ、せっかくだから飲みに行くか?レナードが大金を手に入れたんだろ?」
「これは俺が死ぬ気で稼いだ金で・・・」
「固いこと言うなよ。これからも俺達は一緒なんだからさ」
なぜ、俺はこうなってしまったのだろうか?
この三人と何が違ったのか?
運命のいたずらとしか思えない。
神様、あの楽しかった日々を返してください。
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