53 幕間 狂った歯車
~パーヨック神殿長視点~
マリシア神聖国でのクーデターが成功し、人間至上主義を掲げる我らクラン派が政権を取った。私もかなり裏工作に奔走した。その功績が買われ、転職神殿の神殿長に抜擢された。
当初はそんな予定はなかったが、事情が事情だけに仕方がない。実を言うと本国の要職に就くことになっていた。しかし、前神殿長のデブラスがこちらの思い通りには動かなかった。金を積めばなんでもすると言われたのにである。
当初は、「強欲神官だから、金額を吊り上げているんだろう」と言われていたが、そうではなかったのだ。
デブラスは、拝金主義の急先鋒と思われていたが、種族平等主義者だった。集めた金で孤児院や獣人の保護団体などの運営をしていたのだ。周囲には税金対策と言っていたが、そうではなく、獣人や亜人のために資金を集めていたのだ。
拝金主義であれば、こちらもある程度目をつぶってやれるのだが、種族平等主義者は相容れない。本国はデブラスを解任することを決め、「転職」のスキルを持っている私が神殿長に選ばれたのだ。
とんだとばっちりだ。
転職神殿に到着して神殿長に就任してみて驚いた。法外な転職料の割には転職希望者は多く、サポート体制も厚かった。それに交易の中継都市としても発展していたのだ。
デブラスも馬鹿だ。大人しく言うことを聞いていれば、ここでのんびりと暮らせただろうに・・・
就任してすぐに私は改革を始めた。転職神殿の獣人のスタッフを解雇し、更に獣人のスタッフが多くいる商会との取引停止を打ち出した。当然反発はある。デブラスは言った。
「そんなの無茶苦茶です。たとえ解雇するにしても、徐々にというか、次の就職先を斡旋するとか・・・」
「もう黙ってくれないか。貴方はもう神殿長でもないし、神殿の関係者でもないんだから」
デブラスとデブラスを慕う何名かのスタッフは辞めていった。
就任してすぐは、多少混乱したものの、穏やかな日々が続く。そんなとき、獣人と魔族のハーフの姉妹が転職にやって来た。私は受付の巫女に法外な金額を請求し、罵詈雑言を浴びせて帰らせるように指示した。何が悲しくて混ざり者なんかを転職させなければばらないんだ。
多少、もめごとになったようだが、大人しく帰った。
ふん、根性のない獣人め。ここに来ること自体が場違いなのだ。
★★★
転職に訪れる獣人や亜人の数は全体の1割程度だ。
これは獣人や亜人が人間よりも身体能力や魔力が高く、ジョブに頼る文化があまりないのが要因と言われている。近年は、亜人や獣人の転職者も増えたようだが、それでも2割にも満たない。
なので、別に獣人を転職禁止にしたところで、何の問題もない。
それに、ゆくゆくは研修制度も廃止にする予定だ。そもそも転職させてやるだけで有難いのにそんなに手厚いサポートが必要だろうか?
こちらはスタッフに人間族も多くいるのですぐに廃止にはできないだろうがな。
クラン派の評価システムは、金銭的な収入もそうだが、亜人や獣人を如何に排斥したかも評価の対象になる。多少収入が減ったとしても問題はないどころか、今まで誰にもできなかった転職神殿からの亜人、獣人の排除が完了したのだから、かなり高い評価が得られるだろう。
まあ、収入も交易の中心地だから寝ていても金は入ってくるし、研修制度を廃止すればその分は収益が増える。2~3年神殿長を務めれば、私は本国に戻れば大幹部だろう。
しかし、現実はそう甘くはなかった。きっかけは「転職の水晶玉」の盗難事件だった。保管庫から神官、神官見習い用の「転職の水晶玉」と予備の「転職の水晶玉」が根こそぎ盗まれた。
誰が?何のために?分からない。
我々神官以外に使い道はないし、売ろうとしてもどこかで足がつく。そんな危ない代物は盗賊や闇商人でも扱わないだろう。
更に困ったことがある。「転職の水晶玉」は各個人が操作しやすいように調整する必要がある。なのに手元にある水晶玉は私の水晶玉と予備の水晶玉の1個しかない。本国に言って、支給してもらうにしても1カ月以上は掛かる。それにこのことを本国に報告すれば、私の評価も下がってしまう。
とりあえず、様子を見ることにした。
それでも、盗難事件は収まらず、スタッフもどんどんと退職していく。期待を掛けていた神官見習いの姉妹ミーシャとマーシャも退職してしまった。引き留める間もなく、辞表を置いていなくなってしまった。
こうなると一般業務も滞る。水晶玉もないし、転職させられるスタッフは私を含めて3人しかない。連日大忙しだ。
なんで私が貴族でもない一般人の転職をさせなければならないんだ。
しばらくして、盗品の一部が神殿に返ってきた。どうも怪しい。私を含め全員が犯人はこの中にいると疑心暗鬼になり始め、神殿の雰囲気はかなり悪くなっていった。
更に追い打ちをかけるように大手の商会がどんどんと撤退していった。当初は獣人のスタッフを多く雇っているヤマダ商会とシャーロック商会を締め出したときは、商売敵が減ったと喜んで私に擦り寄って来た商会もだ。
私は大手の商会長達の元へ説得に向かった。
「なんでも獣人のスタッフを一人でも雇ったら牢獄行きなんでしょ?それに獣人にパン1個売っただけで罰金なんて、流石にリスクが高すぎる。ぱっと見は分かりませんが、私どもの商会スタッフには祖父か祖母が獣人って奴が5人はいますからね。流石にその5人のクビは切れませんよ」
「そこまでは言ってないぞ。そんな噂は・・・・」
しかし別の商会長に遮られる。
「転職神殿は、獣人国ビースタリアと事を構えるんでしょ?流石にそれは・・・。ウチはビースタリアはお得意さんなんでね」
「そんなことは一言も・・・」
「3日前に起きた獣王戦士団のもめごとは知らないんですか?流石にあんな幼気な娘にひどい仕打ちをするのは許せませんよ。ウチは代々、『人に後ろ指をさされるような取引はするな』と教えられてます。あんな娘達を悲しませるようなアンタ達とはもう取引できません」
事情を聞くと、受付の巫女が獣王戦士団に転職をさせずに追い返したそうだ。断るにしても、もう少しやり方があるだろうに・・・・
一般業務で手一杯で全く把握できていなかった。
「ちょっと待ってください!!転職できる施設は、本国を除いて、世界でここだけですよ。それだけで人が集まってくるんですから。ちょっと改革したので一時的な混乱が・・・・」
私が言いかけたところでまた、遮られた。
「ここから南に下ったバーバリアで転職神殿が新しくオープンしたんですよ。そこは交易も盛んなんで、私達もそちらに行きますから。転職市場は独占状態だったから、従っていただけで、こっちは言いたいことは山ほどあったんですからね」
私は膝から崩れ落ちた。
なんでこんなことに・・・・。
損害額を計算するまでもなく、大損害だ。これなら出世どころか、解任されてしまう。それで済めばいいが、下手したら投獄されるだろう。
転職者は目に見えて減っていった。少しでも回復させようと転職料を大幅に値下げしたが効果はなく、より一層財政状態は悪化した。
救いは、一般業務から私が解放されたことだろうか。皮肉なもんだ。
★★★
あるとき、バーバリアの調査を指示していた部下から報告を受けた。
「何!!バーバリアの転職神殿を運営しているのはデブラスと一緒に出て行ったスタッフだと?クルエラにミーシャもマーシャもいるのか!!それに後から辞めていったスタッフもいるじゃないか」
怒りとともに私はある名案を思い付いた。
今回の事件の首謀者をデブラスとその一味にすればいいのだ。
「一連の事件はすべて、デブラスとその一味が犯人だ。普通に考えて「転職の水晶玉」が必要な奴は限られているし、明らかにタイミングが良すぎる。本国には事後報告するから、直ちにデブラス達を拘束に向かうぞ。念のため、神官騎士を50人用意しておけ」
デブラスめ、ふざけたことをしおって!!
残りの人生すべてを牢獄で過ごさせてやる。
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