38 凡人王のすすめ
私はフィリップ・ロトリア。第111代ロトリア王国の国王だ。
私は魔法や剣技に優れているわけでもないし、卓越した統治能力があるわけでもない。他人より優れている点は、運がいいことだろうか?
亡き妻との間に2男1女を設けたが、三人とも優秀で長男のダグラスは世界平和のため、勇者として、勇者パーティーを結成し魔王討伐に出発した。それに部下もそれなりに優秀だ。
特に秀でたところもない私だが、なぜか最近、名君と呼ばれるようになっている。
というのも、ここ最近、トラブルや懸案事項がどんどんと解決するのだ。始まりは、ある貴族令嬢と犯罪者組織ドーラ一家の喧嘩だったと思う。
その結果、ドーラ一家は一網打尽にされ、それがきっかけで、父の代から懸案事項であった大臣や官僚の汚職事件も解決できた。首謀者の大臣は宰相候補でもあったので、この事件が無かったらと思うとゾッとする。
更にムリエルに統治を任せていた王家直轄領の大発展が挙げられる。その中心は新しくできた都市「ムリエリア」だ。
荒れた土地で特に資源が取れるでもなかった土地なのだが、隣の大陸との交易で大発展を遂げた。しかしその交易方法は信じられないものだった。思わず声を上げた。
「海を氷結魔法で凍らせて渡るだと!!そんな荒唐無稽な話があるものか!!大臣、お主が自ら確認して参れ」
大臣の報告では、間違いないとのことだった。それにトンネル掘削事業も検討しており、出資して欲しいとのことだった。責任者のサマリスとムリエルから説明を受けるがよく分からなかった。
株式?配当?
出資すれば、大きなリターンがある?
これは怪しいやつではないのか?
しかし、サマリスもムリエルも真剣そのものだ。サマリスはどこか飄々として、何事にも真剣に打ち込むことはなかったのに、私を必死に説得しようとするし、ムリエルも控え目で自己主張するようなタイプではなかったのだが、理路整然といかに利益が大きいかを熱弁する。
宰相や大臣に意見を求めたところ、出資するこちらのリスクに対して、リターンは大きいとのことだった。
私はサマリスとムリエルに言った。
「お前達が命を賭けてやるというのなら認めよう。ただし、王族として恥ずかしくない行動を取れ」
結果は見てのとおりだ。ムリエリアは大発展し、ロトリア王国全体が好景気に湧いている。
出資を認めたのも、先見の明のある私の大英断との周囲の反応だが、実際はそんなことはない。
第74代国王の残した手記、「凡人王のすすめ」に書かれている通りの対応をしただけだ。
「どうしても判断をしなければならないときは、提案して来た者に「命を賭けられるか?立場的に恥ずかしくない行動を取れるか?」を問うのだ。それも大勢がいる前で。成功したら英断だと称賛されるし、失敗しても「そこまで言われたら、王としても承認するしかなかった」と言ってもらえる」
彼は自分のことを「私は凡人だ」と評している珍しい王だった。大抵の王の手記は「俺は初代と同じくらいの武力がある」、「我は魔法の天才だ」、「聖母教会の大聖堂を作らせたのは儂だ」などの自慢の文言ばかりが並ぶ。
凡人と自覚している私にとって、彼は共感のできる人物だった。
★★★
「フィリップ殿、発表をお願いします」
私は今、主要国を集めた代表者会議に出席している。大国が自分達の自慢話をし、大国に従う小国が媚びへつらうだけの退屈で憂鬱な会議だ。毎回欠席したいのだがそうもいかない。
初代勇者でもあった、我がロトリア王国初代国王が発起人となり、この会議は開催されることになったからだ。
歴史が長いだけで、大国でも小国でもない我が国にとって、この会議に出ることは大して意味はない。大国とも領土を接してないし、そもそも我が国は海で四方を囲まれているので、領土紛争も起きない。
ここでも「凡人王のすすめ」どおりに行動する。
「国際会議ではなるべく気配を消して、空気のような存在になれ。何か意見を求められたら曖昧に答え、全体会議の発表は「特にありません。頑張ります」とでも言っておけ。誰も俺達の話なんて聞いてないんだから」
発言を求められた私は言う。
「特にありません。国のため、民のために不才の身ながら努力しております」
もう何年もこれを言い続けている。しかし、今回は違った。騒めきが起こる。
あれ?なんか拙いことでも言ったのだろうか?
そういえば、発表の最後はランカシア帝国、マリシア神聖国、サンクランド魔法国のどれかだったような・・・。
「流石は、稀代の賢王と呼ばれるフィリップ王ですな。謙虚な方だ。詳しい話は晩餐会で聞くとしよう」
言っている意味が分からない。
多分、アレだ。毎回どこが最後に発表するか揉めるから、特に何も言わない私が選ばれただけなのだろう。
★★★
晩餐会が始まる。私は「凡人王のすすめ」に従って、気配を消した。しかし、今回は違っていた。多くの参加者に声を掛けられる。それに大国の王達も次々に声を掛けてくる。
最初に声を掛けてきたのは、武勇を誇るランカシア帝国の皇帝だった。
「あの話は感服したぞ。旅立つ我が子にわずか100ゴールドと訓練用の鉄剣を送った話は!!」
あのことか・・・・。勇者パーティーの出発式にダグラスに渡す予定だったのは10万ゴールドと鋼の剣だった。しかし、式典の後に担当者から「申し訳ありません。何者かにすり替えられています」との報告を受けたが、今更、間違えたと公にすることもできなかった。
そんなとき、ある報告が届いた。クリスティーナ・ロレーヌという伯爵家の娘(ドーラ一家ともめごとを起こした令嬢)がダグラスに金銭的支援と武器の提供を申し出たそうだ。しかしダグラスは「「王子という恵まれた立場に甘えることなく、困難に負けずに頑張れ」という親父からのメッセージだと思う」と言ってその申し出を断ったそうだ。
舞台となったのが、冒険者ギルドで、王都はおろか、冒険者を通じて世界各国にこの話は美談として語り継がれることになった。多分そのことを言っているのだと思うのだが・・・
「如何に武を誇る我が国といえど、なかなかそこまではできん。まさに我が子を谷底に突き落とす獅子のようだ。感動した我は「ダグラス鉄剣」を士官学校に100本程寄贈したがな」
あんなナマクラをよく100本も寄贈したな。性能の割に馬鹿高いのに・・・
そうとは言えず、曖昧に笑う。
その他にも様々な国の代表が話し掛けて来た。その中にサンクランド魔法国の国王がいた。私は宰相に言われていたことを思い出す。
「サンクランド魔法国の国王にはアイリス王女の留学の件で、連絡ミスがあったと謝罪しておいてください。貸しが作れますから」
優秀な宰相の言うことだから、何か意図があるのだろう。まあ、こんな安い頭でいいのなら、いくらでも下げてやるのだが。
「先日はアイリス王女の留学の件、こちらの連絡が行き届いておらず大騒ぎして申し訳なかった」
私の行動が意外だったのか、国王は戸惑っていたが、しばらくして言った。
「頭を上げてくれ。ミスは誰にでもあるし、急遽のことだったので、気にしないでくれ。それに娘も喜んでいるようだしな。ムリエリアのトンネル開通式には是非、我も招待してくれ。娘にも会いたい」
この流れで招待しませんとか言えないだろう。
「もちろんだ、是非来てほしい」
このことを宰相に言うと少し困った顔で言った。
「それではバランスを取るためにランカシア帝国とマリシア神聖国にはお誘いをしなければなりませんな。まあ、メリットもありますし、良かったと思いましょう」
「仕事を増やしてすまんな」
★★★
晩餐会が終わり、帰路に着く。上手く行きすぎているようで、小心者の私には少し怖い。とんでもないことが起こる前触れでなければいいが。
こんなときは「凡人王のすすめ」で、最も好きな一節を読む。
「ここまで俺の言う通りにやってきたのなら、そこそこ上手くいっていたはずだ。だが、これだけは言っておく、いくら才能がなくても、能力がなくてもお前達は国王だ。国王とは、国や民を守るために命を張るもんだ。普段は何もしなくていい。優秀な部下に任せておけば、能力のないお前達がやるよりも良い結果が出るだろう。
しかし、いざというときの覚悟だけは持っておけ、普段何もしてないんだから、それくらいはしろよ。凡人王として言えるのはこれくらいだ。健闘を祈る」
これでも私は王だ。その覚悟はできている。
できれば、そんな状況が来ないことを祈ってはいるが。
気が向きましたら、ブックマークと高評価をお願い致します!!
次回から第三章が始まります。




