36 姫ちゃんの業務日誌 4
私がヤマダ商会に就職したことは、サンクランド魔法国の国王の知るところとなり、立場上は留学となった。特にやることは変わりなかった。強いて言えば、クリストフが毎月私達の活動をまとめて本国に報告することになったくらいだろう。クリストフの仕事が増えたが、私としては良かったと思う。毎月、クリストフの報告書の作成のために、近況報告を兼ねて三人で集まって食事会を開くことになったからだ。三人で旅をしていたときはいつも一緒だったけど、ムリエリアに来てからは、それぞれ別々で活動しているので、朝食のときしか顔を合わせないときもある。少し寂しい気もするが、それも仕方がないことだ。
研修は充実していた。途中、暴動の起きた刑務所で囚人を鎮圧し、その囚人を作業員として雇用するというイレギュラーな事件もあったのだが、それ以外は大きな事件は起きていない。
そんなとき、クリスさんから呼び出された。
「アイリスに頼みたい仕事があるんだ。今度、ムリエリアでお祭りをすることになってね。そこで、孤児院の子供達を使って、何か商売をさせて欲しいんだ。まあ、イメージとしてはお祭りの屋台的な感じかな。
アイリスも仕事に慣れてきたから、一度企画から運営までのプロジェクトリーダーをやってもらおうと思ってるんだ」
私は興奮した。私がプロジェクトリーダー!!
「もちろんやらせてください」
「じゃあ、とりあえず1週間後に企画書を出してくれるかな?今日中に今ある仕事をやり切るか、他の人に引き継ぐかして、明日からは企画に専念してもらっていいからね」
やったぞ!!頑張って、成功させるぞ!!
あれ?でもどうやればいいんだっけ。
★★★
お祭りに屋台か・・・思いつくのは、たこ焼き、イカ焼き、焼きそば、かき氷かなあ。一番簡単なのはバーバラの氷結魔法でかき氷かな。
しばらく考えたところ、思い出した。綿アメだ。これなら実質原料は砂糖だけだし。この世界では砂糖は日本より価格は高いが、それなりに流通している。ヤマダ商会もスイーツ事業に力を入れ始めているので在庫はかなりある。
後は作り方だけど、実家に子供用のおもちゃの綿アメ製造機があったので、原理は分かる。砂糖をいくつも小さな穴が開いた金属製の筒に入れ、熱を加える。その筒を高速で回転させると熱で個体から液体に変わった砂糖が小さな穴から出てくる。それが空気で冷やされて再び糸状に固まったところを割りばしで巻き上げればできあがりだ。
モーターで筒を回転させ、ヒーターで温めるんだけど、こっちにはないし・・・魔法でなんとかするか。
私はバーバラに頼むことにした。
「姫様が魔法を習いたいと!!なんと・・・こんな日が来るとは・・・妾は感動しておりますぞ」
そこからはバーバラと二人で徹夜の作業だった。小さな火を起こし、維持することはできたのだが、砂糖の入った筒を高速で回転させることは難しかった。風魔法を応用して、筒を回転させるのだが、繊細な魔力操作ができない私には厳しかった。
「姫様、流石に一週間では無理ですぞ。筒の回転は妾がやりましょうか?」
結局、そっちはバーバラに任せることにした。5日目に試作品ができたので、クリストフも呼んで試食してみた。
「口の中で溶けた・・・甘さが・・・・何とこんなスイーツがあったとは!!」
「これを私のために・・・感動です」
二人には大好評だった。
後は企画書を書くだけだ。私は丁寧に作り方を書いた。しかし、大切なことを見落としていた。
私の企画発表には、クリスさんだけでなく、秘書のリルとリラ、開発担当のライラさん、食品事業部のポーシャさんも集まってくれていた。
私とバーバラは手作りの綿アメ製造機を設置して、綿アメを作っていく。そして、試食が始まると口々に賞賛される。
「凄い!!こんなの初めて」
「何これ、一瞬で溶けて、甘さが広がるなんて」
「ただの砂糖がこんなにことになるなんて、料理って奥が深いわ」
こっちの世界の人にも受けがいい、これならクリスさんも褒めてくれるだろう。
「綿アメを作ったことは評価できるけど、リーダーとしては30点ね」
そんな、みんなの評価もいいし、それにあんなに頑張ったのに・・・・
「それはあんまりではないかクリス殿!!姫様は徹夜もして頑張ったのじゃ。それにこれは貴族が大金をはたいても欲しがるぞ!!」
バーバラは私のために怒ってくれた。
「じゃあ聞くけど、いくらで販売するの?ターゲットは?
見たところ、綿アメ製造機は火魔法と風魔法を使っているようだけど、魔法を使えない子はどうしたらいいの?
他にもあるわ。商品名がそもそも綿アメのままだし、ターゲットや価格によって、こっちに合う商品名を考えた方が良さそうだし・・・・」
私は落ち込んだ。
「ちょっとアイリスと二人で話すから、みんなは綿アメでも食べて待っててね」
私はクリスさんと二人で話すことになった。
★★★
二人っきりの会長室で話が始まる。
「綿アメを子供達に販売させることは私も賛成よ。ただ、昔の自分と同じ失敗をアイリスがしたからちょっと言っちゃたの。
私が商社で新商品の企画開発に携わったときなんだけど、私の斬新なアイデアが採用されて開発が始まったの。そうしたら先輩や同僚が称賛してくれたのよ。でも私の上司は違ったの。
『アイデアは素晴らしい。でも商社マンとしてどうなんだろう。この企画書には如何にこのアイデアは素晴らしいかは書かれていても、コストや販売戦略などは書かれてない。一人くらいは批判的な意見を言う者も必要かなと思ってね』って言われたの。
でも、その言葉のお陰で天狗にならずにすんだわ」
クリスさんは私が嫌いで、言ったのではなく、私の為を思って言ってくれたんだ。
「ということで、綿アメを作る方向で企画書を作ってくれるかな?期限は2週間。アドバイスするとしたらもっと他の人を頼ったら?各部署を回ったことで、色んな人と知り合えたでしょ?」
クリスさんはそこまで私のことを考えてくれていたんだ。
2週間後、再び発表会を開いてくれた。私は前回と同じメンバーの前で発表する。
まず商品名だが、「雲のかけら」にした。綿アメを食べた子供達が「雲を食べているみたい」と言ったことからヒントを得たのだ。次に綿アメ製造機だが、クリスさんに紹介してもらったドワーフの親方トルデクさんに依頼し、魔石を使ったものに変更した。これなら魔法が使えなくても作れるし、ゆくゆくは、綿アメ製造機の販売も考えている。
販売価格だが、大人用100ゴールド、子供用5ゴールドにした。すべて5ゴールにしても十分採算は取れるのだが、貴族向けの商売を考えてのことだ。
お祭りで、子供にだけ安く売ることで「社会奉仕に積極的な商会」というイメージを作れるし、貴族は逆にそこまでの値段をなら、一つ買ってみようとなると思う。
「なかなかいいわね。じゃあ、細かいところは調整しながら進めていって。アイリス、期待してるわ」
本当にヤマダ商会に就職してよかった。
これからも頑張っていこう。
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