22 明日に架ける橋 1
豚骨ラーメンに続き、カレーの開発も成功した。ポーシャさんは毎月新メニューを発表してくれるようになった。当初はヤマダラーメン転職神殿店だけを任せていたのだが、食品事業全般のアドバイザーに就任してもらうことになった。
これには訳がある。ライラに不自由な足を治すための研究に力を入れてほしかったからだ。
現在ヤマダ商会の経営が順調で資金に余裕があり、孤児院の出身者を中心に生産職の「調合師」「薬師」「鍛冶師」に転職させ、スタッフとして採用している。
人員も確保できたので、ライラを長とした商品研究開発部を設立した。
それにライラは生産職の上級職「錬金術師」に転職したのだ。
転職条件は「調合師」「薬師」「鍛冶師」の中から二つの職業をレベル20まで上げることが条件だった。転職条件についてはゲームではふんわりしか設定されていなかったが、こちらの世界では結構厳密に決まっているようだった。このことは多額の寄付で、機嫌の良くなった神殿長(強欲金ピカ豚野郎)が門外不出の「転職条件の書」を見せてくれたので判明した。
一方、リルとリラは自分達が「忍者」に転職できないことに少し落ち込んでいた。
「何落ち込んでいるのよ!!ライラは不自由な足でも歯を食いしばって、地獄のレベル上げに挑んでたのよ。それに「調合師」も新たにレベルを20に上げた「薬師」も全く戦闘に向いてないんだからね。そもそも貴方達とは気合いが違うのよ、気合いが!!」
私が叱ったところ、二人は反省しているようだった。
「まあ、神殿長の資料を見た限り、二人に必要なのは「罠設置」と「罠解除」のスキルだね。一番最短で「忍者」に転職できるのは、「罠師」に一度転職して、「罠設置」と「罠解除」のスキルを習得することかな。まあ、商会のためにもなるから転職費用は経費で落としてあげるからね。
それか、ギルマスのラクーンさんに・・・・」
「もちろんラクーンさんに習います」
「ラクーンさんへの指導料も商会持ちってことですね?」
おい!!お前ら、そういうところだぞ!!
普通に考えて「死ぬ気でレベルを上げます。「罠師」に転職させてください」が正解だぞ!!
結局、二人は冒険者ギルドのギルマスのラクーンさんに習うことになった。
しかし、スキルを習得に来た二人の舐めた態度にルイーザさんがブチギレしてしまい、大変なことになった。
「リル、スキルはちょっとのんびり習得しようぜ、何日通ってもタダだし」
「そうだね、これで給料もらえるから楽な仕事だよ」
気配を感じ振り向いた時にはもう遅かった。激怒したルイーザさんにぶん殴られた。
「舐めたキツネ娘には打って付けのメニューを組んでやるよ!!」
そこからは地獄だったようだ。
朝4時に起床し、走り込み、筋トレから始まり、午前中はみっちりとスキルの習得をさせられる。昼休憩を挟んだ後、「ルイーザの台所」で夕方から深夜まで強制労働だったそうだ。
「ここも地獄だった・・・真面目にやればよかった」
「もうサボりません。許してください」
商会には1ヶ月以上戻って来なかったが、リルとリラが成長したので、良しとしておこう。
★★★
私は今、月に一度のヤマダラーメン転職神殿店への定期訪問に来ている。ポーシャさんは言った。
「それにしてもクリスさんの発想は凄いわ!!グレートボアの肉をパン粉をつけて揚げ、それをカレーの上に乗せるなんて・・・・まさに悪魔の発想ね!!」
言っておくが、これは私が考案したわけではない。ただのカツカレーだ。
帳簿をチェックしたところ、かなり売り上げがいいようだった。
「問題ありません。そちらからの要望はありますか?」
「そうね、こちらも人が増えたし、それにメニューも大分増えたから、ラーメン中心の店舗とその他のメニューが中心の店舗に分けたほうがいいと思うのよね」
「それは同感です。次は「ヤマダ食堂」ってのはどうでしょうか?企画書を提出していただければ大変助かるのですが・・・・」
「分かったわ。シャーロック商会の若い子達が研修に来ているから、企画書のコンペをしてみるわ。まあ、細かいことをやるのはアントニオに任せて、私はメニューの開発に専念するわ」
アントニオさんとポーシャさんは、商人と職人といった感じでいいコンビだと思う。それはいいとして、大商会の若手が研修に来てるって?やっぱり、この二人はかなり力を持っているのではないだろうか?
「企画書のコンペには私も呼んでください。興味があるので」
私が若手なら、かなり本気で取り組むだろう。ほぼ成功する事業の責任者になれるのだから。商社マンの血が騒ぐ。
「そうだ、アントニオが二人で話したいことがあるって言ってたわ。そっちにも寄ってくれる?」
「もちろんです」
アントニオさんを訪ねる。アントニオさんはちょっといつもと雰囲気が違う。いつも通りニコニコしているのだが、何かオーラめいたものが出ているように感じた。
「今日はちょっとビジネスの話をしようと思いましてね。今現在のシャーロック商会の一番の強みは何だと思いますか?」
何か、私を試すような質問だった。この感じは商社で勤務していたときの取引相手の社長さんに似ていた。普段はニコニコしているけど、仕事の話になると、ヤクザかと思うくらい険しい雰囲気になる。私も真剣勝負をしているようで、燃えていたものだ。
「物流ですよね。普通に考えれば、高品質な商品、豊富な人材、圧倒的なブランド力、強力なコネクションが目に付きます。しかし、それらを支えているのは輸送力ですよね。軍隊に例えるといくら強力な部隊があっても、補給線を維持できなければ戦えません。私の答えは「物流」、つまり輸送力です」
「やりますね。まずは合格といったところでしょうか」
実はゲームでもシャーロック商会の従業員が「世界の物流を支えるシャーロック商会を誇りに思っている」というセリフを言う。それだけではなく、実際に注文していたスパイスや米が安定供給されている事実を考えると相当な強みだと思った。
「ではその物流のプロとして問います。貴方は少し物流を舐めていませんか?」
私は衝撃を受けた。
私が物流を舐めてるってどういうこと?
私がショックを受けているとアントニオさんが続ける。
「正直、驚いているんですよ。誰にも真似できない商品を開発したり、圧倒的なマーケティング力で武器を売りさばいたり、それに海を凍らせて大陸を横断するなんて、長いこと商人をしてますが、聞いたことがありません。
ここで聞きます。もし貴方が急にいなくなってしまったらどうなると思いますか?
将来有望な者を適正ジョブに転職させて人材を育成するシステムも、スパイスや米の仕入れもすべてがストップするでしょう。だって大陸を横断できないんだから。高額な輸送費を払って船をチャーターしますか?
私に言わせれば、一従業員としては有能だと思いますが、商会のトップしては失格と言わざるを得ません。貴方は貴方の人生だけを背負っているのではなく、商会の従業員やその家族、商会に関わるすべて人の人生も背負っているんですよ。
それが理解できないようであれば、今後の取引は考えさせてもらいます」
私は何も言わず、部屋を出た。
正直、ここまで自分を否定され、間違いを指摘されたことはここ最近なかった。商社に入社して10年以上、同期でも昇進は早い方で、知らず知らずのうちに天狗になっていたのかもしれない。
それにゲームの知識もあり、自分は何でもできると思い上がっていたのかもしれない。
そんなとき、ポーシャさんが私に声を掛けてきた。
「こっ酷くやられたようね。ちょっと話さない?」
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