21 至高の味 2
私は今、海に向かって「ミスリルの鞭」を振り回している。
「リル!!リラ!!手が止まってるわよ。そんなんじゃ日が暮れるわ!!」
ライラが言う。
「いつ見ても凄い光景ね。もう慣れたけど」
「ライラさん・・・それもそうですけど、私はレベル上げのほうが・・・」
「本当にあれは、人間がすることじゃないですよ!!」
「何言ってんのよ。あんなの瞬殺して終わりじゃないの!!!」
「「「それはクリス(様)だけだから!!」」」」
彼女達が言っているのは「恐怖の2マス」でのレベル上げのことだ。
ライラが転職に必要なレベル20にするためのレベルアップ大作戦だが、リルとリラも強制参加させていた。最初は意気込んでいた彼女達だったが、すぐに気持ちが折れ、泣き言を言う。
「グレートボアが・・・・こんなの無理です」
「魔王軍の精鋭部隊の訓練でも、こんなに酷くはないです」
それでも歯を食いしばって頑張った結果、ライラに続いてリルとリラもレベル20を超えた。
「もう死ぬと思って、全力で逃げてたらなんか走れたのよ。これがショック療法ってやつね。根気強くリハビリすれば、また以前のように冒険できるかもしれない」
予想外な結果もついてきた。ライラは転職後、薬の調合とリハビリに精を出した。それが元で多くの人が救われることになったのだが、それはまた、別の話だ。
話を元に戻すが、どうして私が海に向かって鞭を振り回しているかというと、新商品の開発のためだ。豚骨ラーメンに引き続いて、カレーを作ることにしたのだ。カレーを作るには様々なスパイスが必要だ。転職神殿のある大陸ではスパイス生産が盛んで、それに米も栽培しているという情報を掴んだ。なので、転職神殿に赴いてシャーロック商会の元会長のアントニオさんの力を借りることにしたのだ。
リルとリラがいるので、当初は工作員用の転移スポットを使おうかと思った。しかし、どうせなら豚骨ラーメン店を転職神殿に出店しようと思い、スタッフも連れて行くことになったので、転移スポットの使用は見送った。
なので、こうやって地道に海を凍らせているのだ。
★★★
「これは凄い。この短期間でこれだけのことをするなんて・・・・」
「ライラ、長年私が指導してきた中でも、貴方は群を抜いて才能があるわ」
そう言うのは豚骨ラーメンを試食したアントニオさんとその奥さんのポーシャさんだ。ポーシャさんは「調合師」一筋50年の大ベテランで、ライラの初期研修の指導者でもあるのだ。
「なるほど、転職神殿へのラーメン店の出店、及び新商品の開発のため、スパイスと米を入手したいということですね?」
「その通りです」
「転職神殿への出店は神殿長に確認を取らなければなりませんが、米3品種とスパイス10種類は手元にあります。ざっくりでいいので、どんな味にしたいのか再現してもらえますか?」
私は日本米に近い米を選び、スパイスの匂いを嗅いでいく。カレーに使うスパイスで絶対に必要なのは、クミンとターメリックとコリアンダーだったと思う。鑑定のスキルでスパイスを見るが、馴染みのない名前ばかりが表示されたので、自分の鼻に頼るしかない。
「ライラ、米はこれを使って。スパイスはこの4つは必ず入れてちょうだい。後はラーメンのスープの残りと野菜と肉を加えて・・・・」
私は思い付きで、ルウにコクを出すため、豚骨の出汁を加えて煮込むように指示した。
カレーなんて、素人でも材料を煮込むだけなのでそれなりの味には作れる。しかし、だからこそ奥が深いのだ。スパイスの種類を少し変えるだけで全然違う味になるし、素材によってマッチするスパイスも違う。今回は自分でも作ったことがあるメニューなのでそれなりの味には仕上がった。
「これでも十分美味しいな」
「そうですね。でもこれは簡単そうに見えて、奥が深い料理だわ。カレーもそうだけど、ラーメンも奥が深いと見たわ。久しぶりに燃えてきたわ。
クリスさん、しばらくライラを貸してくれないかしら?」
ベテランの「調合師」が開発に協力してくれるなんて願ってもない。私は二つ返事でOKする。
因みにアントニオさんが言うには、今のシャーロック商会があるのはポーシャさんの功績が大きいらしい。商会を立ち上げた当初はポーシャさんが「調合」した薬類を細々と売っていただけだったのだが、ポーシャさんが、疲労回復効果のある薬草を料理に入れた「元気になるスタミナ料理」を考案し、これが大ヒットしたことをきっかけに商会は大躍進を遂げたそうだ。
なので、ポーシャさんは料理に対して並々ならぬ情熱を持っているのだ。
★★★
カレーと新たなラーメンの開発はライラとポーシャさんに任せ、私はアントニオさんの紹介で神殿長と面談することになった。神殿長は私を「商人」に転職させてくれた人物で、だらしなく太っていて、金ピカの服装や装飾品身に付けている。
案内された神殿長室は、いかにも高そうな趣味の悪い絵画や彫刻が所狭しと飾られていた。
「話は聞いております。許可いたしますので、詳しい話は担当者としてください」
あっさりとOKをもらった。神殿長は続けて言う。
「神の教えには「お金の前では種族の優劣はない、平等だ」というのがあります。私が言っていることが分かりますよね?」
「神の前では」の間違いではないだろうか?
案に現金を要求しているのだろう。
まあ、これくらいは想定した範囲だ。
「私も聖母教会の信者です。寄付はこれくらいでいかがでしょうか?」
アントニオさんに聞いて、ある程度の相場は把握していた。それよりも少し色を付けて提示したのだ。
神殿長は喜びを隠しきれないようだった。
「神の教えに「お金いっぱい、夢いっぱい」というのがあります。貴方に神の加護があらんことを!!」
上手くいったようだ。
神殿長と面談して、転職神殿が拝金主義に走った理由がよく分かった。
以後、私はこの神殿長を「強欲金ピカ豚野郎」と呼ぶことにした。
私達の滞在は2週間に及んだ。ラーメン店の出店準備とスパイスと米の仕入れの調整のためだ。その間にライラとポーシャさんは新たなメニューを開発してしまった。なんと、コカトリスの骨を煮込んだ「鳥ガラベースのラーメン」だった。こちらはスッキリとした味で、豚骨ラーメンと甲乙つけがたい。好みが分かれるところだろう。
ポーシャさんは言う。
「骨を長時間煮込むっていう発想は素晴らしいわ。時間があればもっと凄いものを作れそうだわ」
本当に凄すぎる。ライラも尊敬の眼差しで見つめていた。
結局、ヤマダラーメン転職神殿店は、ポーシャさんとフランチャイズ契約することにした。こちらで開発したメニューをスタッフに作らせるよりも。ポーシャさんに任せたほうがいい結果が出ると思ったからだ。それに大商人のアントニオさんがいれば、より発展することだろう。
「本当にこんな額を月々頂いてもいいのですか?」
「別にいいわよ。老後の趣味みたいなもんだから。でも勘違いしないで、やるからにはとことんやるから。それにもう同世代の引退した「調合師」には声を掛けているからね。もっと凄いラーメンを作ってあげるから」
本当に頼もしい。
振り返ってみて、今回の遠征は大成功だったと言える。帰り際、リルとリラの元気がなかったので声を掛けた。事情を聞いたところ、レベルは足りているものの、条件が足りず、上級職の「忍者」に転職できなかったことが原因のようだった。「忍者」は「レンジャー」と同じ斥候職に分類されるが、器用貧乏な「レンジャー」に比べて、潜入や暗殺などに特化したスキルとなっている。現在彼女達は「斥候」なのだが、「斥候」として、もう少し修行が必要のようだ。
「大丈夫だよ。今回のことで神殿長ともつながりが持てたから、条件が整ったら転職に来よう。いつでも転職させてくれるってさ。お金を払えばだけど・・・」
「頑張ります」
「もちろんです」
「じゃあ、帰ったら「恐怖の2マス」で合宿だね」
「いや、それだけは・・・・」
「やっぱり、修行は焦らず、じっくりが基本ですから・・・」
二人の中では、地獄のレベル上げがトラウマになっているようだった。
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