20 至高の味
私はスープに口を付ける。濃厚で複雑な味、これは旨い!!
続いて麺をすする。細めの少し硬い麺がスープにマッチしている。続いて、チャーシューを口にする。柔らかく、口の中でトロけ、旨味が溢れ出てくる。更にスープを飲み、麺をすする。
私は言った。
「合格よ!!ライラ、遂にやったわね」
周囲から大歓声が上がる。ライラは私に抱き着いて、喜びを爆発させる。ヤマダ商会のスタッフと孤児院の子供達は一心不乱に麺をすすっている。
「本当にクリスには感謝してもしきれないわ。転職費用も全額払ってもらったし・・・」
「これは投資だから気にしないで。それに次はカレーを開発してもらうからね。しっかりこき使ってあげるから」
私達が開発に成功したのは、豚骨ラーメンだ。
豚骨ラーメンの誕生の裏には様々なドラマがあった。
私は孤児院が補助金や寄付に頼りきっている今の財政状況をあまり良くないと常々思っていた。
何か孤児院の収入源はないかと模索していたところ、何となく無性にラーメンが食べたくなった。ロトリア王国の主食はパンで、パスタのような物はあったがラーメンはなかった。
よし!!なければ作ればいいのだ!!
本当に思い付きだった。麵自体はパスタを応用すればいいのだが、問題はスープだ。なんとなく、ラーメンのスープは骨っぽいものを長時間煮込み、味付けをするくらいは分かるが、私にスープを一から作る知識もなければ技術もない。
そこで必要なのは美味しい出汁が取れる骨っぽい物とスープを作ってくれる専門家だ。
骨っぽい物は「恐怖の2マス」に生息するグレートボアに目を付けた。肉はかなり高級品として取引されていて美味しく、その骨の出汁も多分美味しいだろうと思ったからだ。それにこの近辺でグレートボアを討伐できるのは私くらいなので、ほぼ材料を独り占めでき、継続的に材料として確保できる。
材料は揃ったが、なかなか開発が進まなかった。
やはりスープ作りは難しく、スタッフ総出で開発に当たったが、満足する味にはならなかった。そこで、専門家を育成しようということになって、ライラに白羽の矢が立ったのだ。ライラは3年前のクエストで大怪我を負い、足が不自由になったものの、その魔法の腕前は健在だ。なのでライラを「調合師」に転職させることにしたのだ。
「調合師」は専門職でありながら、不遇職としてゲームでは知られている。ある程度魔力が高くないと転職できないにも関わらず、戦闘に不向きで、転職してガッカリするジョブランキングの上位にランクインしている。
それはそうだ。「調合師」の特徴は素材を「調合」スキルを使って、新たなアイテムを作れることにある。例えば薬草と万能ハーブを調合してポーションを作るといった感じだ。
しかし、「調合」のスキルを使用するたびにMPを消費してしまい、戦闘中はそれで1ターン消費してしまう。調合するのに1ターン、アイテムを使用するのに1ターンを使用する。
だったら回復魔法を使えよ!!
誰しもが思うことである。予め戦闘外でアイテムを「調合」しておけばいいのだが、「調合」のスキルを持っている以外、特に戦闘で役に立たないのだ。だから大抵のプレイヤーはレベル1から使える「調合」のスキルを身に付けたら、レベル20になるとすぐに転職する。一応ゲームでは、レベルが上がる程、効果の高い調合レシピを思いつく設定になっているのだが、攻略サイトが充実している今の時代、わざわざ「調合師」としてレベルを上げて、レシピを思いつく必要はない。
しかし、この世界においては「調合師」は重宝するジョブだった。戦闘以外で役に立つ様々なレシピを思いつくし、「調合」で新商品の開発も進んでいく。因みに防犯ブザーをパクった「音爆弾」もライラの「調合」スキルのお陰だ。
ただ、ライラが「調合師」に転職したからといって、ゲームのように「はい完成!!」とはならなかった。試行錯誤を繰り返す、結果の出ない日々が続く。私としても、大した知識もなく、ぼんやりとした味のイメージしかなかったので、開発担当のライラに適切な指示ができなかった。
「なんかイメージと違うのよね・・・・もっとガツンと来る感じがほしいかな」
それでもライラは一生懸命、スープづくりを続ける。
「今度はちょっとくどいかな・・・こってりなんだけど、しつこくはしたくないんだよ」
次第にライラの表情が曇っていく。
商社に入社して主任に昇格したころ、ある新商品の開発プロジェクトに携わったとき、上司が「イメージに合わない。こう・・・伝統の中にも新しさが必要なんだ」とか曖昧な理由でなかなかOKがもらえなかったことを思い出した。当時は殺意を覚えたものだ。
だったらお前が作れよ!!
あのときの上司と同じことを私はライラにしている。
スープはだんだん味が良くなってきていた。まあ、そこら辺のカップ麺くらいの味にはなってはいる。
ライラも可哀そうだし、もうこの辺でいいだろう。異世界人の舌はそこまで肥えてないし。
「まあまあかな。これでスープは一端完成ということにしよう」
「馬鹿にしないで!!クリスが納得いくスープが作れるまで私は諦めない!!私は冒険者としては中途半端なまま引退したわ。だから、今度は最後までやり遂げたいのよ。今のまま売り出したらクリスも絶対に後悔するわよ」
私は頭をガツンと殴られたような衝撃を受けた。
そうだ。最初の商売が上手く行きすぎたため、知らず知らずのうちに、どこかこの世界の商売を舐めていた。「コイツらならこの辺の仕事で十分」と上から目線の考えに陥っていた。
危ない、危ない、こんなことから商売が傾くのが世の常だ。私は反省する。
商品開発をしていたときに先輩に言われたことを思い出す。
「『イメージに合わない』とか『なんか違う』ってことは絶対に何かが足りてないんだ。クライアントや上司は専門家ではない。だから俺達がいるんだよ。はっきりしたイメージが無いからこそ、俺達の腕の見せ所だと思うんだよ」
そうだ。私はプロの「調合師」としてライラに仕事を依頼したのだ。中途半端なところで満足していては、逆にプロのライラに失礼だ。
「分かったわ、私が納得いくまで付き合ってもらうわ。その代わり厳しいわよ」
「臨むところよ。あの地獄のレベル上げと、決死の大陸横断に比べたら、どうってことないわ」
ああ、あのことか・・・・。
ライラは転職前のジョブは「魔導士」でレベルが12だった。当然、転職に必要なレベル20まで上げなけれならない。だったらどうするか?
行くところは決まっている。「恐怖の2マス」だ。
「もう二度とあんな思いはしたくないわ・・・・」
しみじみと語るライラであった。
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