19 極悪商人クリス 2
そう、ムリエル王女襲撃事件は私達の自作自演なのだ。
当然だが、ムリエル王女には伝えていない。
襲撃した理由は、魔族の工作活動に対する危機感を持たせるためと「ロイヤルローズウィップ」の販売促進、それともう一つはリルとリラの魔王軍における地位向上だ。こちらは、魔王軍の情報を探りたいとの思惑がある。一応勇者パーティーのメンバーからは外れたが、どこでどうなるかは分からないからね。
話は少し遡る。
勇者パーティーが出国して3日後、計画を実行に移すことになった。
ムリエル王女のお忍びの視察の際、護衛を極力減らした状態で「変身」スキルで魔族の姿になったリルとリラに襲撃させた。私は素知らぬ顔でムリエル王女の視察に同行しており、逐次場所を二人に教え、タイミングを見計らって襲撃をかけさせた。戦闘が苦手といっても、普通の兵士に比べれば、リルとリラは格段に強い。すぐに護衛の兵士を打ち倒した。
私はというとリルがスキルで作り出した幻影と戦っている振りをしていた。
ムリエル王女は私が教えた通り、防犯ブザー代わりの「音爆弾」を炸裂させ、鞭を振り回し、リルとリラを寄せ付けなかった。
訓練通りできて、先生はうれしいよ!!
しばらくして異変を察知した警備隊が駆け付けたところで、リルとリラが撤退する。打ち合わせ通りの捨て台詞を吐くことも忘れていなかった。
「クソ!!リーチの長い鞭使いか、全く近付けない」
「今日は、このくらいで勘弁してやるよ。これが最後じゃないからな!!」
私は、警備隊に事情を説明し、ムリエル王女には突然の襲撃にも訓練通り対処できたことを褒め称えた。
ムリエル王女は恥ずかしそうに言う。
「これもすべてクリスお姉様のお陰ですわ。これからもご指導お願いします」
「そんなことないよ。エルの普段の頑張りが身を結んだだけだよ」
正直心苦しい。
でも、私が確実に生き残るためには、やれることはすべてやるスタンスなのだ。
この事件の後、ロトリア王国だけでなく、周辺各国も魔族の脅威を実感するようになった。魔族の工作活動も上手くいかなくなるだろう。
ロトリア王国にあっては、私の事件(これも自作自演)と今回のムリエル王女襲撃事件の発生を受けて、専門の対策機関まで発足させた。その機関のアドバイザーとして私が入っているのは、滑稽すぎる。
まさか、私が襲撃事件の絵を描いた人間だとは、誰も思わなかったのだろう。
★★★
リルとリラは獣人と魔族のハーフなだけあって、身体能力は高く、スキルも斥候職に必要な、「隠密」「潜伏」「解錠」の三大盗賊スキルを二人とも身に付けている。リルは幻影を作り出す「幻影魔法」というスキルを持っているし、リラは「探索」という目標物や目的の人物を探しやすくなるスキルを持っている。
ステータスとスキルだけ見れば、超優秀な工作員なのだが・・・・。
「ところで、活動実績報告書は書けたの?書けたら見せてちょうだい」
魔王軍の評価は活動実績報告書を提出して、その功績を判断して、昇進や報奨金が支払われるシステムのようだった。それとリルとリラが目指している工作員は大きく分けて、幹部工作員、一般工作員、下級工作員の三種類に分かれている。幹部工作員は言わずもがな、一般工作員と下級工作員の違いは待遇面だという。
一般工作員になれば、毎月定額の給与が支払われるが、魔王軍本部からの依頼をこなさなければならない。下級工作員は活動実績に応じて、報奨金が支払われるシステムで、魔王軍本部からの依頼の受忍義務はないが、定額の給与は支払われない。下級工作員といえど、大変名誉なことらしい。なので、正業に就いている者は実力があっても下級工作員のままでいることが多いそうだ。
私はリルに王女襲撃事件、リラに私への勇者パーティー加入妨害活動の活動実績報告書の作成を指示していた。二人の報告書を見て絶句する。
これは酷すぎる。私が魔王軍の幹部工作員でも彼女達を下級工作員に任命することはないだろう。
〇王女襲撃事件について
ムリエル王女を襲った。手下を倒したけど、鞭を振り回されて近付けなくて、そのうち、いっぱい兵隊が来て逃げた。
〇クリス様への工作について
よく分からないけど、転職の関係で頑張った。クリス様は勇者パーティーに選ばれず、喜んでいた。
これを読んだ幹部工作員はさぞ苦労することだろう。
あまりの酷さに結局自分が代筆することにした。
「私が書いてあげるけど、今回だけだからね」
ムリエル王女襲撃事件については、ムリエル王女や護衛達に大怪我を負わせたことで、ロトリア王国に魔王軍に対する恐怖心を植え付け、恐怖心から魔王軍のへの攻撃も及び腰になることなどを記載した。更に国際情勢を交えながら今回の襲撃事件の周辺国への波及効果も記載した。具体的に言うと勇者パーティーを編成すれば、魔王軍にその国の王族が攻撃されるという既成事実を作った。今後、各国ともに勇者パーティーの編成に消極的になると予想されると記載し、襲撃事件の意義と重要性を説明した。
私への工作活動については、私はロトリア王国随一の冒険者で「殲滅の鞭姫」という二つ名で知られており、ドーラ一家を壊滅に追い込んだ実績を誇張して記載し、勇者パーティーへの加入を阻止したことがどれだけ魔王軍にとって有利になったかを論理的に記載した。
「商人」に転職させた方法も、騙して転職神殿に連れて行ったことにした。転職神殿に私の転職記録は残っているだろうし、そもそもリルとリラに転職させる能力なんてないのだ。ゲームでクリスを転職させたときは専用の魔道具を使っていたという設定だったと思うけど。
私の報告書を読んだリルとリラは口々に騒ぎ立てる。
「ムリエル王女が大怪我って、流石にそれは・・・。それに魔王軍の脅威に怯えって・・・逆に魔族を殲滅するぞ!!って盛り上がってたし・・・クリス様は大嘘つきですね」
「そんなの回復魔法で治ったことにすれば、裏が取れないし、恐れる恐れないは気持ちの問題だから、これぐらい大袈裟に盛って書いてもバレないからね」
「「殲滅の鞭姫」って、マジでウケますよ」
「余計なことを言ってると鞭で百叩きよ」
結局、二人は下級工作員に任命された。二人ともニヤニヤしながら認定証を眺めている。
下級工作員になれば、魔王軍の定期会議に出席できたり、工作員用の転移スポットを使用できるようになるので、情報は取れるし、移動にも便利だ。我が「ヤマダ商会」にとっても大きな武器になる。
更に今回の二人の活動は、魔王の耳にも入り、魔王も二人を高く評価しているらしく、報奨金2万ゴールドと「一般工作員として採用したいので、面接に来てほしい」旨の手紙も同封されていた。
「クリス様は凄いです。クリス様がいれば幹部工作員も夢じゃないです。一緒にもっと上を目指しましょう」
「というか、クリス様なら四天王とかにもなれますよ。この際、魔王軍で成り上がりましょう」
「それを世間一般では「闇落ち」って言うんだけどね・・・。とりあえずお断りの手紙を書くから」
「そんな、せっかくのチャンスなのに」
「幹部は?四天王は?ああ、もったいない」
「ちょっと、貴方達は工作員である前にヤマダ商会の大切なスタッフなんだからね。そこんところは勘違いしないように」
返信の手紙にはこのように記載した。
一般工作員への昇格の件、私共を評価してくださり、有難く思っております。しかし、誠に恐縮ですが、今回は辞退させていただきます。
現在、「ヤマダ商会」という大規模商会に潜入し、工作活動に従事しております。工作活動は順調で、今では、会長を裏で操れるまでになっております。
活動は慎重に行っており、我々が工作員と発覚しないように商会の一般業務をこなしながらの活動ですので多忙を極めています。
このような状況ですので、すぐに魔王軍の依頼をこなすことはできず、一般工作員への昇格は辞退させていただきます。
今後とも粉骨砕身努力して、必ずや成果を上げてみせますので、またのお誘い心待ちにしております。
「私達が陰で操ってるって、ちょっとカッコいいかも?」
「なんか、陰の実力者っぽくてシビれますね」
この手紙も評価されたようで、後々、魔王と邂逅することになるのだが、それはまた別の話だ。
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