18 極悪商人クリス 1
「ど、どうしてムリエル王女がこちらに?」
参加者の女性が声を上げる。
私が答えようとすると、ムリエル王女が私を遮り、話始めた。
「私が魔族に襲撃された事件は、皆さんもご存知ですよね?私は、魔族の工作活動に警鐘を鳴らすクリスお姉様の活動に賛同して、こちらに参りました。ここにいるクリスお姉様も魔族の工作活動の被害を受けています。魔の手はすぐそこにせまっているのです!!」
会場が騒めく。いきなり王女が来て、魔族の危険性を訴えたのだから、そりゃ驚くだろう。
「ムリエル王女、ここにいる皆さんに魔族を撃退した話をしていただけませんか?皆さん大変不安でしょうから」
「お姉様、分かりました。それはこの鞭を使ってですね・・・・」
そうだ、ご婦人方に鞭を売りつけるのだ。
このために新しく鞭を開発していた。その名も「ロイヤルローズウィップ」だ。大層な名前だが、なんてことはない。市販の「トゲトゲの鞭」を女性用に少し軽量化し、王家の薔薇の紋章をあしらっただけの代物だ。
開発と製造はドワーフの親方にお願いした。こちらですべてやってもよかったのだが、あまりにも利益を独占しすぎると既存の職人や商人達から反感を買ってしまう。
利益を分配するので利益率はそこまで高くない。価格は貴族価格で1万ゴールドと値が張るのだが、こちらに入ってくる利益は1000ゴールドに満たない。これは今後の商売のための投資としてとらえている。鞭を使ってこのご婦人方とつながりを作れるし、もっと儲けたければ、新作を発表すればいいだけだからだ。
「これから、ご購入を頂いた方には特別にムリエル王女が御指導してくださいます」
私の発言が決め手となり、全員が購入してくれ、多い人は20本も購入してくれた。自分の取り巻きや付き合いのあるご婦人達に配るのだろう。
これが今回の販売戦略のキモなのだ。
貴族婦人にとって重要なのは鞭の性能ではない。「王家が認めた鞭を使っている」「ムリエル王女に直接指導していただいた」という事実が大事なのだ。これは訓練用の鉄剣を高額で売りつけたのと原理は同じだ。
まさに「ブランド戦略と商品ではなく、体験を売る」ということだ。お分かりいただけたかな?
因みに鉄剣は「ダグラスの鉄剣」と命名している。もちろんダグラス王子には許可はもらっている。
そんなことを知らないムリエル王女は指導に熱が入る。
「こちらから積極的に攻撃する必要はありません。鞭の長いリーチを最大限生かして、敵を近付けさせないようにするのです。こちらの「音爆弾」と併せて使い、助けが来るまで粘り強く立ち回るのです。
ほら!!もっと腕を振ってください!!相手が出てきたら下がって距離を取って!!」
打ち合わせになかったが、防犯ブザーをパクった「音爆弾」をPRしてくれたのは僥倖だった。ドーラ一家が関与していた獣人奴隷の販売計画を受けて、孤児院の子供に配布するために開発したのだ。
こちらは良心的に30ゴールドで販売している。薄利多売の商品でこの貴族達が広めてくれれば、利益の回収は容易だろう。
ムリエル王女の指導も終盤に差しかかったところ、唐突にムリエル王女が私に話を振ってきた。
「私の鞭の師匠はクリスお姉様なのです。お姉様の鞭の扱いは本当に凄いんですよ」
ここで無茶ブリかよ・・・・。
「ここでお見せしてもいいのですが・・・この綺麗なお庭を壊してもいけませんので・・・・」
「あら?それなら大丈夫ですわ。あちらの石像は撤去する予定ですので、壊しても大丈夫ですわよ」
今回のホストの伯爵家のご婦人が余計なことを言い出した。もうやるしかない流れだ。
私は「女帝の鞭」を石像に向けて、軽く振るう。
ドカーン!!と音が鳴り、石像は粉々に砕け散った。
周囲は騒つく。
「あんことできるなら、今から勇者パーティーに入ってもやっていけるんじゃ?」
「下手したらダグラス王子よりも強いかも?」
「さすが「殲滅の鞭姫」と呼ばれるだけはありますわ」
「殲滅の鞭姫?」なんだそのイカれた二つ名は!!
それは別にして、空気がヤバい、何とかしなければ・・・・。
私は咄嗟に立ちくらみを起こしたように見せかけ、地面に膝を着く。そして、地面を拳で叩きながら叫び、嗚咽を漏らす。
「どうして!!一発打っただけでこれじゃあ・・・お側には・・・うっうっう・・・」
異様な雰囲気に周囲の空気は凍りついた。
私としては、こんな攻撃は、1発だけしか打てませんよというアピールだ。1発しか打てないなら、勇者パーティーに相応しくないと思ってくれたらそれでいい。
すると、ムリエル王女が私を抱きしめてきた。
「何とお労しい。私が何も考えずお願いしたばっかりに・・・。まだ勇者パーティーに未練がおありなのですね」
「ムリエル王女、お気になさらずに。お見苦しいところをお見せして申し訳ありませんでした。
ムリエル王女の仰る通り、未練たらたらです。実は密かに鍛錬を積み、この技が10発以上打てるようになれば、再度勇者パーティーに名乗りを上げようかと・・・・」
本当は、この倍近い威力の攻撃が、普通に打てるんだけどね。
丁度その頃、剣の販売促進会が終って、ムリエル王女の訓練を見に来ていた男性陣が合流していたのだが、テンションの上がった、通称イノシシ男爵と呼ばれる初老の男性が大声で叫び始めた。
「儂は猛烈に感動している!!ここまで国を、そして世界を思う女性がいたとは・・・。
儂らは誇り高き貴族、それも武闘派として名の知れた貴族だ。クリス殿の無念は儂らが晴らさずして、誰が晴らすのか?
憎き魔族共に鉄槌を下してくれるわ!!ヨシ!!もう1セット追加で頼む。すぐに領地に帰って若い衆を鍛えてやる」
他の貴族達もご婦人達も同じ気持ちだったようで、更に追加で購入してくれた。
まあ、結果オーライとしておこう。
★★★
「ということで、リル、リラ、聞いてる?つまり、ブランドと掛け替えのない体験っていうのが、ビジネスでは大事なのよね」
私はリルとリラに販売促進会の報告とビジネスの基本をレクチャーしている。
「つまり、石像をぶっ壊して、泣いて叫べばいいんですね」
「嘘ついて、ゴミみたいな武器を売りつけるってことですね」
駄目だこりゃ!!
何となく、この二人が失敗続きだった理由が分かった気がした。
「ま、まあ、その辺は追々教えるとして、貴方達からの報告はないの?」
「驚かないでくださいね。実は私達、下級工作員に正式に任命されたのです」
「王女襲撃事件の功績と勇者パーティーのメンバー候補を再起不能に追い込んだ功績を買われてのことです」
「それは、おめでたいわね。詳しく聞かせてくれるかしら?」
実は、ムリエル王女の襲撃事件は、私達の自作自演なのだ。
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