1-9
周りの景色の変化、ひがんや自身の変身。
それらに驚き戸惑い続ける隠花。
まるでこれが日常茶飯事と思わせる程、落ち着いたひがん。
「ね、ねえひがんちゃん。これどういうこと……?」
「…………」
「ひがんちゃん! 紫陽花ちゃんが!」
そして、今まで甲高い声をあげていた紫陽花は突如前かがみになって全身を震わせると、背中から眩い光の翼が生えてきたのだ。
紫陽花は翼を大きく広げると、ゆっくりと顔をあげていく
瞳の中には星型の光が一つ煌めいていて、今までピンク色だった唇は白くなっており、露出している肌には白い筋で模様のようなものが描かれている。
「説明は後でするから。今は下がってて」
「う、うん」
隠花はただ周りの変化についていけず混乱しており、ひがんの言う事に従ってひがんの後ろへ下がった。
ひがんはその様子を見つつ、右手を大きく広げると何も無い所からひがんの背丈程の長さはある大鎌を取り出し、両手で持って切っ先を紫陽花に向けた。
「こんなにサイコウなキブンなのに。ワタジのジャマをする……ッ!」
紫陽花はそう言うと両手の爪をたてて、口を大きく広げながらまるで獲物を狙う狼のようにひがんへと襲い掛かった。
「ワタジのキラキラを……ガエセッッ!」
「…………」
ひがんは大きく息を吸い、持っていた大鎌を強く握った。
そして襲い掛かる紫陽花を、すれ違いざまに大鎌を振るう。
「…………」
「…………」
一瞬、白い筋が空間に走ると、今まで対峙していた紫陽花とひがんは立ち位置を変えていた。
お互いが背を向け、ひがんは大鎌を振り切ったまま、紫陽花は爪をたてたまま動かずにいた時。
「ひがんちゃん!」
「ウガガガアアアアッッ!!」
「…………」
隠花が叫んだ瞬間、ひがんの後方に居た紫陽花の体は大きく仰け反り、肩から腰にかけて斜めに切り裂かれた跡が現れた。
傷跡からは、血ではなく白く輝く液体が噴き出している……。
「こ、このテイドでまけないッ……、ワタジはキラキラしたいの……だがら!」
「憐れね、輝木紫陽花。いいえ。燻木紫陽花」
「やめろ! そのナマエでよぶのはやめろッッ!」
紫陽花は膝をつき、傷跡を右手で抑えながら声を荒げた。
「なんで……、なんでよ。どうじて、ワタジはただキラキラしたかっただげなのにッッ!」
「…………」
隠花は戸惑っていた。
目の前に起きている超常的な現象もそうだが、何故紫陽花がここまでキラキラした事にこだわるかが分からなかったからだ。
紫陽花は息を切らせながら、立ち上がろうとした。
しかし立ち上がる事は出来ず、再び膝をついてしまった。
その様子を見たひがんは、無言のまま大鎌を振り上げてとどめをさそうとする。
「ワタジはキラキラだッ! オマエなんかにまけないッ!」
ひがんの勝利に揺るぎは無いと思われた。
だが紫陽花は奮い立ち、鋭い爪をひがんへ突き立て再び襲い掛かってきたのだ。
「やったッ! キャハハハハッ! しねしねシんでしまえッ!」
大鎌の懐に入られたひがんは、すかさず後ろに跳躍して距離を開けようとするが……。
紫陽花の爪の方が速く、このままではひがんはその爪で引き裂かれてしまう。
「ひがんちゃん! 危ない!」
「ぎゃあッ!」
だがひがんが傷つく事は無かった。
今まで困惑し、ただ傍観するだけの隠花が持っていた杖で紫陽花を殴ったのだ。
「あ、あれ、効いてる……? な、なにこれ!」
「このテイヘンのジミコがッ!」
隠花は戸惑い、紫陽花は激昂する。
咄嗟にその杖で紫陽花を攻撃してひがんを守った事、その攻撃が当たった事にである。
「い、いやっ! こないで!」
隠花は紫陽花を遠ざけようと、目を閉じて杖を滅茶苦茶に振り回した。
本来ならでたらめに振られる杖が当たるはずもないのだが……。
「…………」
元々紫陽花はひがんとの戦いで疲弊していた。
その上、隠花の規則性のない攻撃は、紫陽花を翻弄した。
その結果、振り回した杖は全部ではないが、何回か紫陽花の体を強打する。
隠花の杖による攻撃を何度か受けた紫陽花はその場に崩れ落ちるように倒れると、光の粒となって消滅してしまった。
「や、やだ……、もしかして私……」
「ありがとう隠花ちゃん。助かったよ」
隠花は青ざめた。
化け物になったとはいえ、人を殺してしまった自覚があったからだ。
「で、でも、紫陽花ちゃんが!」
「大丈夫」
「大丈夫……って、いやでも!」
そんな隠花とは逆に、ひがんは相変わらず無表情のままだ。
目を閉じて一度だけ大きく息を吸ってはく。
「あ、あれ? 景色が?」
すると、瞬間的に景色やひがんや隠花の服装が元に戻った。
隠花は動揺しながらも教室内を見回し、消滅したはずの紫陽花の倒れている姿をみつけると……。
「紫陽花ちゃん!」
自分の姿が戻った事に戸惑いつつも、隠花は教室内に倒れている紫陽花へと駆け寄って声をかけた。
「…………」
しかし、紫陽花は全く反応をしなかった。
隠花は紫陽花の体に触れようとしたが、触れる直前で手を引っ込めてしまう。
「さあ、行こう」
「えっ? で、でも」
「本当に大丈夫だから」
ひがんは自分の机の上にあったカバンを取ると、教室内から出て行ってしまう。
隠花は戸惑いながら、倒れた紫陽花を何度も振り返りつつひがんの後を追った。