8-2
ひがんや隠花が退院する少し前。
某所にある会員制の高級サロンにて。
「おじさま~」
「おじさまあ~」
今日も春先はフロア隅にある照明の薄暗いソファーに座っていた。
その隣にはバニーガールの格好をしたまだあどけなさが残る少女二人、両脇に体を密着させながら甘い声で囁いていた。
そんな中、スーツを着た一人の若い男性が三人の前へと現れると……。
「春先様」
「ん? なんだい? せっかく気分いいんだから邪魔しないで」
そう言いながら、春先は少女の露出した太ももを触る。
少女は照れながらも少しだけ体を震わせると、春先の頬へ接吻をした。
「取り急ぎお伝えしたい内容がございまして……」
だがそれでも若い男性が去る事は無かった。
男性は険しい顔をしながら春先へ話を続けていく。
「ふーん、で、何?」
「あの……、ここでは……」
「いいから」
彼のその態度に対し、今まで笑顔だった春先も表情を強張らせた。
「例のアナウンサー斡旋の件、炎上が止まずスポンサーも離れてしまい、ついて釈明のためにテレビ局が会見を決めたそうです……」
そして男性は少し言いにくそうにしつつ、そう報告をした。
彼の額からは汗が吹き出し、じっと睨む春先の視線をかわすために周囲をきょろきょろみつめる。
そのせいではたから見たらとても挙動不審だった。
会見を開くという事は、大々的に事の顛末を公開するという事だ。
畜生のような所業がばれれば、業界を揺るがす大スキャンダルになる事は疑う余地がない。
「ふーん、だから?」
だが春先はため息を一つ大きく吐いた後、そう一言だけ男性に向かって告げた。
「え? で、ですからその……」
「今忙しんだ。また後にして」
この緊急事態ですら、ここまで落ち着いている春先に男性はただ狼狽しつつ、我に返ると頭を下げてその場を去っていった。
「おじさまあ、いいのお?」
男性が去った後、両脇に居た一人の少女がそう問いかける。
「僕を誰だと思ってる? この程度どうとでもなるし何ともない」
その問いかけに対し、春先は勝ち誇った笑顔でそう告げると……。
「わあ、さすがおじさまあ~」
話しかけなかったもう片方の少女が春先へ寄りかかりながらそう言った。
それから数日後。
都内某所のビル内にある、レンタル会議室にて。
鼠色のカーペットが敷かれ、テレビ局のロゴが入ったバックパネルが置かれた部屋。
そこには、複数のパイプ椅子と白いテーブルクロスが敷かれた長い机が置かれており、長い机には今回の関係者が座り、パイプ椅子には週刊誌の記者や他テレビ局の記者が集まっていた。
部屋の後方には各局のテレビカメラが並んでいる。
人数や規模から、いかに人々に注目されているかが伺える。
そんな中に、ひがんと隠花、そして八坂が記者のふりをして入っていた。
入場は業界関係者のみしか出来ないが、藤壺が招待するために取り計らってくれたのである。
「えー、それでは、テレビ局アナウンサーの売春強要の問題について会見を始めます。ご質問の際は挙手し、こちらで挙手された方をお呼びしますのでそれまでは発言をお控えください」
テレビ局、ひいては芸能界全てに及ぶような不祥事にも関わらず、局側の人間の態度には傲慢さが残っているような口調で記者会見は開始される。
その言葉と共に、パイプ椅子に座っていたマスコミ関係者らは我先にと手を挙げる。
こうして会見は比較的静かな立ち上がりを見せた。
「えー、では〇〇テレビさん」
「〇〇テレビ、記者クラブの△△です。今回の問題に対してですが――」
ネットでの炎上とは裏腹に、当たり障りのない質問と回答が続く……。
「じゃあお次は、□□新聞さん」
「スポンサー離れに関してですが――」
誰も核心に触れるような事を話そうともしない……。
「次は、××社さん」
「今回の対策について――」
次々と質疑応答はされていくが、その様は風で撫でる柳のように空虚だった……。
「ね、ねえ」
そんな様子を隠花も察したのか、横に居た八坂に不安げな顔を見せた。
「予想通りだな。俺らは一生質疑応答に参加出来ない」
「そんな……!」
「安心しろ、手は打ってある」
だが八坂はそんな隠花に対して顔色一つ変えずにそう告げると、無意味な応答に意識を集中する。
「皆様、質疑応答は以上とさせていただきます」
そして遂には会見は終わりを迎えようとしてしまう。
「八坂さん!」
「いいから大丈夫だって」
隠花は声を荒げてそう告げた。
周囲に居た記者は横目で隠花の方を向き、それを察した八坂は少し険しい表情を向けてそう言った。
隠花は慌てて下を向いて足を揃えて座ったが、手の指先をもじもじとさせていた。
「最後に私から、皆様にお伝えしたい内容がございます」
そんなやりとりの中、今まで静観していた藤壺がそう言いつつゆっくりと立ち上がり……。
「今回のアナウンサーの売春強要についてですが、これは全て我が社の取締役である春先氏が独断で行った事である旨、お伝えいたします」
報道関係者の方を真っすぐと見つめてそう告げた。
その瞬間、周囲の時間が止まったかのようにその場にいた人達が動かなくなってしまう。
「八坂さん、作戦ってもしかして……」
「そうだ」
「な、なるほど、テレビカメラが回ってますしこれなら誤魔化せませんね」
藤壺副社長と手を組んだ今回の作戦はこうだ。
一部の報道関係者は春先の息がかかっており、質疑応答は春先側の報道関係者しか許されない。
その事を予見していた藤壺側がした行動は、藤壺自らが告発してテレビ放送する事だ。
当然、他局の人間も春先の息がかかっている者しかそこには居ないはずだった。
だが実のところそう見せかけておいて藤壺側の報道陣もこの場に忍ばせて居たのである。
結果、藤壺の告発は放送されて多くの人々が知る事となる。
その事を察した隠花は、息を大きく吸い手をぎゅっと握った。
「カメラや報道陣の前で暴露して失墜させる、そして魔女が出てきて私を成敗と……」
春先も藤壺の作戦を察したのか、険しい表情をしながらそう小声でつぶやく。
「でも残念だね、ここの報道陣は全て我々の関係者だ。あのカメラだって放送しているように見せかけているだけ。藤壺さんも手をまわしたみたいだけど、それも全てあなたを欺く為だとしたら……?」
春先は腕を組みながら藤壺にそう告げると、藤壺側のカメラマンは春先の方を向いて一つ頷き、近くにいた記者は藤壺へ蔑んだ眼差しを投げかける。
この時、春先の口角が大きく上がり、藤壺の顔からは血の気が引いていく様が見受けられた。




