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6-8

 紫陽花がホーリネスになり、しばらくの時が経った。


 紫陽花の実家がある田舎の町。

 そこにある一戸建ての家にて。


「かーちゃん! 紫陽花が出るテレビ始まるよ!」

「はいはい」

 ふすまと障子のある、若葉と線香の香りがする和室には快活な若い男の声が響く。

 その声の主は、彼は紫陽花が上京する前に良き友人であり、良き幼馴染であり、将来的にはパートナーとなる青年だ。


 その声に反応し、割烹着を着た年の割には手にしわとシミが多く、手入れしていない髪型が印象的な彼の母親が部屋に入ってくる。


「あいつ、元気にやってるかな~」

「きっと上手くやってるよ。賢い子だからね」

「連絡、途中から出さなくなってよ……」

 紫陽花からの連絡は、上京してしばらくはスマホのチャットツール上で届いていた。

 青年と一対一で会話をしており、どんなに遅くてもその日には必ず返信が来ていた。


 だがある時を境にピタリと連絡が止まってしまった。

 紫陽花からメッセージが発信される事も、青年が送ったメッセージへの返信もなくなってしまった。


「忙しいんだよ芸能人は」

「そんなもんかなあ……」

 返信がなくなってからも、送ったメッセージに対して既読判定が残っていた。

 ただ最近ではそれすらも無くなってしまい、仕舞いにはメッセージを送る事すら出来なくなってしまったのだ。


 青年と紫陽花との連絡が途絶えた中、青年は新聞の番組欄で紫陽花の名前を見つける。

 苗字が本来の燻木ではなく輝木となっているが、紫陽花という名前の芸能人を彼は知らなかったので、その出演者が幼馴染である事に疑いを持たなかった。


 青年とその母親はその場に座ると、壁際にあったテレビの電源を入れてリモコンで操作する。

 テレビ画面には、今流行りの食品やゲームのコマーシャルが流れた後、拍手や軽快な音楽共に、番組タイトルのロゴが映し出された。


 そして司会者の自己紹介と簡素なトークの後に……。


「それでは、今空前のブームを巻き起こしているあの方に登場いただきましょう。アイドル、輝木紫陽花さんです!」

 司会のタレントの言葉と共に、一人の少女が現れる。


「えへっ、光の魔法少女ショウカだよ☆」

 そしてその少女は、利き手でピースサインを作りそれを目元に当てて自己紹介をした。


「へー、綺麗な服着せてもらって良かったねえ」

 少女の格好はパニエを穿いて大きくふわりと広がったスカートが特徴的な、桃色のチェック柄のワンピースを着ており、サイドテールを結った髪飾りの意匠はリボンと王冠がついている。

 総じて、いかにもアイドルっぽい感じだ。

 その姿を見た青年の母親は、感心しつつそう独り言をつぶやいた。


 だが、紫陽花の映る画面を見た青年の表情は、とても明るいものでは無かった。


「なあかーちゃん」

「なんだい」

「紫陽花の様子がなんか違う」

 青年は少し声のトーンを落としてそう言い返す。

 服装や雰囲気は違えど、少女は紛れもなく青年の幼馴染である紫陽花だ。


「ほら、アイドルで活動しているからでしょ?」

「いやそうじゃないんだ」

「都会に出たから垢抜けたんじゃない?」

「うーん、そうか……?」

 この時は既に紫陽花はホーリネスと化して、自らキラキラしたい欲求を叶えるべくアイドル活動に励んでいる。

 青年は当然ホーリネスの事は知らないが、それでも紫陽花の違和感に気づいたのはやはり幼馴染で心から紫陽花の事を思っていたからこそなのだろう。


 青年は怪訝そうな表情をしつつも、紫陽花の出演しているテレビ番組を最後まで見終えると、表情を変えないまま自分の部屋へと帰っていった。



 一方その頃、隅坊の家では……。


 隅坊の嫁であり、ひがんの母親は数珠を持ち部屋の傍らに置かれた木製の祭壇へと必死に祈りを捧げていた。


「ねえお母さん」

「…………」

 母親はひがんの言葉に一切反応しない。


「おなかすいたよ」

「…………」

 ひがんがそう訴えても、やはり反応が無い。


 ひがんの母親は、春先によって無理矢理精神寄生体を体内へ入れられ、ホーリネス化させられてしまった。

 その時の”耐えがたい苦痛と現実から目を逸らしたい”という逃避の欲求が肥大化し、その拠り所として降神教を選んだ。

 結果、宗教活動に執心な母親は、ひがんの世話すらも放棄してしまった……。


 ひがんは母親の変化を察知していた。

 だが母親の鬼気迫る雰囲気に圧倒された事と、親に心配をかけたくないという思いによって、その事を誰にも言えずにいた。


 ひがんは買いだめしていたお菓子やレトルトの食品を食べて飢えを凌いだ。

 だが、今日はそれすらも用意されていない。


「お父さん、今日も帰ってこないの?」

 父親である隅坊は、仕事でここ数日間家に帰ってこなかった。

 私用スマホの電話番号をしっていたひがんは何度かかけて連絡を取ろうとしたが、ちょうど仕事中なのか呼びかけに答える事は無かった。

 ひがんは心配になり、父親の事を母へ聞いてみた。


「うるさいわね!」

 だが母親は大声でひがんを怒鳴りながらそう言い放った。


「今はお祈りをしているの! 今日もこれから会館へ行かないといけないんだから!」

「おなかすいたよ……」

「机の上にパンがあるからそれ食べてなさい」

「うん……」

 母親はそう言い放つと、化粧もせずにカバンを持って家から出て行ってしまった。

 ひがんはそんな母親に何も言い返せず、下唇を噛みしめ涙目になりながら見送った……。


 母親が居なり、家にはひがん一人になった時。

 ひがんは机の上にテレビのリモコンしかない事を確認すると、ボタンを操作してテレビを付ける。


 ちょうど隅坊が主演している番組がやってた。

 番組の内容は今までテレビで取り上げられなかった場所やお店を紹介する旅番組だ。


 どうやら旅番組は、隠れた名店を紹介するべく取材の交渉をしている最中だったようだ。

 だが若い撮影スタッフが返ってくると、首を横に振って交渉決裂の合図がされる。


 本来の隅坊なら、結果の成否を問わずスタッフを労った。


「おい、お前さー何で交渉失敗してるの?」

「すみません……、メディアは一切受け付けないって……」

「いや言い訳してないで早くいけよ!こいつ使えないなあ、みんなもそう思うでしょ?」

「え、ええ……」

 だが、今の隅坊は違った。

 口汚くスタッフを罵り、周囲に同意を求める。

 今までの温和な隅坊を知っていた人々は戸惑いつつも、彼に頷き同意した。


「お父さん……、なんかいつもと違う……。なんで……」

 当然、ひがんもこの様子が変だと感じていた。

 母親に置いて行かれた悲しさと空腹も相まって、ひがんの大きな瞳からは涙が零れていた。

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