1-5
授業が終わり、合間の休憩時間が訪れた。
隠花は何かされないかと構えていたが何も起こらなかった。
紫陽花も関わってくる気配を見せない。
他のクラスメイトは転校生のひがんと仲良くなろうと話しかけるが、ひがんは一言返事をするだけなのであっという間に孤立してしまった。
もしかして何も起きないのでは?
そう隠花は思い、少しだけ期待していたが……。
放課後。
教師が教室から出て行くと、教室内の空気が変わった。
当然隠花もそれには察知しており、捕まる前に逃げようとするが……。
「おい隠花! てめえ今日はにがさ――」
「隠花ちゃん。一緒に帰ろう」
紫陽花が隠花を呼ぼうとしている最中、ほとんど会話しなかった転校生のひがんは、突然隠花を呼んで彼女の手を掴んだのだ。
「ちょっと転校生、私その子に用があるの。悪いけど一人で帰ってくれない?」
当然紫陽花が見逃すはずもなく、取り巻きの男子生徒を連れつつひがんへ歩み寄り、そう言い放った。
「うぅん」
だがひがんは声こそあまり大きくはないが、毅然とした態度で紫陽花の要求を断った。
「来たばかりで分かんないだろうから説明するけど、このクラスは私が全てなの」
「どぉして?」
「私がアイドルだから、キラキラしてるからに決まってるじゃん」
スクールカーストの創始者にして頂点。
アイドルであり取り巻きを連れている事から、ここへきて間もない転校生でも分かると誰もが思っていた。
「隠花ちゃん。一緒に帰ろう」
「う、うん」
「おいてめえ! 無視すんなよ!」
しかしひがんは、紫陽花の言葉を意も介さず、隠花の手を再び引いて教室から出ようとした。
隠花は困惑しながらも、少し引っ張られ気味にひがんについていった。
「はー、ちょっとさ、転校生押さえてて」
「うっす」
紫陽花も黙ってはいない。
彼女がそう言葉で合図をすると、一際ガタイのいい男子生徒がひがんの前へと立ちはだかり、ひがんの腕を掴もうと手を伸ばした。
ひがんも女子生徒の中では長身だ。
だが部活動で格闘技をやっている男子生徒はそんなひがんすらも簡単に見下ろすくらい大きく、誰もが容易に捕まると思っていたが……。
「触らないで」
「いててて! 折れるって!」
ひがんは男子生徒の親指を握ると、くるりと器用に捻った。
すると、ガタイのいい男子生徒は情けない声をあげながらその場に膝をついたのだ。
捕まえるつもりが、逆に捕まえられてしまったのだ。
ひがんは親指を離す。
ガタイのいい男子生徒は捻った指と手を握りながら、苦痛に満ちた表情をして紫陽花のもとへ戻っていった。
「はぁ? 何で女に負けてるのよ」
「うるせえ! 知らねえよ!」
「護身術習ってるのかもな」
「あー、マジイライラする! ちょっと全員で抑えて! あと転校生もRな」
「お、マジで? 隠花は豚に相手をさせて、俺とヤらせてよ」
「おいてめえ! 俺も相手したいから抜け駆けすんなよ!」
「はぁ? 俺に決まってんだろお前らよりカースト上なんだぞ」
「全員いいわよ、私に逆らった罰よ。滅茶苦茶にしてやって」
紫陽花の声のトーンが一際高かった。
ガタイのいい男子生徒を返り討ちにした事が、彼女の怒りに火を注いだからだ。
結果、ひがんにも審判を下すと……。
「ギャハハ、こんだけの男相手とか精子バンクじゃんウケル~」
紫陽花は下品に笑った。
気に入らない人間の尊厳を踏み躙るどす黒い愉悦を感じていたからだ。
「へへへ……、こんな可愛い子とヤれるなんて……」
「ひがんちゃんをしっかり調教しないとな……」
「たっぷり可愛がってやるからさ」
取り巻きの男子生徒達も下品な笑みを見せていた。
美少女であるひがんを好きなだけ快楽のはけ口に出来るからだ。
「ね、ねえひがんちゃん……」
「…………」
二人は男子生徒に囲まれてしまっている。
昨日、隠花が逃げ出したような事も出来ない。
ひがんはそれでも表情を変えなかったが、隠花の顔は恐怖にひきつっていた。
このままでは、二人とも何もかも壊されるのは確実だった。
しかし……。
ひがんは何も言わず、迫る男子生徒へと近寄ると……。
「うげっ!」
「ぎゃあっ!」
「ぐうっ!」
男子生徒は一瞬うめき声をあげた瞬間、その場でうずくまって震えだしたのだ。
「えっ? えっ?」
「隠花ちゃん、行こう」
ひがんが何かをした事は誰もが確信していたが、具体的に何をしたのか分からない。
ただ男子生徒を倒したという現実だけが目の前にある。
そんな魔法のような出来事に圧倒されていた事と、取り巻きが倒れたお陰で道が開けた事から、二人は教室から無事脱出する事が出来た。