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6-6

 紫陽花が上京してから数か月が経った。


 降神教の支部となっているビルの一室内にて。

 そこは壁の一方向が全て鏡となっており、ワックスがかけられた板張りの床となっている。


 紫陽花はそこで他の練習生と共にダンスの練習をしていた。


 ~♪


「はぁっ、はぁっ」

 紫陽花は軽快な音楽とともに、手を伸ばしステップを踏む。

 髪から伝う汗が動きとともに飛び散り、長時間の激しい動きのせいか息遣いも荒い。


 ~♪


 そして紫陽花の足の指にはテーピングがされている。

 これは日々の過酷なダンス訓練のせいで、足先を酷使した結果であった。


 ~♪


 だがそれでも紫陽花はめげなかったし、今までも弱音を吐く事は無かった。

 どんなに厳しいレッスンも素直にひたむきに取り組み、講師による練習以外にも自主的に歌やダンスの予習復習をし続けた。


 そして軽快な音楽は終わり、最後の決めのポーズをし終えた時。


「はい! 今日はここまで!」

 今まで練習生の少女達を腕を組んで見守っていた講師の女性は、部屋内に通る声でそう告げた。


「ありがとうございました!」

「それでは解散して下さい。明日は朝九時からです」

 練習生の少女達は、講師の女性へと大声でお礼を言いながら頭を深く下げた。

 ほぼ全員、シャツが透ける程の汗をかき、息を切らしている事からかなりハードな内容であった事は疑いない。


「あと、燻木さんはこのまま残って下さい」

 紫陽花が床に置いてあったペットボトルの水を飲み、タオルで汗を拭いていた時。

 講師の女性は紫陽花の方を向いてそう告げた。


「春先さんがもうそろそろ来ますので、しばらくお待ちください」

 紫陽花が講師の人へ教えを乞う事はあったが、逆に講師から呼び止められる事は今回が初めてだ。

 しかも、プロデューサーである春先を交えてである。


「はい。あの……」

「どうしましたか?」

「何か私に至らぬ点がありましたでしょうか……?」

「それはどういう意味でしょうか?」

「えっと、個別に呼び出されたので何かあったのかなと思いまして……」

 紫陽花は不安なのか、利き手を握りながら胸に当てつつ、少し上目遣いで講師の方を見つめた。


「私は具体的な内容を聞いてません」

「そうですか……、変な事を聞いてすみません」

「ですが、燻木さんが誰よりも頑張っている事は存じております。保証は出来ませんがそんな悲観しなくても良いかと思いますよ」

「あ、ありがとうございます!」

 その言葉を聞いた瞬間、紫陽花の目が潤んだ。

 紫陽花はそれを隠そうとしたのか、深々と頭を下げた。


 それから数十分後。


「お疲れ」

 ダンスの練習で使っている部屋に春先が入ってきた。

 格好はいつも通りラフな感じであり、一切堅苦しい様子は見せない。


「お疲れ様です!」

 プロデューサーの春先が来る事を聞いた練習生達は、自室へ戻らず紫陽花と同じく待っており、春先の挨拶の後に全員が誰よりも大きい声で挨拶を返した。


「あー……、燻木ちゃんだけ残って。他は部屋に帰っていいから」

 それに対して春先は冷たく、少し鬱陶しそうな感じで用事のある紫陽花以外を帰らそうとする。

 そんな春先の態度を察したのか、他の練習生は少し困惑しつつも紫陽花の方を見ながら練習部屋から出て行った。


「君も帰っていいよ。お疲れ」

 そして春先はダンス講師の女性も部屋から出るよう告げる。

「えっ? は、はい」

 ダンス講師の女性は戸惑いながらも、部屋から出て行ってしまった。


 こうして、練習部屋には春先と紫陽花の二人だけとなった。


「…………」

「…………」

 春先はスマホを操作しており、紫陽花の方を向かない。

 紫陽花も邪魔したら悪いと思っているのか、春先に声をかけられずにいる。

 その結果、広い練習部屋は静けさに包まれてしまう。


「あの……」

「何?」

「お話ってなんでしょう……?」

 だが紫陽花は、恐る恐る手を握りつつも春先に声をかけた。


「あぁ、もうちょっと待って。まとめてしないと面倒だから」

 スマホを操作する手を止め、紫陽花の方をチラッと見なるとつまらなさそうにそう告げた。

 そんな無味乾燥な態度をとられた紫陽花もそれ以上何も言う事が出来なかったのか、口を閉じてしまった。


 そんな中、練習部屋に一人の男性が入ってきた。


「こんばんは」

「えっ、芸人の隅坊さん……?」

 それは降神教の無理な布教を止めさせ、不興を被ってしまった大物芸人の隅坊だった。

 ゴールデンタイムに番組を持っている一流芸人とは思えないくらいに地味な格好で、野球帽を深々と被っている事くらい特徴は無く、公園で子供と遊ぶ父親と言われても違和感がないくらいだ。


「おや、アイドルの練習生かな。練習お疲れ様」

「あ、はい。ありがとうございます」

 隅坊は笑顔で紫陽花をねぎらうと、今まで緊張して固かった紫陽花の表情も自然と柔らかいものとなった。


「さて揃ったみたいだね」

 二人が練習部屋に集まると、春先はそういいつつ部屋の扉を閉めた。


「燻木ちゃん、もう一度確認するよ。本当にアイドルになりたい?」

 そして紫陽花の前へ立ち、腕を組みながら紫陽花へ問いかけた。


「はい。気持ちは変わりません」

 紫陽花もまっすぐと春先を見つめながらそう答えた。

 春先を見る紫陽花の目には強い意志の光が宿っており、居合わせた隅坊も静かにうなずくくらいだ。


「うん、じゃあ今日限りでここ出て行って。もう君の面倒は見ないから」

「えっ……」

 だが、そんな紫陽花の気持ちを春先は踏みつぶした。

 スマホを触るのを止めると、いとも簡単にそう言い放ったのだ。


「そんな! どうしてですか!」

「実はさ、次デビューする子はもう決まってるから」

「…………」

 紫陽花の顔からみるみると血の気が引いていった。

 それは今までの努力が無駄だったという事、夢がかなわないのが確定したからだった。


「君さ、本当にアイドルになれると思ってたの?」

「じゃあ、どうして私に上京をしろと……」

「夢を見させたかった? 現に充実してたでしょ? いい思い出になったわけだし?」

 春先は半笑いでそう告げた。

 紫陽花はその場で座れ込み、下唇を噛みしめ瞳には涙をためていた。


「春先さん、これなんかのドッキリか?」

「いや? カメラは回ってないよ」

「ならあんたは狂っている。あんたは人の心を踏みにじっているんだよ」

 隅坊は紫陽花とは赤の他人である。

 アイドルの卵の将来を憂う義理も理由もない。

 だがそれでも、あまりにむごい仕打ちに隅坊は手を震わせて怒りを露わにしながらそう言い放つ。


「ふーん、それで?」

 春先はそんな隅坊の怒りすらも意に介さない。

 まるで風が吹いた程度、アリを踏みつぶした程度の感覚にしかない事が目に見えて窺えた。


「私……えぐっ、ここまで、ずっと頑張ってきたのに……、えぐっ、キラキラ出来るって思ってたのに……」

 座り込んだ紫陽花は、ついに泣き出してしまった。

 彼女は頬を伝う涙を拭おうともせず、顔をくしゃくしゃにして泣き続け……。


「私、アイドルになりたかった! 憧れていた! キラキラしたかった!」

 そして春先の方を向いてそう言い放った。

 その瞬間……。

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