6-5
隅坊がテレビ局の取締役へ直談判した当日。
都内某所の新幹線改札口にて。
「ここが都会かぁー!」
大量の荷物を抱えた紫陽花は、不慣れな手つきで切符を改札に入れて抜けていく。
そして改札を抜けた先の人の量を見て、口を開けてしまった。
「人いっぱいだ……、迷わないようにしないと……」
人の多さに唖然としていた紫陽花は我に返ると、未来のアイドルに対して無関心な群衆にぶつかりそうになりながらも手持ちのスマホを少し確認した後に歩き始めた。
オーディション合格から数か月後。
練習生ではあるものの、正式に事務所との契約を果たした紫陽花は今後のアイドル活動のため、事務所から指定された施設への入寮を指示された。
そのため彼女は地元を離れて都会に来たのである。
紫陽花は途中迷いつつも、時には足を止めてスマホを見たり、またある時は駅員の人や見回りをしていた警察官へ道を尋ねつつ目的地を目指していく。
それから一時間の後、どうにか紫陽花が入寮する施設に到着した。
「あれ? ここであってるのかな……?」
紫陽花が思わずそう口にしたのには理由があった。
ウェブ上の地図サイトからはよく見えず確認できなかったが、彼女が入るコンクリートで出来た白塗りの飾り気がない五階建てのビル入口には”降神教・〇〇支部”の文字が掘られた金属のプレートが掲げられている。
紫陽花は芸能事務所が管理しているアパートか、あるいは宿舎併設のアイドル養成所だと思っており、宗教団体の施設に到着してしまったのは想定外だからである。
紫陽花は周囲を見回した。
だが周囲には古民家やコンビニといった、多くの人が寝泊まり出来るような場所はない。
そうやって紫陽花が迷っている最中。
ビルの入り口がゆっくり開いて中から男の人が一人出てくると……。
「燻木紫陽花ですね? お待ちしておりました。どうぞ中へ入ってください」
感じのよさそうな笑顔と雰囲気を出しつつ、迷っていた紫陽花へ声をかけてきた。
「は、はい。ありがとうございます」
紫陽花は持っていたスマホをしまうと、少し慌て気味にその男の人と一緒に建物の中へと入っていった。
降神教支部内の一室にて。
そこは人が複数座れそうなソファーとガラス製の机があり、壁際の棚にはトロフィーが飾られており、壁には額縁に入れられた。
「今から担当の者を呼びますので、どうぞかけててお待ちください」
「はい」
紫陽花は一言頷くと、男の人は笑顔を見せて部屋から出て行ってしまう。
一人きりになった紫陽花はとりあえずソファーに座ったが、落ち着かないのかもじもじしたりきょろきょろしたりしていた。
そうやって十数分程度過ごした後。
「こんちゃ」
部屋に入ってきたのは春先だった。
今日もいつも通り、シャツとチェーン飾りのついたベルトをつけたジーンズのズボンを穿いている。
「こ、こんにちは!」
紫陽花は以前にテレビで春先を見ており、彼が大物プロデューサーである事を知っていた。
故に考える前に立ち上がり、ぎこちないながらも頭を大きく下げて挨拶をした。
「元気でいいね。ま、座りなよ」
「は、はいっ」
春先はソファーに座り、持っていた書類を眺めつつそう言うと、紫陽花は赤面しつつも春先の対面へと座った。
「君は燻木紫陽花ちゃん?」
「はい!」
「ふーん、写真より全然いいじゃん」
「あ、ありがとうございます」
春先は書類と紫陽花を交互に見比べてながらそう告げる。
それに対して紫陽花はぎこちない笑みで返答をした。
「君、芸能人になりたいの?」
「は、はい」
「どうして? 大変だよこの業界。みんな血が滲む努力を惜しまずしてるし、それでも売れるかどうかは分からない」
「私、それでもなりたいんです。大変なのは分かってます」
「ふーん」
「小さい時にテレビで見たアイドルがとても可愛くて、あんな風になれたいいなと思って……」
「そう」
紫陽花が話せば話すほど、春先の返事に抑揚がなくなっていく。
視線を落とし、紫陽花自身を見ようともしない。
極めつけは、今まで見ていた書類を机の上に放り投げるくらいだ。
それらは紫陽花に対する興味が失せていく感じであり、それは紫陽花自身も感づいていた。
だから紫陽花はどうにか春先の心に訴えかけるような言葉を考えた。
「私、キラキラしたいんです!」
そして、強い口調でそう一言だけ言い放った。
「……その為なら努力は惜しまないと? なんでもすると?」
すると今までの春先の態度が一変した。
春先は指を組み前かがみになりつつ、紫陽花の方を向き彼女の顔をじっと見つめた。
「はい! 私に出来る事なら!」
ここで負けたら後がない。
そう思った紫陽花は負けじと春先の顔をじっと見返し、視線を逸らさないようにした。
「おっけい。君の熱意は分かった。ここで歌や踊りのレッスンして。しばらく経ったらまた来るから」
数秒の間、二人は視線を合わせた後に春先は机の上に放り投げた書類を拾い上げると、それを持ったまま立ち上がりそう告げて部屋から出ていこうとする。
「ありがとうございます! あの、費用とかは……?」
紫陽花はあらかじめそれなりの現金は持ってきていた。
だが具体的な金額は伝えられていなかったため、紫陽花は胸に手を当てつつ春先にそう問いかけた。
「ああ、オーディション合格者とファイナリストは無償だよ。食事も出るし寝る場所はここ使えばいいから。アルバイトとか禁止してないけど、そんな暇があるならレッスン受けたほうがいいよ」
春先はいったん足を止めて背を向けたままそう告げると、部屋から出て行ってしまった。
「ありがとうございます!!」
紫陽花は頭をめいっぱい下げて大声でお礼を告げた。
春先が部屋から出ていき、紫陽花一人になっても頭を下げ続けた。
こうして紫陽花のアイドル練習生としての生活が始まった。




