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6-3

 紫陽花のオーディション合格が決まったのと同時期。

 とあるテレビ局にある関係者専用通路にて。


 普段着のパーカーに着替えなおした男と、少しくたびれた白いシャツを着たあまり血色の良くない青年が出会う。


「隅さん、今日もお疲れ様です!」

 青年はパーカーの男に深々と頭を下げ、通路中に響くくらいの大声で挨拶をした。


「みっちゃんもお疲れ!」

 それに対してパーカーの男は、青年の肩を叩きながら負けないくらい大声で返事をした。


 青年はこのテレビ局に勤めている。

 有名私立大学を現役で卒業の後、このテレビ局へ入社。

 現在は入社二年目でアシスタントディレクターを務めており、家にもまともに帰れないくらいの激務に追われていた。


 一方のパーカーの男はタレントだ。

 芸名は隅坊(すみまち)と言う。すみちゃん、すみさんの愛称で呼ばれることが多い。

 映画製作や舞台俳優を目指す学校を卒業の後、古株の大物漫才師からのスカウトで有名芸能事務所へ所属。

 その後、お笑い芸人のオーディション番組で優秀な成績を収める。

 それがきっかけで冠番組を持ち、その番組も人気が出てから多くの人々に周知されるようなった。

 現在は大物芸能人の一人として、数多くのテレビやラジオへの出演を果たしている。


「今日もありがとうございました」

「いいんだよ、番組はみんなで作るものだからさ」

 そしてこのタレントの大きな特徴は低姿勢なところにあった。

 タレントやアイドルは売れると、自分より下の立場の同業者や業界人に強くあたってしまう傾向が強く、基本的に体育会系の風潮が強いせいでそれらが正義とされてきた。


 だが、この男はどんなに売れっ子になっても、デビュー当初からの腰の低さを変えた事がない。


「ほんと、隅さんにはいつも助けられっぱなしで……」

 ADの青年は頭をかいて何度も頭を下げたが。


「ほんといいって! じゃあ、また明日もよろしくね~」

「はい!」

 タレントの隅坊は笑顔で手を振りながら、青年から去っていった。



 そしてADの青年が隅坊を見送ると同時に、今度はスーツを着崩した中年男性が現れる。


「あ、ディレクター」

「おいおい、あんま隅さんに甘えんなよ」

「すみません……」

「あの人、本当にいい人だからさ。俺も下っ端だった頃、よく世話になったよ。あの人が居なきゃとっくに辞めてたね」

「ですね! あの人と一緒に仕事出来て嬉しいです」

「だな、ああいう人が増えれば俺らもやりやすいんだけどな」

 二人はそう会話しながら、隅坊が去っていった方を向いていた。



 それから数時間後。

 隅坊の自宅にて。


「ただいま!」

「おかえりなさい~、パパ!」

 大物芸人とは思えないくらいの平凡な一戸建ての玄関を入ると、日本人形のように切りそろえられた長い黒髪が印象的な少女が隅坊へと駆け寄ってきた。


「ひがん、お利口にしてたかな?」

「うん! 今日ママのお買い物手伝ったー!」

「そっかそっか、えらいな!」

「えへへ~」

 隅坊はそう言いながら、その少女の頭をぽんぽんと撫でた。

 少女は嬉しそうにはにかんだ。


 隅坊の本当の顔。

 それは、後に魔女として活躍するひがんの父親である。


「あなた、お仕事大丈夫なのですか?」

「ああ、今月分の収録が終わったからさ。家に居ようと思う」

「わー! パパ居るんだね!」

「ああ、一緒に買い物いこうか! ひがんが欲しがってた可愛い服買いに行こう」

「うん!」

 ひがんは大きく頷き目を輝かせながら、父親の顔を見た。


 仕事は成功し、十分な収入もある。

 職場では同僚や後輩に慕われ、家庭では家族に愛される。

 誰もが羨む生活を、彼は得るべくして得ていた。


 だが、幸せな日々は続かなかった……。

 彼を取り巻く環境を変えた出来事が起きたのだ。



 しばらく経った後。

 テレビ局内にある、出演者控室にて。


 愛らしい衣装を着たアイドルの少女と、一人の猿顔の男が何やら話し合っていた。


「でさー、是非うちに入信してさー」

「こ、困ります……。私の家族は昔からそういうの決まってて」

「別に関係ないじゃん? 君の事務所の先輩だって多く入信してるんだからさ!」

「うぅ……」

「だからさ、降神教に入っちゃいなよ! 絶対損させないって!」

 猿顔の男は、熱心にパンフレットを見せながらアイドルを説得しようしているが、アイドルは困った表情をしていた。


「やめなよ」

 その様子を見た隅坊は、アイドルの少女と猿顔の男の間に割って入りそう告げた。


「はい? あぁ、隅さんですか。なんの用事ですか?」

 猿顔の男と隅坊は同じ芸能事務所に所属している、先輩と後輩の関係だった。

 故に猿顔の男は、主立って逆らう事はせず口角は上がっていたものの、目は笑っていなかった。


「嫌がってるだろ?」

「え、そんな事はありませんよ! 降神教は素晴らしいところ、誰もがキラキラ出来るんですからね!」

 猿顔の男は隅坊にもパンフレットを開いて中身を見せながらそう言った。


 そのパンフレットの中身には多くの有名人の顔が書かれており、その人らが笑顔でセミナーや集会に参加している様子や、降神教の代表と思わしき初老の人物が各国要人やノーベル賞受賞者と対談している様子が写真付きで書かれていた。


「そういう問題じゃなくて……」

「この子も入信したらもっとキラキラ出来ると思うんですよ! だから勧めてあげたくて!」

 猿顔の男は、中に星があるかのごとく目を輝かせながらそう強く訴えかける。


「別に宗教を勧めるのは悪い事じゃない。信仰は自由だよ」

「でしょ! だから――」

「だけど、嫌がっているのに無理やり押し付けるのは良くない」

「…………」

 だが隅坊はそうはっきりと告げると、アイドルと一緒に控室から出ていった。


「あ、ありがとうございます」

 アイドルは頭を大きく下げて隅坊へとお礼を告げた。


「また困った事あったら言ってね」

 隅坊は笑顔でそう告げると、番組出演のためにスタジオへと向かっていった。



 それから数日後。

 隅坊の周囲の異変が始まったのはここからだった。


 月に何度か隅坊は芸能事務所があるオフィスへ向かっている。

 活動報告自体はマネージャーからされており、本来は必要ないが事務所の人らへの挨拶や顔合わせを行って親睦を深めるためだ。


 今日はたまたま隅坊のマネージャーもそこに居た。


「マネージャー、今日のスケジュールはなんだい?」

 故に隅坊は、スケジュールの内容を笑顔で問いかけたのだが……。


「ありません」

 マネージャーであるスーツ姿の女性からそうはっきりと言われてしまう。


「えっ? いやだってレギュラーの収録が」

「交代しました」

「ごめん意味が分かんないんだけど?」

 番組出演者の交代は珍しい事ではない。

 だが本人に何の連絡もいっておらず、また唐突だったため隅坊は解せぬ様子でマネージャーにそう言い寄った。


「ともかく、仕事の予定はありません! 今日も、明日も、これからもです!」

 だがマネージャーは少しヒステリックぎみに声高にそう告げるだけだった。


 これ以上このマネージャーからは何も聞けないと察した隅坊は、事務所を出ていった。

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