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6-2

 今から遡る事、数年前。

 まだ隠花がホーリネスや闇の姫魔女の存在すら知らなかった頃。



 とある田舎の町にて。


「おーい!」

 あぜ道を一人の女子学生が歩いていた時、彼女の後ろから声が聞こえてくる。


「あ、ゲンちゃん」

 女子学生はカバンを両手に持ったまま振り返り、穏やかに声の主の名前を言った。


「一緒に帰ろうぜ」

「うん、いいよ」

 女子学生が振り向いた方には、丸坊主で詰襟の学生服を着た男子高生が居た。

 男子高生は紫陽花の下へ駆け寄り、少し肩で息をしながら彼女に追いつくと横並びに歩き出した。


 この女子学生は、デビュー前の紫陽花である。

 今でこそアイドルとして華やかな道を歩く紫陽花だが、上京しデビューする前は派手な生活とは縁遠かった。

 ころどころ擦れて光沢がある膝より下の長いスカートのセーラー服や、黒いゴムで一つに結っただけの黒髪から野暮ったい印象が強い。

 また、立ち振る舞いもアイドルである時のような明朗ではっちゃけた感じではなく、大人しい感じだ。


 そんな二人が、学校からの帰り道を一緒に歩いていく……。


「なあ紫陽花」

「うん?」

「お前、歌のオーディションに応募したのか?」

 しばらく歩いた後、男子高生は紫陽花と目を合わせずそう問いかけた。


「うん」

 紫陽花は俯き、頬を少しだけ赤くさせて答えた。


「そっかー、紫陽花は歌上手いからなー。受かったら都会行くんだろ? 寂しいなー」

 男子学生は、少し肩を落としそう答えた。


 この時から、紫陽花の歌唱力の高かかった。

 元々目立った事をしたわけではないが、学内の歌唱コンクールで優秀な成績を修めたのをきっかけに、地元に知れ渡ったのだ。


「大丈夫だよ、落ちるからね……」

 この時、紫陽花は少し目を細めながら男子高生の方を向いてそう告げた。


「えー、紫陽花本当に上手いのに⁉」

「私より上手い人なんていっぱいいるよ。それに、芸能界に入るのって有名人の知り合いが居ないと駄目だっていうし……」

 紫陽花の言う事は間違っていなかった。

 例えば、有名な俳優の後継人を選ぶオーディションでは、応募の際に推薦人を付ける。

 普通の応募者ならば、推薦人は親しい友人か親戚縁者であるのだが、ファイナリストに選ばれた人の推薦人はプロスポーツ選手や大手芸能事務所の社長、広告代理店やテレビ局の重役であったのだ。


 当然、他のオーディションもその例に倣っており、余程強力な後ろ盾が無ければそもそも日の目すら見れないのが現状である。


 紫陽花も当然その事を知っていたが故に、そう答えたのだ。


「じゃあ何で応募したんだ?」

「歌手になりたいってのは本当だよ。だからここでオーディション受けて、落ちたら諦めがつくかなって思って」

「うーん、そうかぁ?」

「ほらっ、何もしないで諦めるより、何かして駄目だった方が未練もないよね?」

「まぁ、そっかなぁ……」

 紫陽花には夢があった。

 煌びやかなステージに立って歌ったり踊ったりするという、輝かしい夢があった。

 だがそれを叶えるだけの実力や環境や運が無いのも自覚していた。


 だからこそ、自らの心の区切りをつけるために今回応募したのであった。


「だから安心して。私はゲンちゃんのそばに居るよ。私をお嫁さんにしてくれるんだよね?」

「そりゃあ……、ま、まぁ幼馴染だしな」

 男子高生は青い空を見上げ、少し恥ずかしそうにそう答えた。

 紫陽花はそんな彼の態度を、穏やかな笑顔で見守った。



 それからしばらく経った後。

 紫陽花の住む町の駅のホームにて。


 そこは都会の駅ならば整然と並ぶ自動改札機も一台しかなく、駅員の詰め所には基本的には誰も居ない。

 木製の壁やベンチが変色し老朽化した待合室、錆びた屋根、角が欠けてところどころヒビが入っているコンクリート製のホーム。

 周囲に他の商業施設は一切なく、あたりを見回しても田畑と小高い山と民家しか見えない。

 まさに田舎の駅の様相そのものだ。


 そんな駅のホームの上が、今日に限って賑わっていた。


「頑張ってね、紫陽花」

「みんな紫陽花を応援してるぞ!」

「みんな……、ありがとう」

 紫陽花の親戚縁者、隣人、クラスメイト……。

 総勢数十人が集まっていた。

 全員が笑顔でありつつもどこか寂し気であり、泣いている女友達もいた。


「都会は怖いとこだからね、辛かったら帰ってくるんだぞ」

「悪い男に引っかからんようにな」

「大丈夫だ、紫陽花は賢い子だからな!」

「はははっ、それもそうか!」

 冗談交じりに、農作業の格好をしたままの大人が笑いながらそう告げた。


 紫陽花はこれからこの田舎町を出て、都会へ向かう。

 何故なら、紫陽花はダメ元で受けたオーディションに合格したからだ。


 最初は両親も反対していた。

 だが紫陽花の熱心さと、歌上手の評判を知り上京を認めたのだ。


「俺、いつまでも待ってるから!」

「ゲンちゃん……」

 大人たちの中から一人の少年が紫陽花の前へと現れる。

 以前に紫陽花と一緒に下校し、将来を約束しあった男子高生だ。


「俺が紫陽花をお嫁さんにするって約束、絶対に守るからな!」

 彼は、鼻をこすりながらそう告げた。


「や、やだもう……、みんな居るし恥ずかしいよ……。でも、すごく嬉しい。ありがとうね」

 それに対して紫陽花は彼から顔を赤くして目線を外しながらそう告げた。


 ”~~~♪”

 そんな中、電車発射のベルが鳴る。

 紫陽花は荷物の入ったリュックを背負うと、大きく頭を下げて電車へと乗り込んだ。


「頑張れよー!」

「応援してるぞー!」

「みんなの事、忘れるなよー!」

 電車が進み、住み慣れた故郷から離れていくときも紫陽花は窓から身を乗り出して見送る人々に手を振った。

 この時紫陽花の瞳からは、涙が零れていた。

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