5-9
「お……、オレはなァ……」
世界の全てが変容し終わった時。
ホーリネスとなった金下は肩で息をしながらそうつぶやくと……。
「う、ウガアアアァァァッッッ!!!!」
後ろ足で地面を強く蹴り、右手の剣を振り上げてひがんめがけて突進してきた。
「うぎャァッ!」
だがひがんが傷つく事は無かった。
ひがんは金下よりも先に動いて大鎌を横に大きく振るい、剣を持っていた右腕をバッサリと切り捨てたのだ。
「えいっ」
「ぎぃギャァァッ!」
ひがんに続き、すかさず隠花も持っていた杖を振り下ろす。
杖は金下の体を強く殴打し、彼はそのまま地面へ突っ伏してしまった。
まさにあっという間の出来事だった。
今までのホーリネスとの戦いで練度が上がった彼女らと、三等星のホーリネスでは戦力に差がありすぎたのだ。
「うぐ……、グルルルゥゥ……」
金下は野良犬のごとく低い声でうなりながら、起き上がろうとしたが……。
「…………」
ひがんはその様子を見下しながら、大鎌の先で彼の体を押し付けた。
「終わりね」
「こ、こんな……」
金下は歴然たる差と、圧倒的な敗北感を味わされた。
必死になってひがんへ向けた瞳には、魔女に対する反逆の眼光ではなく恐怖で揺れた光に満ちていた……。
「お、オレは……やられるの……ヵ」
「そうよ。さようなら」
ひがんは無表情のままそう告げると、大鎌の刃を金下の首へかける。
そしてその大鎌を大きく引こうとした。
その時だった。
「いや~、君達が噂の魔女か~」
突如、聞きなれない声が魔女二人の後方から聞こえてくる。
「えっ?」
「誰!」
隠花とひがんは声のした方を振り返った。
するとそこには、ジーンズのパンツにシャツといったカジュアルな格好をした、小太りの中年男性が居た。
中年男性は魔女二人と目が合うと、笑みを見せ……。
「僕の名前は春先清。音楽プロデューサーやってるんだ。初めまして可憐な魔女達」
そう自己紹介をすると、軽く頭を下げた。
「ね、ねえ。どうして普通の人が精神世界に……」
「分からない」
精神世界は思いの世界。
そこへ侵入出来るのはアミュレットを持った魔女か、ホーリネスしかない。
現に関係者でありながらアミュレットを所持していない八坂はここにはいない。
それらの事を理解していた隠花とひがんは、何故この場所にどこにでもいそうな中年男性が居るのかが不思議で仕方がなく、隠花はひがんに慌ててその理由を問いてみるが答えは出ずにただ辺りを見回すだけだった。
「あぁ、それは簡単な事だよ。僕はホーリネスの一等星だからね」
彼がホーリネスの一等星と言った瞬間、ひがんは春先から距離を離すために大きく飛びのいた。
隠花はひがんの様子を見ると、慌ててひがんについていき杖をもって構えた。
ホーリネス一等星。
それはパラライト感染者の中でも最強だ。
数は少ないものの、精神世界では何者にも負けない圧倒的な力を持っており、対峙して敗北した魔女も少なくはない。
魔女になって日の浅い隠花は初めて出会うが、ひがんは過去に一度だけ一等星と戦った実績がある。
だが、二等星との一対一の勝負ですら勝利したひがんですら、一等星相手にはまるで手が出せなかった。
その結果、当時のひがんはその一等星から逃げる事しか出来なかった……。
「何の用? まさか加勢に……」
「そ、そんな! 一等星ってかなりやばい相手って……!」
「僕の凄さを分かってるなんて、さすが今までホーリネスを倒しただけはあるね~」
ピリピリとした空気がこの場を支配する。
余裕の笑みを見せている春先と異なり、隠花は何もしていないのに呼吸が荒くなり、普段は感情の一切を表に出さないひがんですら、少しだけ目を細めていた。
「でも安心して、今日は何もしない」
「えっ……?」
「金下君も、別にどうなろうが僕には関係ないし? 役割は果たしてくれたからね」
「じゃあ何故?」
「まー、警告と忠告かな? 金下君を最後にホーリネス退治を止めろってね」
春先は半笑いになりながら隠花とひがんへそう告げた。
その様から、得意げかつ余裕な雰囲気が前面に出ていた。
「そんな事、聞けるわけがない」
復讐を掲げているひがんにとって、相手が誰であろうとホーリネス退治を止める事は出来ない。
表情こそ変えないものの、ひがんの静かな口調には強い意志が宿っているような感じがした。
「ふーん……、やっぱそうなるよね。何が君らをそうさせてるんだろうね……」
そんなひがんの様子に、春先は首を横に振った。
「ま、君らの返答がどうあれ、今日ここで何もしないのは本当だよ。でも覚悟しておいて欲しい。そして忘れないで欲しい」
そして春先は二人の魔女を交互に見た後に、手をズボンのポケットへ突っ込み……。
「君らは無力だし、僕たちが生かしてあげているって事。じゃあ伝えたから、気が変わったらさっさとホーリネス退治止めてね。じゃあね」
そういい、その場を去っていった。
「あっ、ちょっと!」
隠花は慌てて彼の後を追おうとした。
「……消えちゃった」
「うん」
だが、瞬きをしたほんのわずかな時間で、春先はこの場から消えてしまった。
「帰ろう、ひがんちゃん」
「うん」
ひがんはそう言うと、倒れていた金下に大鎌を突き立ててとどめを刺した。
この時隠花は、光の粒となって散っていく金下を眼下にしつつ、春先の意味深な言葉に少し眉をひそめながらその真意を考えていた。




