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「えっ?」
隠花は驚き、思わず聞き返してしまった。
「今を、変えたいか?って聞いているんだが。はいか、いいえか、どっちなんだ?」
「…………」
隠花は考えた。
このままだと、学校へ行けば刑の執行が待っている。
学校へ行かなければ家族に心配をかけてしまう。
誰に打ち明けても解決はしないし、仕事の忙しい両親の負担になりたくない。
友人や恋人といった、他に頼れる人もいない。
そして隠花は確信した。
どうあがいても何も解決しない八方塞がりの状態である事を。
それならせめて、怪しいけれどこの見知らぬ男の人を信じてみようと。
「……はい、変えたいです」
「そうか」
隠花は強くはっきりと答えた。
対して蝕美はポケットから何かを取り出すと……。
「これは……?」
それを隠花に差し出した。
「もってけ。お前との契約は完了だ」
差し出された物は、白銀のタリスマンだった。
大きさはネックレスの飾りや、イヤリングの飾りに出来そうなくらい小さいが、はめ込まれた水色の宝石が隠花の目を引いた。
「じゃあまた会おう」
「ちょ、ちょっと! 契約っていったい――」
「あー、そうそう。明日は学校へ行けよ」
「いやだって学校に行ったら――」
「大丈夫だ。お前は絶対に安全だ、何もされねえよ」
「言ってる意味が分からないです!」
何故タリスマンを渡したのか?
契約とはどういう意味か?
隠花はそれらを聞こうとしたが……。
「……行っちゃった」
蝕美は隠花の質問には一切答えず、その場から去りどこかへ居なくなってしまった。
「はぁ……、どうしよ……」
隠花は悩んでいた。
変えたいとは言ったものの、本当に学校へ行くべきなのか?
絶対に安全という言葉を信じていいのか?
ただこのタリスマンを押しつけて、後で高額な代金を請求してくる詐欺師なのではないか?
しばらく隠花はタリスマンを眺めて考えた。
しかし、何も思いつかなかったのでタリスマンを胸のポケットに入れると、自宅へ帰った。
翌日。
隠花の通う学校、クラス内にて。
リーンリーン♪
校舎内に授業開始に鐘が鳴り響く。
今まで友人と和気藹々と話していた生徒達はそそくさと自分の席へと戻っていった。
「…………」
この時隠花は、何もせずじっと警戒していた。
蝕美の言葉に期待しているものの、万が一にも刑の執行があった時に逃げ出す備えをしないといけない。
だから普段は早く登校する隠花も、今日は授業開始の鐘が鳴る数分前に教室内へ入った。
そのおかげか、隠花は特別なにかされる事もなかった。
まるで昨日、何も無かったかのように紫陽花含むクラスメイトはいつも通りの日常を過ごしていた。
「授業の開始前に……、皆様に転校生を紹介します」
「最近転校生多いな」
「うちのクラスばかり、珍しいね?」
「また芸能人かな?」
転校生が来るという非日常的な出来事が連続したせいで、クラス内の生徒は再びざわついた。
しかし隠花は、授業が終わった時に無事帰る方法を頭の中で繰り返しシミュレーションしていたので、転校生が来たという発言にも教師の方を少し向く程度だった。
だが、転校生がクラス内に入ってきた瞬間、隠花の様子は変わった。
「お、おい……」
「なんだあいつ……」
クラス内の生徒が騒めく。
それは、少し前に紫陽花が来た時とは違う感じだ。
隠花は転校生をじっと見たまま呆然としていた。
「穂利井 ひがん です。よろしくお願いします」
転校生の少女。
秘めた光は乏しいが故に神秘さを感じさせる暗赤色の瞳、ルネサンス時代に描かれた絵画作品に出てくるような整った顔立ち、透き通る真っ白な肌。
長身ですらっとした体型、まるで楽器のような細くしなやかな指。
周りがどんなに騒めこうとも、一切変えない表情。
隠花はそんな彼女に魅入ってしまっていたのだ。
「おいおいめちゃくちゃ可愛い子じゃん!」
「すげー、髪の毛銀色だぞ!」
「なにあれコスプレ? 染めるの校則違反なのにおかしくない?」
そして転校生最大の特徴は、腰まである長い銀色のストレートヘアーだ。
毛先は綺麗に切り揃えられている、所謂姫カットだ。
寝ぐせ一つ無く真っすぐ整っていて、教室内の光を反射してキラキラ煌めているところから、かなり念入りに手入れされていることが窺える。
「皆さん、静かにして下さい。穂利井さんは見ての通り、特徴的な髪色をしておりますが、職業上の理由のため学校からは特別に許可が下りております」
この時隠花は考えた。
銀髪にしなければいけない職業とは何か?
モデル?アイドル?
紫陽花と同じ芸能活動をしている人?
「席は……、咲良倉さんの後ろが空いてますね。ではあちらへ」
「はい」
転校生は返事をした後に、銀色の長い髪がわずかに揺らしながら、まっすぐ先を向いて歩く。
何をやっても美しく絵になっていた。
隠花は歩いてくる転校生の方を目で追った。
「なぁに?」
転校生は隠花の視線が気になったのか?
立ち止まると、無表情のまま問いかけた。
「えっ? いやっ、その……なんでもないです」
「…………」
隠花はあたふたしてしまい顔を赤くしながらそう答えた。
転校生は表情を変えず再び真っすぐ前を向くと、隠花の後ろへと座り何も言わず授業を受ける準備をした。