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ひがんが退院してから数日後。
闇寧喫茶店内、バックヤードにて。
「うんしょ……、こうかなあ……」
長い袖に全円スカートの黒いロング丈ワンピース。
蝕美が経営している喫茶店で、普段はひがんが袖を通している制服だが、今日は隠花がそれを着ようとしていた。
姫魔女として正式に契約を結んだ隠花は、日々の蝕美との連絡を取りやすくするべく、またロリータ服を買う為にお小遣いを増やすべく、彼の喫茶店で働く事を決めたのだ。
「ど、どうかな。似合うかな?」
エプロンの紐を腰の後ろで結い、綺麗なリボンが出来た。
おさげは変わらないものの、フリル付きのカチューシャも仕事中外れないようにヘアピンで固定している。
カフェメイドとしての第一歩を踏み出した隠花は、その姿を近くで見ていたひがんへ見せる。
「うん」
ひがんはいつも通り無味乾燥な態度で、一つだけ頷いた。
「えへへ……、実は着てみたかったんだ。メイド服」
「そぉお?」
「そ、そうだよ! 私こういうの好きだから!」
ひがんの一切変わらない顔色とは逆に、隠花の顔は真っ赤だった。
いつもよりも声のトーンが高い上に早口で自分の思いを伝えている事から、興奮しているのと恥ずかしいのと半々なのだろうと容易に察する事が出来た。
「で、でも、やっぱり人前に出るのやっぱ恥ずかしいなぁ……」
「大丈夫。居ないから」
「そ、そうだね! 誰も居ないから恥ずかしくないよね」
「……寂れてて悪かったな」
「ひっ、ま、マスター!」
隠花は全身をびくりと震わせ、後ろを振り向く。
そこには怪訝そうな顔をして腕を組む蝕美の姿があった。
「ほお、似合ってるじゃないか」
「そ、そうですか……? えへへうれしい……」
「アルバイトの方も頼むぞ」
「はい!」
蝕美は口元を緩ませてそう告げると、隠花は大きく息を吸った後に返事をした。
そんな会話がひと段落つくと、蝕美、ひがん、隠花はバックヤードを出て店へ戻る。
基本的に闇寧喫茶店はあまりお客が来ない。
そのせいもあって、隠花は机を拭いたり床の掃除したり、接客をする事は無かった。
「こんちゃ」
そんな中、店の扉が開く。
外から、灰色のスーツを来て長い髪を束ねて後ろで一つに結った、眉間と目じりのしわの深い男性が店内に入り、被っていた中折れ帽子を取ると蝕美が居るカウンターの椅子へと座った。
「蝕さん、いつもの」
「あいよ」
彼と蝕美のやり取りから、その人が常連である事は隠花も察していた。
ただ、初めて接する客であり、あまりにも慣れた雰囲気に圧倒されてしまった隠花は、床掃除に使っていた掃除機を持ったまま呆然と立っていた。
「ん? 見ない顔だけど、この子が新しい魔女?」
「そうだ」
隠花に気づいた客の男は、蝕美にも負けないくらい鋭い眼差しを隠花へと向けてきた。
「俺は探偵兼情報屋やってる八坂だ。よろしくな」
「へ? あ、咲良倉隠花です。こちらこそよろしくお願いします」
八坂は帽子をとり、隠花へと頭を軽く下げた。
この時、眼差しは鋭いままも笑顔を見せてくれたおかげか、隠花は戸惑いつつも大きく頭を下げて返事を返した。
「いらっしゃいませ」
「ようひがん、元気しているか?」
「うん」
「そうか」
ひがんはいつも通り無表情だ。
八坂もそんなひがんを知っているのか、特に何も言わず一つだけ深く頷いた。
「蝕さん、頼まれていたもの」
「悪いな」
ひがんとの挨拶を終えた八坂は、蝕美に書類が入るくらい大きめの茶色い封筒を渡した。
蝕美はティーカップに入った温かいコーヒーと引き換えにそれを受け取り、中に入っていた書類を読んでいく……。
「……やはりそうか」
そして何度か頷きつつも、そうつぶやいた後に……。
「全員揃っているな。じゃあ次の標的の話をするぞ」
蝕美は顔をあげてそう告げた。
隠花とひがんも掃除をしていた手を止めて、彼の方を向いた。




