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輝木 紫陽花。
アイドルとして活動する時は、ショウカと名乗っている彼女のデビューは、フリーの動画配信サイトへの投稿だった。
バーチャルアイドルや顔を出さないアーティストが主流となりつつある現代で敢えて素顔を晒し活動した彼女。
ルックスとスタイルの良さ、高い歌唱力、ダンスの上手さでネット上の話題となり、千年の一人の美少女とも称された。
そんな彼女がメディアに現れると、たちまち日本を震わせていく。
彼女が出演するテレビ番組は高い視聴率となり、彼女が自称する光の魔法少女が女児の間でなりたい職業ランキング上位に入り、彼女が宣伝した物は飛ぶように売れる。
誰もが彼女を愛した。
隠花も彼女に憧れ、彼女のようになりたいと思っていた。
しかし……。
その憧れは、悉く壊された。
「……お、お待たせしました」
隠花は息を切らせながら教室内へ駆け込み、紫陽花の座っている場所まで近寄った。
そしてすかさず、手に持っている冷たいコーラのペットボトルを紫陽花へ差し出した。
隠花を待っていた現実。
それは、目を背きたくなる程残酷だった。
紫陽花は持ち前のルックスと要領の良さ、そしてアイドルという肩書を利用しクラス内を支配すると、今までぼんやりとしていたクラス内のヒエラルギを明確化した。
容姿の良い者や一芸に秀でている者を高い位に、そうでない者や紫陽花の考えに異を唱える者を低い位に置いて管理したのだ。
その結果、後者は人として扱われる事は無くなった。
当然、何も無い隠花は最下位となった。
隠花は日々の学校生活を紫陽花の奴隷として過ごす事を余儀なくされたのだ。
今日も隠花は紫陽花に買い物を頼まれていた。
内容は、喉が渇いたから飲み物を買って来る事だ。
「あのさ、遅いんだけど?」
「す、すみません」
しかし、最初にかけられた言葉は感謝の言葉ではなく、不平不満の言葉だった。
隠花のクラスと校舎内にある自販機からは遠い事が原因で、隠花が特別モタモタしているわけではなかったが、紫陽花はそんな背景すら意も介さない様子だ。
「それに、またコーラ? さっきもコーラだったじゃんどういう事?」
「えっ、だって、さっきコーラ頼んだから、コーラ好きなのかなって……」
「飽きるじゃん? そんな事も考えられないの? ガキの使いじゃねーから」
「す、すみません……」
コーラを選んだ理由も、以前に何度か頼まれた事があったからだ。
ただ今回は飲み物が欲しいという要求だけであり、飲み物の種類までは言われていなかった。
故に紫陽花の言い分は理不尽極まるものであったが、隠花は逆らう事が出来ずただ下を向いて謝る事しか出来なかった。
「じゃ、裁判するね。判決は……Bね」
「えっ……、そんな!」
そして紫陽花が気に入らないと思った瞬間審判が下される。
直接何をするかは言わないが、Bという隠語の意味を理解していた隠花は判決結果を聞いた瞬間に逃げようとしたが……。
「さ、始めて」
「い、いやあああっ!!」
とりまきの男子生徒に羽交い絞めにされてしまい、刑を執行されてしまう。
隠花は泣き叫んだが、誰かが助けに来る事は無い……。
そんな様子を紫陽花は、優越感に満たされた下種な笑みをしながら見下していた。
刑が執行された放課後。
校舎内の保健室にて。
「……あの」
「どうしました? 咲良倉さん」
隠花は保健室の男性教師のもとを訪ねた。
それは、彼を信頼していたからだ。
「相談……いいですか」
「何でもいいですよ。さあ話してみなさい」
今までも悩み事や相談事を打ち明けてきた過去があった。
両親には言いにくい事だって、この男性教師に聞いてくれれば解決してくれた事もあった。
そして何よりも、紫陽花の影響が最も少ないと考えたからだった。
紫陽花はアイドルで、それも今じゃ時の人となる程の存在だ。
学内で何かあれば、必ず学校の責任問題となる。
例え学校に非はなくとも、世論が黙っていない。
その事を熟知していた教師達は、紫陽花の教室支配を黙認してしまった。
隠花は知っていた。
この学校の保健室に居る教師は、数年毎に人が切り替わるという事。
労働契約も正規雇用ではないため、他の教師と比べて責任も重くない事。
「……なるほどそんな事が」
「私、もう耐えられないです!」
隠花は紫陽花にされた事を全て打ち明けた。
それを聞いた保険室の男性教師は、前傾姿勢を取りながら深くため息をつくと……。
「分かりました。早急に対処しましょう」
真っすぐな眼差しを隠花に向けながらそう答えた。
「は、はい。お願いします」
そんな態度に安心したのか、隠花は頭を大きく下げると保健室から去って帰宅した。