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3-2

 ひがんが薦めてくれたロリータ服の購入を決めた。


 ロリータ服は高額だ。

 だが隠花は元々そこまで物欲は無く、今主流のスマホゲームの電子くじやアイドルへの投げ銭もしない。

 たまに買い切りのゲームや推しのグッズを買う程度で、両親から毎月貰っていたお小遣いも使い切る事はほとんど無かった。

 よって、買おうと思えば一着だけなら買えるお金は持っていた。


 隠花は会計を済ませるべく、持ってきたお金を取り出し飾城が持ってきたコイントレーへ置くと、飾城は笑顔で会釈した後に店の奥へと入り、大した間も置かずに買ったロリータ服を入れる為の、ショップのロゴが入ったピンク色の紙袋を持ってきた。


 買い物も終わり……。

 ロリータ服を手に入れた隠花。


 ただ、隠花自身がこの服に袖を通す事は無いのだろうと思っていた。

 その時。


「飾城さん。ここで着替えていきます」

「えっ、えええぇっ!」

「かしこまりました。ではこちらへどうぞ」

 今まで無言で隠花を見守っていたひがんは、唐突にそう告げた。

 その言葉を聞いた飾城は、狼狽する隠花を優しく店の奥へエスコートしていく……。



 それから少しの時間が経った。


「…………」

 店の奥から出てきた隠花は、別人と思えるくらい見違えていた。


 ひがんが選んで、隠花が着たロリータ服。

 それは水色のひざ下丈のスカートに白のブラウスを着て、上から姫袖のジャケットを組み合わせている。

 ふんだんにフリルが使われているスカートは、ふわりと円形に広がっていてとても愛らしい。

 服と同じ色のフリル付きヘッドドレスをつけ、白色の二―ソックスとヒールが高く足先が丸くなっていて光沢のある水色の靴を履いている。


「うん、似合う」

 ひがんは一言だけそう告げ、軽く頷いた。


「そ、そうかな……、えへへ……。恥ずかしいかも」

 隠花は顔を赤くさせ、少し俯いて上目遣いのままひがんを見ていた。


 実は恥ずかしがっていたのはロリータ服を着ただけではなかった。

 胸が大きいのをコンプレックスと思っている隠花は、いつもはきつめのブラをしている事で目立たないようにしているが、胸元の膨らみを強調されたロリータ服を着たせいで、胸の形状がよりはっきりとしてしまっていたからだった。


「ヘッドドレスや靴、靴下もお付けしました」

「つ、追加で買っちゃった……」

「とてもお似合いです」

「うん、似合う」

「えへへ、嬉しいなあ……」

 隠花はフリフリのスカートを両手でぎゅっと握りしめ、終始もじもじしていた。



 隠花の買い物が終わると、二人は店を出て行った。

 そして格好はそのままで蝕美が経営している喫茶店へ行く事を決めた。

 その道中、人通りの多い繁華街にて。


「ひゃあ、みんな見てる気がする……」

 ここでも隠花はもじもじしていた。

 普段なら見向きもされず通りすがる人々の視線を感じていたからだ。

 だが恥ずかしさの中にも今まで感じた事の無い高揚感もあり、総じて悪い気分ではなかったので、ロリータショップの紙袋に入っている元々着ていた服に着替え直すつもりは無かった。 


「あー! お姫様だー! いいなぁ」

「そうね。でも指さしちゃ駄目よ」

 小さな女の子が目を輝かせながら隠花達の方を見て、指をさした。

 少女と思わず目が合ってしまった隠花は、少し固い笑顔を少女に向けた。

 少女も笑顔を返したが、一緒に居た母親に手を引っ張られていってしまった。


「ねね、君たち可愛いね~、ロリータだよねそれ!」

 そんな中、黒髪のショートボブの女性が突然隠花とひがんに話しかけてくる。

 年は隠花達より上の二十代前半な感じで、小柄で色白で華奢な体つきだが胸の膨らみがそれなりにある。


「えっ、いやっ、その……」

「あたしは”ぶたりく”って言うんだけどさ。レイヤーやっててさ、知ってる?」

「えっ、う、うーん……。聞いた事くらいは……」

 隠花はこの人物を知っていた。

 過激なコスプレをし続け、会場運営している関係者からの警告を無視して活動を続けた結果、場所によっては出入り禁止にされている。

 ネットでも物議を醸しだしており、好意的な意見は多くない。

 他にもアイドルユニットを結成するも、自身以外は成人向けビデオ女優への転向をしたり、反社会勢力との繋がりがある青年実業家との交際があったりする。

 よって隠花は、彼女にあまりいい印象を感じてはいなかった。


「あはっ、嬉しいね! でさー、ちょっといい仕事あるんだけどさー。これ可愛い子にしか誘ってないよ?」

「えっ、えぇっ!」

「で、その内容なんだけど。こっちが用意した衣装に着替えてさ、写真何枚か撮らせて貰うだけ。ね、簡単でしょ?」

「い、いや、あの、その」

「別にやましい事もしないしさ、数十分で終わるしさ、君たち可愛いからお給料もサービスするからさ!」

 ぶたりくは機関銃にように隠花へ話しかけると、隠花の背中に手をかけてどこかへ連れて行こうとする。


 もしも隠花一人だったなら、ぶたりくの誘いを断れず仕事を受ける羽目になっていただろう。


「うぅん。しない」

 だが、ひがんは隠花の手を強引にひっぱり、ぶたりくの手から引き離す事に成功した。


「残念。ま、いつでも待ってるからね。これ連絡先、バイバイ♪」

 隠花を連れて行く事に失敗したぶたりくは、隠花の手に無理矢理何かを握らせると、その場から去って行っていき瞬く間に雑踏へと消えてしまった。


「な、なんだったんだろ……。怖かった」

「…………」

「ひがんちゃん一緒に居てくれて助かったよ~、ありがとう」

「うぅん、気にしないで」

 隠花は胸に手を当て、安心した笑顔をひがんに見せた。

 ひがんは相変わらず無表情のまま、一つだけ頷いた。

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