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「こんなところに居やがったか!」
隠花が振り向いてすぐ、何者かに肩を強く掴まれた。
「えっ? ええっ?」
「おいてめえ、よくもやってくれたな!」
「あっ、いや、えっと……」
隠花に詰め寄り、怒気を浴びせている存在。
それは私人逮捕系動画配信者のG2だ。
彼の近くには、彼と共謀している女子高生も居る。
隠花は何が何だかわけがわからず、その場で怯え震えるだけだった。
そんな無防備な隠花に対し、G2は固く握りしめた拳を振り上げようとしたその時。
「やったのはその子じゃないよ」
G2の背後から少女の声が聞こえてくる。
G2は即座に声のする方を振り向くと……。
「なんだ? このイカレ痛女は」
「ひがんちゃん!」
そこには、先ほど隠花と別れたひがんが立っていた。
「やったのは私。あなたを終わらせるためにやったの」
そして事もあろうに、怒るG2を見てそう言い放ったのだ。
G2は唐突で予想外の言葉に口を開けたまま止まった。
肩を握っている手の力が抜けたのを見計らって、隠花はG2から離れるとひがんの近くへ寄った。
隠花が責められた理由。
それは数日前にあった出来事がきっかけだった。
とあるファミレス内にて。
「私人逮捕されているG2さんですよね?」
G2本人と、G2の仲間である女子高生が馬鹿笑いをしながら話している最中。
制服を着た警官二人が彼らの目の前に来たのだ。
「うっす、なんか用っすか?」
「ちょっと聞きたい事あって、最寄りの警察署まで来て貰えないかな?」
「はぁ?」
高圧的な印象の強い警察官に対し、G2は怪訝そうな顔をする。
実はこの男、過去は半グレ集団に属していた事もあり、警察との因縁も少なかれあった。
だからこそ、警察官のこの態度と雰囲気を察して表情を変えたのだ。
「すんません、どういう事っすか」
「詳しい事は署で話すから。さ、早く来て」
「いやいや待って下さいよ。突然言われても困るっす」
G2は半笑いな表情を作りながら反論し、周囲をうかがった。
普通のファミレスに突如現れた警察官、その警察官と話している大物動画配信者。
当然見る人も多く、中には手持ちのスマホで撮影する者も居た。
G2はそんな野次馬達を見ると、苛立ちながら舌打ちをした。
「仕方ないな……、なら言ってやる」
二人のやり取りの中、今まで話していた警察官とは別の警察官が、低い声でポケットからスマホを取り出しながらそうつぶやいた。
「おい、詳細を話すのは規則で駄目って」
「別にいいよ。もう分かり切ってる事だし。お前が捕まえた人から被害届が出た」
「いや何言ってるんすか。俺は潔白ですよ? そんなの腹いせ――」
「そうとも言えないんだわ。知ってるでしょ、この動画」
G2の声を遮り、取り出したスマホをG2へと向けた。
「ねえ……」
「な、なんだこれ……」
そしてそれを見たG2と共謀している女子高生は、開いた口を閉じる事が出来なかった。
動画の内容はこうだ。
今までG2がやってきた痴漢冤罪について、目立つフォントを使ってまとめられている。
それだけならただのアンチが作ったゴシップ動画として誰も信用しなかっただろう。
だが、動画の中には実際に被害に会った人物のインタビューがある事、過去に隠花に聞かれた会話の録音音声も入っていた事、配信者が過去に芸能人のスキャンダル情報を暴露した実績のある人物である事から、動画の再生数はとてつもなく増えていったのだ。
「動画配信者やってて知らなかったの? まあともかく話を聞くから署に」
「ふざけんなポリ公! 令状は持ってきてんのか!」
「はいはい、話は署で聞くからついてきて」
G2は必死だった。
そんなG2に対して警察官は冷静かつ当たり前のように、彼の腕を掴んで拘束しようとしてきた。
「あ、こら待て!」
「おい逃げるぞ!」
だがG2は抗った。
ここで捕まれば確実に自分が不利になるからだ。
今まで痴漢冤罪から逃げようとしてきた被害者と同じ様に、周りの事も気にせず食事代も払わずファミレスを抜けだした。
共謀者の女子高生もまた、彼を追うようにワンテンポ遅れて走った。
元々体力はあった。
だから二人は近くの商店街へ入って物陰に隠れる事で、どうにか警察官から逃げる事が出来た。
「はぁはぁ。くそ、何なんだ……」
普段、冤罪をでっちあげる時には涼しい顔のG2も呼吸が荒かった。
G2が困惑している最中、共謀している女子高生は周囲をうかがった後にゆるかわ系キャラクターのケースを被せたスマホをカバンから取り出し、今までG2がアップしてきた動画を確認する。
「酷い。今までアップしてきた動画のコメント欄も荒れてる……」
コメントの内容はこうだった。
”犯罪者動画。消せ”
”動画投稿サイトはこんな奴に金払うからいけないんだろ”
”嘘だと思ってた。だって元々半グレじゃんこいつ”
”そもそもこいつ好きっていう奴頭おかしいでしょ。なんで再生数多いのか理解出来ん”
”転落人生乙”
「まじかよ。グッドよりバッドの方が多くなってるじゃねえか。これじゃあ儲からねえぞ」
G2が投稿している動画配信サイトは、その動画を良いか悪いかで評価する機能がある。
あまりにも悪い評価がついた場合、どんなに再生数が多くても収入が出ないルールとなっているのだ。
故にG2は険しい表情をしながら下品な舌打ちをした。
「あいつ、G2じゃないか!」
「通報しないとやばいだろ」
「冤罪にされるの嫌だから逃げないとだな」
「うわ、キモいわ」
学生服を着た通りすがりの学生達は、G2を見るとすぐさまそう言った。
G2は通報される事を考慮し、その場から去って行った。
そしてしばらく歩き、人気の少ない住宅街へ逃げ込む……。
「ちきしょう……! 今までずっと成功してきた。それが急に何なんだ!」
G2は下を向き、拳を強く握って歯を食いしばった。
女子高生は綺麗なストレートヘアーがくしゃくしゃになるほど頭を抱えてその場でしゃがみこんだ。
二人とも、自身が追い込まれた事を実感し、悲観して悔しがっていた。
「はっ、そうか……! あいつのせいだ……。あいつを探すぞ!」
「あいつって誰よ!」
「前に会った芋女だよ! 近くの学校の制服だから絶対にこのあたりに居るはずだ」
G2と共謀していた女子高生は顔をあげ、目線で合図を送った後に人目を避けつつその場を去った……。