2-3
その頃、闇寧喫茶店内にて。
「ひがん、仕事だ。ホーリネスの反応があった」
「うん」
ひがんの表情はいつも通り変化に乏しい。
宿った光は弱いせいか、神秘的だがどこか儚さを感じる瞳を蝕美の向けながら一つだけ頷いた。
「相手は……、二人同時か」
「私一人だよ。不利だよ」
魔女とホーリネスとの戦いは基本的には一対一が原則だ。
一対多は数的に不利なのは勿論の事、ホーリネス同士が連携を組んでくる事が多く、個々の力以上の力を発揮するからである。
「三等星クラスだから問題ないだろう?」
ホーリネスは、持った力の強さに応じて格付けがされている。
格付けの順序は弱い方から練習星、三等星、二等星、一等星である。
過去にひがんが倒した輝木紫陽花は練習星で、今回魔女の標的となった光の因子を宿す者は三等星と、以前より格上の相手ではあるが、ひがんは過去に二等星に勝った実績がある。
つまり、一対一ならほぼ負けない相手なのだ。
故に蝕美も特に心配はなくひがんを送りだそうとしたわけだが……。
「うぅん」
ひがんは首を横に振るだけだった。
「ならどうする? 戦えるのはひがんだけだ」
「隠花ちゃんも呼ぶ」
隠花の名前を聞いた瞬間、蝕美の眉間にしわが寄った。
「だからあいつは駄目だって、お姫様とか言って浮かれているんだぞ?」
「隠花ちゃんならきっとやってくれる」
「何なのだ、その自信は?」
「隠花ちゃんは強い」
「あのな、お前な」
「じー」
蝕美は強い口調で言い放つも、ひがんは決して折れる事は無く、訴えるような眼差しで蝕美を見続けた。
「…………」
「じー」
やがて蝕美は会話をやめたが、ひがんの眼差しは終始蝕美へ向けられる。
「…………」
「じー」
「あーもう分かったよ。仕込みはこちらでやっておくから後は好きにしろ」
「うん」
蝕美は少し声を荒げながらそう告げた。
ひがんは大きく一つ頷くと、店内のバックヤードへ戻り普段着に着替え直して外へ出て行った。
一方その頃、下校中の隠花は……。
「今日もお疲れさん」
「はいはい、あのおぢの焦り方笑える」
そこは、ビルの非常用階段とごみを捨てる金属製の入れ物しかない、人気の無い空間になっている。
いつもなら野良猫しか居ない場所から、人の声が聞こえてくる。
隠花は気になり、何気ない気持ちでそちらへ向かった。
「逃げられるわけなのにな。バカすぎる」
「だねー。でもさ、ほんといい仕事考えたよね」
「まあな。俺が捕まえて動画をアップロードして収益ゲット。それでお前は賠償金でウハウハ。最高じゃん?」
「ギャハハ、気の弱そうなおぢ見つけて近くで痴漢って叫ぶだけだからね。ホントチョロいよね」
隠花は茫然としてその場から動けずにいた。
何故ならさっき痴漢の男の人を捕まえたG2と、痴漢をされた女子高生が一緒に居て、その二人の耳を疑うような会話を聞いたからだ。
「これもあの人のお陰――。あ? 何見てんの? サイン欲しいの?」
「えっ、あっ、その……」
「ねえ、私らの会話聞かれたとか? どうするやっちゃう?」
隠花は握った手を胸に当てながら、少し後ずさりをした。
誰の目から見ても隠花の戸惑いや恐怖は見て分かった。
「別にいいよ。あんな奴の言葉なんて誰も信じねえよ。ネットに投稿してもただのアンチって俺が言えば解決だし」
「だねー! あんな地味な奴どうでもいいよねー! どうせSNSのフォロワーとかも居ないでしょ」
だが、G2と共謀している女子高生は馬鹿笑いしながらその場を離れていった。
隠花は二人が居なくなったのを確認すると、ほっと胸を撫でおろして下校の続きをした。
それから数日後。
今日は学校が休みの日だ。
隠花は参考書を買いに、近所の本屋に居た。
「んっと……、これかな……」
隠花は苦手な科目の参考書を探していた。
そしてお目当ての物を見つけて中身を確認すると、会計を済ませるためにレジの方へ向かっていく。
その道中、雑誌を主に売っている一角で、ロリータ衣装の雑誌が目に留まる。
「ひがんちゃん……」
何故なら、黒色のボンネットを被り、フリルをふんだんに使った同じ色のワンピースを着こなすひがんが表紙を飾っていたからだ。
隠花は思わず見とれ、憧れの気持ちを抱き、そしてため息をつく。
「どぉして、ため息ついてるの?」
「うわあ! ひ、ひがんちゃん……?」
そんな時、聞きなれた声が隠花の後ろから聞こえてくる。
隠花は驚きそちらを振り向くと、本の表紙とはまた別のロリータ服姿のひがんが居た。
「ぐ、偶然だね。ひがんちゃんも本を探しに来たの?」
「うぅん」
「そ、そうなのね」
隠花はそう会話しつつ、ひがんの格好をまじまじと見まわす。
白いブラウスは白い糸で花の刺繍が全体にされており、レースで出来た姫袖はひがんの白く美しい肌を透けさせている。
合わせてきたピンク色の花柄のワンピースのスカートはパニエを穿いているお陰でふわりと広がっており、裾のフリルにも花柄の刺繍が細かにされているところから、中世貴族のドレスを思わせるような豪華さがある。
フリルをふんだんにあしらったヘッドドレスは、ピンク色のリボンで飾られていた。
「ひがんちゃん、甘ロリも着るんだね。てっきり黒系が好きなのかと思った」
「ロリータは、何でも好き」
そう答えたひがんは、相変わらず無表情だった。
「隠花ちゃんも、ロリータ好きなの?」
「えっ?」
この時隠花は、蝕美の言葉を思い出した。
そして、”本当はとっても好きなんだ”と、意を決して伝えるために息を大きく一つ飲みこんだ。
「あっ、いやっ、そ、そんなわけないよー! 私じゃ似合わないもんあはははは!」
だが、実際に出た言葉は思っていた事と真逆の内容だった。
隠花は普段よりも高い声で、かつ早口でそう答えた。
「ふぅん……」
それに対し、ひがんは相変わらず無表情のままだ。
「……ほんと?」
「えっ?」
「ほんとに、ロリータ好きじゃないの?」
ひがんは表情を変えずにそう問いかけてくると、隠花は自身の体の熱さを感じていた。
”今こそ打ち明けるんだ。私がロリータ大好きだって事を!”
”蝕美さんだって、気にする事ではないと言ってたじゃないか! だからさあ!”
隠花はそう思い、手をぎゅっと強く握りながら息を何度か飲みこんだ。
そして……。
「あ、あの、あのね……」
「うん」
「……わ、わたし」
「うん」
「す、す……」
「うん」
「……いややっぱないよ! ひがんちゃんみたいに可愛かったら着たかったんだけどねー! あはは!」
隠花の口から発された言葉は、心に思っていた事と真逆だった。
「そ、それじゃあ私はこれで!」
そして隠花はひがんから逃げるように会計を終えてその場から走っていった。
その様子をひがんはただ見ているだけだった。
本屋から離れた、路地裏にて。
「はあああ~馬鹿馬鹿! 私の馬鹿! 絶対嫌われた……、はあ~~~~」
隠花はそう言いながら、頭を抱えてしゃがみこみ大きくため息をついた。
思った言葉を言えなかった事や、その言葉に対してフォローせず逃げ出した事が隠花の心に重く圧し掛かったからだ。
「見つけた! ここに居た!」
隠花がうなだれて居る最中、表通りの方から女の人の声が聞こえてくる。
隠花はそちらの方を振り向くと……。