2-1
あれから数日後。
学校内、教室にて。
「…………」
授業の合間の休憩時間。
隠花はぼうっと前を見つめていた。
蝕美の言った通り、紫陽花は学校へ来る事は無かった。
ただ、ひがんも体調不良を理由に来なかった。
その結果、クラスは転校生二人が来る前と変わらない状況となる。
隠花は、いつも通りのクラスの空気的存在に戻ってしまったのだ。
「…………」
隠花は”その事に関しては”苦痛な様子を見せなかった。
「……はぁ」
ただ、それ以上に隠花を心をもやもやとさせていた事があった。
光と闇の均衡を保つため、精神世界で戦う魔女。
光が世界を飲みこもうとする中、悪の光から世界を守り困っている人を救い出す正義の味方。
それまるで、女児向けのヒーローアクションアニメのような世界の存在。
もちろん、危険は必ずある。
蝕美の言葉も脅しなんかじゃない事も隠花は分かっている。
恐れや不安もある。
失敗したら取り返しがつかなくなる事も理解している。
だが隠花はそれ以上の高揚感を自覚しており、またロリータ服を着れる喜びと嬉しさもあった。
「そうだよね……、私じゃ務まらないよね……」
隠花はそう一人でつぶやきながら、ノートを広げると隅の余白に絵を描きだした。
大した間も経たず、そこには可愛らしい姫魔女のイラストが描かれていた。
「あっ、そう言えば……、蝕美さんが契約って……」
この時隠花は、タリスマンを受け取った事を思い出す。
そしてポケットの中にあるタリスマンを取り出し、手元にある実感を確認すると、隠花の表情が少しだけ明るくなった。
「でもやっぱり破棄って意味だよね……はぁ……」
しかし、バックヤードの蝕美の態度を思い出した隠花は、タリスマンを握りしめたまま机の伏した。
放課後。
下校中の道にて。
隠花は徒歩通学である。
歩いて十分程度の場所に家があるからだ。
近くに駅もあるが、遠方へ行く時以外は利用せず、普段は横切るだけである。
駅はそれなりに大きく、人通りも多い。
通勤通学の時間帯は特にそれが顕著である。
「ん? あれって何だろ」
だが今日は特に人が多い。
しかも立ち止まり、スマホを片手に持っている人が目立つ。
立ち止まっているのは、主に学生や若い会社員の人が多い。
そんな普段とは少し違う様子に、隠花もその人の群れへ何気なしに近づいていく。
「おいおい! あれって私人逮捕系動画配信者のG2さんじゃないか!」
「まじかよすげえ!」
「オラァ! 大人しくしろや!」
「ぐううう……」
人の群れの中央。
そこにはタンクトップを着た筋肉隆々の若い男性と、その男性に羽交い絞めにされて地面に倒れたまま動けないスーツ姿の男性、その男性をスマホで撮影している中年男性、そして黒髪ロングヘア―の清楚な雰囲気な女子高生が居た。
女子高生は隠花とは違う制服だったので、恐らく他校の生徒なのだろうと隠花は察した。
タンクトップの男性は、隠花も知っていた。
大手動画投稿サイトで、痴漢や悪質な転売を行う人を拘束し、警察へ引き渡す行為を配信している。
中でもこのG2という人物は、私人逮捕の配信者内ではかなりの有名であり、動画投稿サイトの再生数もかなりの数を記録していた。
スーツ姿の男性は、見た目は四十から五十くらいの年齢だ。
今は羽交い絞めにされたせいでくちゃくちゃになってしまったが、高そうなスーツを着ている。
左手の薬指には銀色に光る指輪をしている事から、既婚者なのかもしれない。
「やべー、動画撮影中とかラッキーじゃん」
「俺写真撮ろ、SNSに乗せたらバズるんじゃね?」
野次馬の男子学生はそう言うと、ポケットからスマホを取り出し、二人の男性を写真で撮っていく。
他の人らもスマホで動画で録画したり、写真を撮ったりしていた。
「た、助けてくれ……、俺は……無実だ……」
「違いますっ! この人が私に……股間をなすりつけて……」
「ご、誤解だ……、僕は何も……」
「なら何で逃げたァ? ナア!」
G2とスーツの男性のやり取りから、この人だかりの正体は、痴漢を取り押さえる現場だからという事を隠花は理解した。
「警察です。痴漢を捕まえたと通報がありましたが?」
「お巡りさん! こいつです!」
「ち、違う……」
「はいはい。話は署で聞くからね。G2さんもいつもお疲れさん」
「うっす、後はよろしくっす」
野次馬をかきわけ、二人の男性警察官が到着する。
警察官が痴漢に手錠をかけると、G2は腕を解いてスーツの男性から離れていった。
女子高生はいつの間にか居なくなっていおり、警察官は周囲をうかがっても見つからなかったので、最寄りの派出所へ歩いて行った。
スーツの男性はうなだれながら、警察官と共に歩いて行く。
G2は撮影している男性へガッツポーズを決めており、野次馬は拍手を送っていた。
「ん?」
しかし隠花はG2を見つめたまま、何もせず立っていた。
何故なら、隠花の目にはG2の全身が淡く光っているように見えたからだった。
「見間違い……、じゃないよね」
隠花は眼鏡を取ったりかけ直したりして何度も確認した。
だがG2の全身は淡く光り続けている。
「何だろ……」
G2は両手をあげ、勝ち誇りながら撮影者と共にその場から去って行った。
隠花は、紫陽花と同じ現象が起きていると推察した。
しかし、ここから去る頃にはG2は光っていなかったので、見間違いと思いつつ自宅へ帰った。