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「この世界は常に光と闇が均衡している。均衡が崩れると災害やら感染症の拡大やら……、まあ人類にとって好ましくない事が起こる。それで、ここ数年で光が強くなりつつある」
「は、はぁ……」
「どうやら何者かが精神寄生体を植え付けているらしい。精神寄生体は人間が本来持つ光の因子を増大させる。そうなった奴は、光の属性を強く帯びるだけではなく周囲に光をばらまいてしまう。そうなると、光と闇の均衡が崩れてしまうわけだ」
「う、うん……」
「光の因子が強くなった奴らを俺らは光の因子を宿す者と呼んでいるが、そいつらを倒して光と闇の均衡を保つための活動をしている」
「うん」
「パラライトに寄生されたホーリネス倒すためには、精神世界へ入る必要がある」
「うーん……」
蝕美は手を組みながら真剣な眼差しで隠花に語った。
だが隠花は利き手で頬をかきながら、煮え切らない返事をするだけだった。
「信じられないって気持ちも分かる。だが実際に見ただろう? 寄生体を植え付けられた輝木紫陽花はアイドル活動という名目で周囲に光をばらまいていた」
「う、うん」
「……あれが現実だ」
「で、ですけどもー!」
隠花は戸惑っていた。
蝕美が間違っていない事を言っていないが、あまりにも現実的な内容ではないからだ。
「それで……、その"ぱらなんとか"を与えているのは誰なんでしょ? 目的とかあるんですか?」
「すまないが、それはまだ調査中だ」
蝕美は眉をしかめてどこか申し訳なさそうな雰囲気を出していた。
それを察した隠花はそれ以上追求せず、手をもじもじしながら何かを考えた後に……。
「あっ、じゃあひがんちゃんが言ってた。騎士と姫って話! あれは何ですか!」
隠花は少し声のトーンを高くしてそう聞いた。
「ホーリネスと戦う戦士、俺たちは魔女と呼んでいるが、魔女には役割がある」
「ま、まじょ……?」
「矢面に立ち肉弾戦を専門とする騎士魔女。騎士を後方でサポートする姫魔女。他にもいろいろあるが……。ひがんは騎士魔女で、隠花は姫魔女というわけだな」
「なんだか属性いろいろ盛ってきましたね……」
まるでゲームの世界のような話を真顔でされてしまった隠花は、苦笑いをしてそう答えた。
「あっ、だからひがんちゃんは私を守ったんですね! えへへ、お姫様かぁ」
「…………」
お姫様。
その単語を口にした瞬間、蝕美は眉間にしわを寄せる。
「じ、実は私、お姫様とか魔法少女に憧れてて……、本当はフリフリもだ、大好きで……、だから紫陽花ちゃんのファンだったり……あっ、今は違いますけどもー! でもやっぱりそういうのって良いですよねぇ……」
隠花は嬉々として話すが、蝕美の表情は晴れる事は無く……。
「やっぱりフリフリとかいいですよね。えへへ、私もいよいよ――」
「言っておくが、姫と言ってもただ周囲に守られるか弱い存在ではないぞ? 時には自らも犠牲にして周りを癒し慰め鼓舞する、どの役割よりも強く気高くなければいけない。お姫様と知って浮かれているような奴が務まるものじゃないんだよ」
そして蝕美は少し強い口調で隠花へそう告げた。
その言葉を聞いた隠花は、思わず俯いて顔を赤くしてしまった。
「……他はいいか?」
「最後に一つ……、いいですか?」
「ああ」
「私、これからどうしましょう……?」
「別にどうもしない。紫陽花は芸能活動の無期限休止を発表したから、もう学校にも来ないだろう。お前がいじめられる事も無い。普段に生活に戻ればいい」
「う、うーん」
「そのタリスマンはやる。とっとけ」
隠花はどこか残念そうだった。
だがそんな隠花に対して蝕美は少しの優しさも見せなかった。
「あ、あの……私……」
「いっておくが、お前を魔女として戦わせるつもりはないからな。姫の真意も分からない奴は足手まといだし、可愛いだけでやっていける世界じゃないんだ」
「うぅ……」
「精神世界での戦いで負けたら、逆に魔女が光に飲みこまれてしまう」
「えっ、飲みこまれるどうなるんですか……? まさか死んで……」
「死んだ方がマシと思えるくらいの事が起きる。これ以上は隠花には関係のない話だ」
蝕美は少し投げやりな感じでそう告げた。
隠花はそれ以上詳細を聞けず、ただ俯いて口を閉ざしてしまった。
「じー……」
そんなやり取りの中、隠花はふとバックヤードの入り口の方を向く。
そこには、何も言わずにこちらを見ているひがんが居た。
「ひがん、居たのか。店はどうした?」
「お客さん居ないから、こっちの様子見に来た」
ひがんはそう言いつつ、何かを訴えるような眼差しを蝕美に向けていた。
「……なんだよその目は、何が言いたい」
「隠花ちゃんも魔女に……」
ひがんの言葉を聞いた隠花は顔をあげた。
「いや、駄目だ」
「じー……」
「そんな目で見ても駄目なものは駄目だ」
「ふぅん……」
だが蝕美は首を縦に振る事はしなかった。
ひがんは無味乾燥な態度を取ると、店の方へ戻っていった。
もうここへ居ても何も話せないと察した隠花は、一つ大きく頭を下げると店から出て行った。