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隠花達に起きた怪奇現象の後。
隠花はひがんについていくと、蝕美の居る喫茶店へ到着した。
道中、ひがんは隠花と何も話さなかった。
隠花は聞こうとする雰囲気はあったものの、怪奇現象内のひがんの塩対応を見たせいか、口に出す事が出来ずにいた。
闇寧喫茶店にて。
「ひがん、お疲れさん」
「うん」
隠花とひがんは喫茶店の扉を開けて中へ入っていく。
カウンターでグラスを磨いていた蝕美は、部屋に入ってきたひがんに対してそう言ったが、ひがんはやはり無表情だった。
「…………」
しかし、ひがんは何かを訴える眼差しで蝕美をじっと見続けた。
「あー、隠花に話さないとだな」
「うん」
「店頼む」
「わかった」
素っ気無い会話の後、ひがんはバックヤードへと入っていった。
そして少しの時間が経つと、メイド姿のひがんが出てきた。
蝕美はその姿を見ると、隠花に目線で合図を送り、ひがんと変わるようにバックヤードへと入っていった。
隠花も戸惑いながら、蝕美の後を追っておく。
喫茶店内、バックヤードにて。
「さて……」
「ねえあれ何だったの! 周りの景色も見た目も変わってた! 紫陽花ちゃんは大丈夫なの? 何が何だかよく分からないよ!」
隠花はまるで決壊したダムから流れる水のように、今までの出来事を質問した。
蝕美は椅子に座ると、手を組み隠花の方を向き……。
「おいおい、そんないっぺんに聞くな。風景が白黒になって、そこに居る人らの見た目が変わったんだろ?」
「そうです! そうなんです!」
「あれは精神世界へ入ったからだ」
「はい?」
真顔でそう告げたが、精神世界というフィクションじみた単語を聞いた瞬間、隠花は思わずあきれ顔になってしまう。
「……なんか言いたげな目だな」
「ふざけてます?」
「いや、ちゃんと真面目に答えているぞ」
「う、うーん」
「続き話すけどいいか?」
「あ、はい。話の腰を折ってごめんなさい」
だが蝕美の真剣な眼差しに気圧された隠花は、彼から目線を外して俯いて謝った。
「原理を事細かく伝えても分からんだろうからざっくり言うが、精神世界ってのは人の思い描く心の世界。俺達が普段住んでいる世界である物質世界の影のような存在だ」
蝕美は決して茶化しているわけではなかった。
自らの妄想を人に語って悦に入っているような雰囲気ではないのも、隠花は感じていた。
しかし、あまりにも突拍子の無い内容に、隠花はただ呆然とする事しか出来なかった。
「だから言っても分からないから体験した方が早いってわけだ」
「う、うーん……」
隠花は戸惑いながらも首を横に傾けた。
それは、体験して聞いても理解出来なかったからだった。
「隠花がどんな姿になったのかは実際見てないから分からないが、精神世界での姿はお前が心から望む姿だな」
「えっ……」
「どうした? 人に言えない格好にでもなったか?」
「い、いやそういうのじゃないけども……、じゃあひがんちゃんは?」
「ひがんはロリータ好きだからな。ロリータ雑誌の専属モデルもやってる。ロリータ女子が開くお茶会にゲストとして招待される事なんてしょっちゅうだ。あいつ、その界隈では有名なんだぞ」
「ええっ!」
「意外だったか? まあ、普段喋らないからな」
ここで隠花は学校で聞いた、ひがんが銀髪な理由を思い出した。
そして、ひがんの立ち振る舞いや容姿を思い返すと、まるで咀嚼するように首を縦に振った。
「……という事は、お前もロリータになったのか」
蝕美の問いに対し、隠花は顔を赤くした。
「えっ、あっ、そ、その」
そしてどうにか誤魔化そうと言葉を発そうとしたが、何度も詰まって余計に不自然になってしまう。
「別に隠さなくていいし恥ずかしがらなくてもいいぞ」
「へ、変じゃないですか……? 私のような地味なのがそういう趣味って」
隠花は元々そういう世界に憧れていた。
しかし自分のような地味な存在ではなれない、着ても似合わないと強く思っていたので、実際に行動にうつす事はしなかった。
結果、蝕美に問いかけられるまで、誰にも語る事は無かった。
「別に? 自由だろ」
「うぅ……」
「ひがんにその事話してみろ、多分いつもより話してくれると思うぞ」
蝕美はニヤニヤしながら隠花へそう告げた。
その言葉に対して隠花は顔を赤くしたまま俯き、手をもじもじとさせてしまった。
「話脱線したな、戻すぞ。結論、紫陽花は無事だ。命に別状はない」
「で、でも、光の粒になって……」
「あれは紫陽花にとりついた精神寄生体を除去したからだ」
「ぱ、ぱら……なんですかそれ?」
うちに秘めていた趣向がばれてしまった恥ずかしさが残っていた事と、聞きなれない言葉の登場で、隠花は胸に手を当てて怪訝そうな顔で蝕美の方を見た。