1-1
20XX年。
日本国内、とあるライブ会場にて。
会場内は薄暗く、ステージや演奏機材の輪郭がうっすら青白く見える程度で他は何も見えない。
観客も数千人は入っているのにも関わらず誰も喋ってないのか、奇妙な重々しさが充満していた。
しかしそれは決してネガティブなものではない。
例えるならば、嵐の前の静けさ、爆発寸前の化合物。
そしてそれは、ステージの上に居た少女が七色のスポットライトで照らされた瞬間、溢れて爆発した。
ステージの上に立つ少女。
服の袖とスカートの裾にフリルをあしらった、ピンク色のチェックのワンピースとジャケットを着ている。
ジャケットの肩と、ワンピースのスカートはふわりと膨らみ、とても愛らしい雰囲気だ。
サイドテールの髪型には王冠のような髪留めがついていて、光の反射で所々キラキラと輝いていた。
また、ステージの照明の影響か、少女の大きな瞳の中には星を宿したような強い輝きがあった。
「お待たせみんなっ!」
ステージの上に居た少女は、ピースサインを作った片手を天高く伸ばすと甲高い声でそう答えた。
彼女の声は予め付けていたヘッドセットを通し、会場にあったスピーカーで増幅されて全ての観客の耳へ響く。
「うぉー! ショウカちゃんー!」
「光の魔法少女ショウカのステージに来てくれてありがとうっ☆ さあ、今日も一緒にキラキラしちゃお♪」
「うおーー! かわいいー!」
今まで静寂を貫いてきた観客は、持っていた生命力をほとばしらせ、サイリウムを取り出してステージの上の少女に向けて振った。
観客全員がそれを行った結果、スポットライトの当たっていない暗さ残る観客席は、まるで星々が煌めく夜空のような風景を描きだした。
多くの人々に支持され、愛され、憧れ……。
誰もが彼女こそ”主人公”であると疑わない。
……だが、本物語の主人公は違う。
某地方都市の高校にて。
「えへへ……、ショウカちゃんかあいいなぁ……」
ある少女が授業の合間の休憩時間、学内で手持ちのスマホからそのライブの動画を見ている。
少女の様子はと言うと……、学校指定のセーラー服はどこかくたびれており、襟には艶の乏しい黒髪のおさげが垂れかかっていて、フレームの太い黒縁の眼鏡をかけている。
その有様は、スマホに映された世界の住人とはまるで反対の、地味な印象が強い……。
事実、この少女、咲良倉隠花は目立たなかった。
当然だ。彼女は学内で誰とも関わろうともしなかったからだ。
趣味はゲーム、アニメ観賞、同性アイドルの推し活動と内向的なものばかりで、おしゃれや恋といった年頃の少女なら誰もが通る過程を一切無視してきた。
その結果、人気があるわけもなく、かといって疎まれていじめられているわけもなく、居るか居ないか分からない存在となってしまったのだ。
そんな彼女が、この物語の主人公である。
リーンリーン♪
休憩時間が終わり、授業開始の鐘が校内に響く。
隠花は慌ててスマホをカバンの中へしまい、次の授業で必要な教科書を出した。
隠花が教科書を出し終える頃、教室の扉が開く。
そして担任の教師が入ってきた。
「授業の開始前に……、皆さんに転校生を紹介します」
担任の教師は教室内の前方にある壇上へ立つと、開口一番クラス内に居た生徒へそう告げた。
「転校生だって? 知ってたか?」
「何も聞いてないー」
「どんな人かな」
転校生という単語を聞いた瞬間、静かだった教室が騒めいた。
見慣れた風景に入る見慣れない存在、何気ない日常に起きた非日常的な出来事に生徒達は期待していた。
「…………」
しかし隠花はそうではなかった。
元々クラス内で浮いていた隠花は、誰が来ようとも自分は居ない扱いされるという確信があったからだ。
だから隠花はクラス内の生徒全員とは違い、次に始まる授業で使う教科書を眺めていた。
「入ってきてください、輝木さん」
だが転校生の苗字を聞いた時、ふと視線だけ壇上の方を向いた。
「お、おい……」
「あの人って……」
「初めましてっ! 輝木 紫陽花です!」
そして転校生の姿とフルネームを聞いた瞬間、隠花は顔ごと壇上の方を向き、口を開いて驚いた。
「うそ! まさかあの魔法少女アイドルのショウカ?」
「ね、ねえ本物?」
「なんでこんな学校に芸能人が?」
教室の前方にある壇上には、隠花が憧れて止まなかった存在が立っていたからだ。
勿論魔法少女の衣装ではないし、スポットライトも無い。
だが、隠花と同じ制服を着ているとは思えないくらいキラキラしていた。
「皆さん、静かにして下さい。輝木さんはご存知の通り、芸能活動をされております」
「お、おい。マジかよ本物かよ!」
「すげえ……、後でサイン貰いにいこう」
「近くで見るとテレビよりもかわいいな!」
転校生アイドル。
その存在は隠花だけではなく、当然他の生徒も驚かせた。
ある男性生徒は身を乗り出してより近くから見ようとしたり、ある女子生徒は他の女性生徒とずっと紫陽花について話している。
「ですが、特別扱いせずに普通に接してください。あと、マスコミ関係者から個別の問い合わせもあるかと思いますが、勝手に答えないようにせず全て学校へ通してください。席は……、咲良倉さんの隣が空いているのでそこでお願いします」
「はいっ!」
紫陽花は笑顔のまま、ゆっくりと空いている席の方へ歩いて行く。
道中、男性生徒が手を振ってきたので、それに対して手を振り返していく。
そして空いている席へ座ると、紫陽花は隠花の方を向き……。
「よろしくねっ!」
「へ? あ、はい……」
「ねね、名前はなんていうの?」
「あ、あの……、隠花です」
「じゃあこれからは名前で呼ぶね!」
「あっ、う、うん……」
隠花は戸惑っていたが、誰の目から見ても紅潮していた。
元々人と関わる事があまり得意ではない隠花が、自らの憧れと接し、さらに話してくれたからだ。
隠花は期待していた。
自分の憧れと一緒の学生生活が最高に素晴らしいものになる事を。
それが、至高の瞬間だという事を。
……しかし、これから起こる現実は隠花の予想を大きく裏切る事となる。