1話 ゲーム開始
『―それでは、本題に入りましょう。 皆様と彼女達の運命のゲームを─』
運命のゲームという言葉に六人は背筋を凍らす。
しかし、そんな6人のことはお構いなしに『声』は話を続ける。
『ゲームは至って簡単です。こちらが指名した殿方を真に愛している女性を当てて頂きます。外れた場合は対象の殿方の生死与奪を未来永劫、愛する女性に全てを捧げていただくことになります』
『声』から述べられた内容に各々が顕著に反応した。
織田は隠そうともしない怒りを露にし、
楠は声の主に強い敵意を抱き、スピーカーを強い視線で睨み、
熊鳥は自分の頬をつねり、これが夢でないか疑い、
仏間は頭を抱えながら床にしゃがみ込み、これから起きるであろう未知の恐怖に怯え、
黒田は先ほどまで浮かべていた笑顔が嘘であったように、今まで誰も見たことのない険しい表情に変わり、
大和は慎重な態度を保っていはいるが、内心恐怖でいっぱいになっていた。
そして、スピーカーから聞こえてくる『声』はこれから始まるであろうゲームの説明を始める。
『ルールは至ってシンプルです』
『一つ、最初の対象になった殿方の指名後、対象の殿方に関わる女性のお名前と簡単なプロフィールをお伝えします』
『二つ、対象の殿方を愛する女性を皆様で見つけて頂きます』
『三つ、皆様には議論・推理をしていただき、皆様方の総意を結果として回答してもらいます』
『四つ、回答は一回限りとなります』
『皆様が正解された場合、対象の殿方は今までと変わらない日常に戻っていただきます。しかし、外れてしまった場合は、愛狂った女性が対象の殿方をお迎えに参ります。そして、対象の殿方は永遠にその女性にすべてを捧げて頂くことになります。以上が今回のゲームのご説明になります』
あまりの突拍子もないゲーム内容に6人全員が愕然とする。
『―それでは次の放送後に対象の殿方の指名させていただき、ゲームを開始します』
再び『声』が止む。
放送が続かないとわかったところで一番最初に楠が口を開いた。
「むちゃくちゃすぎるだろ、全然頭が追いつかない」
「楠君同様、僕も全然ダメだ。流石にもう笑えないよ」
黒田がそう呟く。
黒田の表情からは既に笑みは消えていて、深刻な顔付きに変わってしまっていた。
「こういった設定モノは拙者の守備範囲外ですぞ…」
つねって紅くなった頬をひきつらせて熊鳥がぼそりと言う。
瞳からは困惑の色が色濃く映っていた。
「ぼ、僕達もうここから出られないっことはないのかな?」
「いや、それはないよ。さっきの放送聞く限りだとね」
怯える仏間の疑問に優しく答える大和。
「仮に出れない事態になったら、流石に周りも気付いて何とかしてくれると思うよ」
「そ、そうかな?」
「ああ、だから少しでも前向きに考えよう。もしかしたら誰か助けに来るかもしれないし」
「馬鹿!そんな甘いこと言ってられるか!」
大和の根拠もない希望的発言に怒鳴る織田。
織田はその怒りをぶつけるが如く、閉ざされている扉に向かい勢いよく蹴る。
直後に大きな音が視聴覚室に響く。
扉が壊れでもしたのではないかと思ってしまうくらい大きな音だったが、外観に軽いへこみができた程度で、扉が開かれることはなかった。
その後も織田は何度も大きな音を立てながら扉に蹴り続けたが、扉が開く様子は一切なかった。
ここにいる全員が、背が高く体格も良い織田であれば、無理やりにでも扉を開けてくれるのでないかと期待したが、結果は恵まれた体格を持つ織田があがいても駄目だと改めて認識する。
「くそっ!全然開かねえ!!」
思った以上に体力を使ってしまった織田は呼吸が乱れながら大きく吠える。
そして、織田は思いきり助走をつけてドロップキックを扉に入れる。
今まで一番大きな音が響くが、やはり扉はびくとも開こうとしなかった。
なお、ドロップキックをした織田が床に身体を叩きつけられ、悲痛な悲鳴を上げる。
「い、いてええっ!!!」
「お、お痛ましや…」
熊取が口を手で押さえつつも織田の痛ましそうな様態をみて声が漏れる。
大和、楠、黒田も声にはしなかったが、熊取と同じような気持ちになっていた。
また、仏間に至っては、扉を蹴り続ける織田が怖かったのか、耳を両手で塞ぎ、目を思いきり瞑っていた。
「…声の主がわざわざ視聴覚室を選んだ理由がはっきりしてきましたね。」
「え、そうなのですか?大和氏?」
大和の発言をすぐさま熊取が反応する。
大和は視聴覚室の扉が通常の扉と違い鉄に近い素材なのだろうと思いながら…そう思い込みながら思ったことを口にした。
「…扉が頑丈なのはそれ以外の要因もありそうだけどね」
そんな大和の言い分に対して、黒田が小さくつぶやく。
ただ、そのつぶやきは存外に他の皆にも聞こえていた。
しかし、そのつぶやきに対しては熊取をはじめ、誰も反応することはしなかった。
「全くふざけ過ぎにも程がある!何で俺があの声の指示に従わないといけないんだ!」
「織田先輩、気持ちは痛いほど分かりますがここはいったん落ち着きましょう」
「今のところ俺達がここから解放される条件としてはさっきのゲームに参加するしかなさそうだしな」
楠のゲーム参加肯定の意があるような発言に対して織田が噛みつくように言いかかってきた。
「お前は正気か?あの声の言うこと真に受けて訳のわからんゲームやろうってのか?」
「…今のところそれ以外に方法がなさそうだし、外との連絡が取れないこの状況でどうしろって言うんですか?それか先輩がなんとかしてくれるんですか?」
挑発的な態度で織田に問いかける楠。
そして、やはりというべきか、織田はそんな楠に切れる。
「あ?何だその口の聞き方!おまえ、この悪さをしたやつの仲間か?これから起きるわからんゲームに肯定的なのはそういうことか?」
「そんなことあるわけないでじゃないですか。…ったく、イライラしてるのは先輩だけじゃないんですよ!」
「ちょっと先輩達、落ち着いてっ!」
織田と楠の雲行きが怪しくなり、再び大和が間に入る。
この二人は元々の性格的に合わないのだろうと大和は思い、楠を織田から遠ざけた。
「け、けど、さっき大和君が言った通り、誰かが扉を開けてくれるかもしれないですよ。もしかしたらそろそろ先生の誰かが開けてくれるかも」
「俺達が無事居続けられたらな」
この場の空気を良くしようと仏間も会話に入った矢先、すぐに楠から否定されてしまう。
それに続くように申し訳なく黒田も続けて口を開く。
「ここまで手の込んだことをする彼女らなんだから、当然そこら辺のことも考えていると思うよ。最悪、生きて帰れるかもわからない」
「そ、そうですよね…」
「仏間氏、泣くなら拙者の胸の中に」
「…っ。そ、それはちょっと…」
仏間と大和の希望をスッパリ切る楠と黒田。
そのせいか、自分の中にあった淡い希望を絶たれた仏間はうるうると瞳を潤ませてしまう。
熊鳥も空気を和らげようとボケたつもりだったが見事に滑り、熊取もうるうると瞳を潤ませる。
「―なら勝ちましょう」
「あ?」「ん?」
大和のぼそりと呟きに織田と楠が反応する。
そして、大和はゲームに挑むと意を決して大きく他の皆に言い放つ。
「皆でこのゲームに勝ちましょう!」
「…本当に正気か?一年生。実はお前グルだったとか…」
「織田先輩、そうやって疑うのはもう止めましょう。大和君の言うとおりです。ここから出るにはゲームに参加することなんです」
楠が織田の疑いを止めて大和の意見に加勢する。
「でも負けちゃうと僕達のことを好き過ぎる女子に捕まっちゃうのでは?」
「その苦難を皆で協力して無事乗り切ろうよ!」
仏間は瞳を潤ませながら問いかけるが、明るく大和が返答する。
それに続けて熊鳥が場を少しでも和ませようとしようとお茶らけながらもゲーム肯定の意を口にする。
「彼女が無条件にできるって考えるだけなら別に問題ないですけどな。あっ、もちろん拙者にはもう嫁がいるので問題なので、無事にゲームクリアする選択を選びますぞ」
「僕も彼女がいるから、ほかの女性に捕まっちゃうのは勘弁かな」
熊鳥の発言内容を触れて同意する黒田。
それに対して熊鳥はちょっと嬉しそうな表情になる。
「熊鳥の嫁発言は置いといて、そこなんだよな。仮に本当に俺達の事を好きでいるなら普通に告白してくれればいいのに。困るのは黒田位しかいないからな」
「ちょっと拙者は?」
「空気読め」
「ごめんなさい」
楠はちょっと怒り気味で言うと、熊鳥は素直に謝った。
「楠先輩の言うとおり、付き合う付き合わないは別としてそうですよね。何でわざわざこんな事をするんでしょう?」
「未来永劫って言うくらいだから執着深いのかな?僕達を好きでいる女子は」
黒田の発言に敏感に反応した熊鳥が何か納得したように言う。
「おお、要はヤンデレ女子が起こした出来事ってことになりますな」
「ヤンデレ?何ですかそれは?」
大和のヤンデレの質問に少し態度を大きくして熊鳥は語り始める。
「ヤンデレとは好きな人を病んでしまうくらい愛しちゃう属性のことですぞ。ストーカーしたり、監禁したり、恋敵を殺しちゃったりしてしまうくらい好きな人の為なら手段問わずにって感じですかな」
「ああ、メンヘラみたいなものですね」
「ちがーう!メンヘラは誰かが好きな自分が好きな自惚れで、ヤンデレは何よりも好きな人を優先するキチガイですぞ!」
「な、なるほど。すみませんでした」
「分かればよろしい!」
大和はこの短時間の中でめんどくさい人だなと心の中で思う。
どうやら大和は熊鳥に苦手意識を持ち始めつつあった。
「じゃあ、今回俺がこんな目に会ってるのはそのヤンデレ女のせいってことか?」
「黒幕がそうなのかは分からないですが、先輩のことが好きな女子ががっつり絡んでいるのは間違いないでしょうね」
「ですから、負けずに勝ち続けましょう!そしてこんなことをやらかした黒幕を暴いてやりましょう!」
「…乗せられてるのが癪に触るが、まずはここを出るためにゲームに勝たないといけないか」
織田はまだ納得しきれてないようだが、ようやくゲーム参加に渋々賛同した。
「では、皆で協力しあってゲームに勝ちましょう!」
「ああ、とりあえず勝ってこんなことした奴等を叩き出してやろう」
大和に続けて元よりゲーム参加に肯定的であった楠が答える。
「うーん、やっぱりいろいろ不安ではありますが、ひとまずこのゲームに乗りましょうぞ」
熊鳥も改めてゲームへの参加を口にする。
「…ここから出るにはそれしか方法がないんですよね?なら、僕も頑張ります!」
仏間は瞳がまだ潤んでいるが、弱気な雰囲気が晴れ、強い意思を持ちながらゲームに挑戦すると答えた。
「そうだよね、まずはこれから起こるゲームを皆で力を合わせて頑張ろう」
まだ少しの陰りがあるが、いつもの爽やかな笑顔を取り繕いながら黒田もゲーム参加の肯定の意を答えた。
一致団結する6人の男子。
この理不尽な出来事に抗う皆の心が一つになったためか、悲嘆に暮れていた時と比べると、6人は明るく前向きな雰囲気に包まれていた。
このメンバーであれば無事乗り切れると。
そして、タイミングを見計らったかのように再び『声』が聞こえる。
『―さて、皆様お待たせ致しました。 早速始めていきましょう―』
『―織田信を愛する人を探し当てる運命のゲームを─』
織田信の運命がかかったゲームが始まる。