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特別な日

「切り株ケーキの由来の真偽はともかく、赤いローブに白いあご髭はラリエット教会創始者のトレードマークだったからだろ。プレゼントのばらまきとか、完全に教会のイメージアップ戦略に利用してるだけだな。街中の子供にクッキー配るためとかさ、貴族からの寄付集めの口実として印象もいいしさ」


 聖夜の夜には一生に一度、森の精霊が願いを叶えてくれる、なんて話も子供の頃は信じてたけど、大きくなったら大人たちの裏事情がわかっちゃったから感動も夢もなくなったけどね。まあ、子供の頃の俺はこれが毎年楽しみで待ち遠しかったのは事実だし、今も祭事は心踊るから反対ではないよ。ご馳走もケーキも食えるしな。

 

「フィルよ、大人になったのう。お前が小さい頃、ケーキを食べ過ぎて腹を壊しておったのが昨日のことのようじゃ」


「そうじゃな、はしゃいでロウソクを倒して教会が大火事になりかけたこともあったな」


「魔法で礼拝堂に雪を降らすと言って、失敗して大洪水になったこともあったのう」


 ジジイってなんで昔のどうでもいいことばっかりしっかり記憶してんだろう。大きく咳払いをし、俺はジジイたちの口からどんどん出てくる俺の失敗談を遮った。


「俺はね、過去は振り返らない主義なんだ。それに思い出ってのは楽しかったとこだけ覚えておけばいいんだよ」


 なんか我ながらいいこと言った気がする。

 隣りに座ったラシール教会の最長老もうんうん、頷いて俺の主張に共感してくれている。と思ったら寝ていただけだった。馬車に揺られて頷いているように見えただけかよ。


 今俺はラシール教会発、ラリエット教会行きの護送馬車の中にいる。二頭立ての馬車の中はわりと広くて快適だけど、乗客は赤いローブを着たジジイばかりという異様な光景。

 久々の王都行きってことでみんな無駄に張り切っていて、いつも以上にはしゃいでいてうるさい。というのも今日は聖夜の祭事のために、ラリエット教会にラシール教会総出で手伝いにいくからだ。


 普段、諸々の雑用で手伝いが必要な時は、俺とアルミラだけで行き、ジジイたちはお留守番。なんで今回はジジイたちも行くのかというと、一年のうちで一番ジジイが大量に必要な特別な日だから。


 まあ、年々この祭事が盛り上がっていって、街中の子供たちがジジイにクッキーをねだるから、配るジジイも増やさなきゃってなった、ってだけの話だけど。


 雑用要員で呼ばれただけだけど、ラシール教会のジジイたちって実は教会内では伝説級の高名な僧侶だったりする。ラリエット教会の僧侶たちが大歓迎のご馳走でもてなしてくれるもんだから、ジジイたちも楽しみで張り切ってるってわけ。


「てかさ、なんで俺まで赤いローブ着てるの?」


 分厚い生地だからあったかくていいけど。聖夜じゃなかったら恥ずかしくて着れない。


「みんなでお揃いじゃ」


 じじいがあごの下に両拳を当て肩をすくめる。

 お揃いじゃって。可愛く言われても俺はまったく嬉しくないから。


* * *


 王都に到着し、門を抜け街の中に入ってすぐ、教会に向かう途中でちょっとした騒ぎが起きていた。馬車は道にできた人だかりに立ち往生。何があったのか御者に聞いてみると、魔獣が出たらしい。


 王都のど真ん中に?誰か召喚魔法でも使ったのか?

 好奇心に駆られ馬車から降りて、人だかりを掻き分け覗いてみる。


「なんだ、何かと思えば」


 そこにいたのは一角黒ウサギ。アルミラが初実戦で戦った魔獣だ。まあ睨み合ってただけで実際は戦ってないけど。


 見つかったばかりらしく、店の人や街の人に囲まれ、追い詰められた一角黒ウサギばフーフーと息を荒げて街の人を威嚇していた。


「こいつ、どこから入ってきたんだ!」


「退治しろ!」


 一角黒ウサギを囲んだ街の人々から怒号が飛ぶ。


「ちょっと待った」


 俺は思わず騒ぎの人だかりの円の中に入り、一角黒ウサギの前に立った。


「なんだ、お前……あ、いやラリエット教会の僧侶……?」


 俺を見て気づいたというより、俺についてきたジジイたちを見てわかったらしい。赤いローブ着たまま降りてくんな。クッキー貰えると思って子供が寄ってきちゃうだろ。


「こいつ、わざわざ退治なんかしなくても平気だよ」


 すぐ間近まで近寄って見下ろしても、一角黒ウサギはまったく攻撃してこない。威嚇しながら足元に来て匂いを嗅いでいる。おいおい俺は食い物じゃないぞ。


「何を言っているんだ、そいつは魔獣だぞ!誰かが襲われてからじゃ遅い。これから祭事で人も増えるし、王都警備兵に言ってすぐ退治してもらうべきだろう」


「これから祭りだってんなら尚更こんなことを大事おおごとにするなよ。せっかくのお祝いの雰囲気が台無しになるだろ」


 一所懸命準備してみんな楽しみにしてるのに。街に魔獣が出たから中止、なんてことになったらどうすんだよ。


「こいつは魔獣の中でも最弱。魔力が弱すぎて王都の結界もすり抜けちゃうんだよ」


「だが、ツノで襲われでもしたら怪我どころじゃ済まないだろう……!」


 俺はすぐ近くにいた買い物袋を持ったおっさんからりんごを一つもらい、一角黒ウサギのツノにぶすっとぶっさした。


「はい、ツノ攻撃封印」

 

 見物人たちが呆気に取られる。

 一角黒ウサギはツノに刺さったりんごを取ろうと二本足で立ち上がり前足をジタバタさせた。短くて届いてないけど。


 二本足立ちになるとそれだけ身体が大きく、というか高くなったので、まるで俺に襲いかかっているみたいに見えて、人垣が一歩引き円が大きくなる。が、一角黒ウサギの方はといえば、ツノに刺さったりんごを取るのに必死。両手で宙を掻いて踊っているようにも見える。


「間抜けだなあ、お前。獲物ツノで仕留めてもそれじゃ取れないじゃん。そのツノ何のためにあるんだよ」


 踊る魔獣をからかい笑う俺。その俺を見て、呆れる街の人たち。そう冷ややかな目で見るなって。

 

 でもどうしてこんな所うろついてたんだろう、と周囲を見回してわかった。見物人たちの多くは露店で食べ物売ってる人たちか、その買い物客ばかり。背伸びして見ると、すぐ近くに食べ物の市場が開かれていた。


「ああ、あそこで売ってる食い物か」


 俺が指差すとみんなが一斉にそっちを向く。


「一角黒ウサギは臆病だし肉食じゃないから人は襲わないよ。あの野菜とか果物の匂いにつられてここにきた……いてっ!」


 一角黒ウサギが俺の腰目掛けて突進してきた。周囲の人からわっと悲鳴が上がった。


「なんだよ、転ぶだろ」


 俺は軽く振り返って文句を言う。攻撃してんのかじゃれついてんのかわからないけど、どちらにせよ突進されても小さな子供にぶつかられたくらいの衝撃しかない。威嚇の必死さのわりに大した力がないんだよな、こいつ。


「なんだ、あれなら俺でも捕まえられそうじゃねえか。ウサギ鍋にして食うか」


 体当たりがあの程度なら自分たちでも仕留められると思ったのか、力のありそうな男が腕まくりをした。


「あ、でも不用意に殺しりしない方がいいよ。仲間が乱獲されると、こいつらのボスが怒ってかたき取りに来るから。ボスはこいつらとは比較にならないくらい強くて獰猛どうもうで、仇取るまでずっと追っかけてくるよ」


 これは嘘。ここは、王都、欲にまみれた商人も多い。自分でも倒せる魔獣がいるとわかると、ツノとか毛皮とかが金にならないかと考えるやつもいる。乱獲とかされたら可哀想だしな。いじめて遊んでた俺が言うのもなんだけど。


「餌で誘導して街から追い出すのが一番か。でもなんで街の中になんか紛れ込んだんだ」


 それは王都の結界に引っ掛かからないほど弱い魔獣だからだって。防御が甘い東区域あたりから迷い込んで食べ物の匂いに釣られてここまで来ちゃったんだろう。こいつら匂いに敏感でめちゃくちゃ鼻が良い。


 大人たちが思いの他食いついたから俺は興に乗ってきた。もう少しビビらせてやろう。


「ツノを売ろうと思って捕獲して連れてきたヤツがいるんじゃないかな。こいつが逃げ出したってことは捕獲したやつはたぶんもうボスにやられているかも……」


 俺は声を落としわざと険しい顔をする。俺についてきたジジイたちは、ただニコニコとして頷いている。ジジイたちは耳が遠くて聞こえてないだけだけど、微笑んでるだけのジジイほど不気味なものはない。大人たちはラリエット教会のジジイたちの反応を見て、近くの人と顔を見合わせ怯えた表情をする。


「まさか、そのボスが王都内にいるって言うのか……?」

 

「いや、たぶんもういない。ボスは真っ黒な毛皮で、夜の闇に紛れてかたきをうち、返っていくだけだよ」


「死体がみつからないのは、もしかして丸飲みされてるから……?」


 こんな子供が好きそうな闇の世界の英雄みたいな話、いい大人が信じてる光景は滑稽こっけいだ。口々に「情報が出回らないのはみんなボスに殺されてるからか」と勝手に尾ひれがついて広がっていく。大人のくせにこいつら馬鹿だな。教会僧侶だから俺が嘘つくはずないとでも思ったか?つくんだな、これが。


「そうか、ならここは彼に任せた方がよさそうだな」


「教会僧侶様たちがそうおっしゃるのなら……」


 ん?いつの間にか俺が一角黒ウサギを森へ返す話しの流れになってる。別に俺じゃなくても……。


「フィル、ワシらのことは気にするな」


 ジジイに肩をぽんと叩かれる。いや、あんたらのことはまったく気にしてないよ?


 変なことに首突っ込まなきゃ良かったな、とちょっと後悔しつつ、仕方なく俺は馬車に戻るとクッキーを配る用に準備してた白い大きな布袋を持ってきた。


 魔獣を追い払うために、と売れない果物や野菜をそこに入れてもらう。意外と多くの見切れ品が集まり袋はずっしりと重くなった。その布袋を肩に担ぎ、歩き出す。重い。匂いで誘導するだけだから、こんなになくてもいいか。袋を開けて中身を減らそうとしたら、一角黒ウサギと目があった。心なしか期待に満ちた目をしている。気がする。……気のせいか。


 袋からいくつか取り出していると、また一角黒ウサギの視線を感じた。……すごく悲しそうな目で訴えかけている。気がする。


 わかったよ!もらったもん全部持っていけばいいんだろ。


 ジジイたちとは別れ、仕方なく俺は徒歩で一角黒ウサギを従え、裏道を通って東区域へと歩いていった。



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