第8話 翡翠の指輪
二日後、わたくしたちはリージュ王国の王都にいました。帝国からの視察団のひとりとして。転移魔法って本当に便利ですね……。
実は昨日わたくしは、ミケちゃんの強権で帝国に国籍だけでなく魔術師としての地位までもらってしまったのです!
新しい名前はピエリナ・ゼラ・リジュラ。ゼラは魔術師としては中間層を意味し、リジュラはリージュ王国出身であることを示します。従属国の出身であるというのは個別の姓を作ることができない程度には生きづらさがあるわけですが、帝国民と結婚する、養子になるなどすればそれもまた解消されるそうです。
城へ到着するとまず客室へと案内されました。視察団代表の数名が会議室にて挨拶や日程の確認をして、夜は歓迎のパーティー。そして明日になったら今回の主目的である結界の話をするということです。
リージュ王国側の反応として考えられるのは、切り捨てる尻尾を用意してひたすら謝罪をするのが基本でしょう。取引相手であるマフィアと手を組んで独立……というのは可能性としてゼロではないという程度で考え難い、ですかね。
通された客室でそんなことを取り留めもなく考えていましたら、ジルドがいつの間にかそばにいました。
「考え事をしている顔だ」
「ふふ、王国はどんな反応をするか考えていたのよ。切り捨てる駒はどなたかしら、とかね」
「ピエリナ、これだけちゃんと伝えておきたいんだけど」
「なぁに?」
ジルドを見上げると、ラベンダー色の瞳がいつになく真剣にわたくしを見つめています。わたくしを見つめたままその場に跪き、そしてわたくしの手をとって。
「俺は君を誘拐した。だから、君は誘拐されたんだと言って国に戻ってもいい。その場合、俺は結界を外さないようにどうにかするよ。いいかい。俺は君の願いならなんだって叶えてみせる。どんなに馬鹿げたことも、どんなに困難なこともだ。覚えておいて」
「なにを言ってるの、ジルドったら馬鹿ね。わたくしはピエリナ・ゼラ・リジュラよ?」
わたくしがそう言うと、彼はわたくしの指先に触れるだけのキスをしました。まるで誓うかのように。
次いでひやりとした感触が指先に走りました。よく見れば、左手の薬指に指輪が!
「素敵な指輪ね。ジルドの目とそっくり。これは翡翠?」
色こそラベンダーですが、その滑やかな発色と透明感はかなり高価な翡翠に違いありません。恋人や婚約者に自分の瞳と同じ色の物を贈るという文化は帝国から始まったものだと聞いたことがあります。今ではリージュ王国内でも当たり前の文化として受け入れられていますけれど。
そういえば、令嬢たちが「あの青のネックレスは愛されてるのは自分だとおっしゃりたいのね」なんてコソコソと話していたかしら。確か、クラリッサ嬢がベルトルド様の瞳そっくりの深い青を身に着けていたときに。
「ここにいる間はつけていてほしい。どんな些細な悪意からも君を守れるように」
「そうするわ。ありがとう」
安堵したように息を吐いたジルドは、視察団の代表として会議室へ向かいました。
さて。夜まで暇になってしまいました。
視察団の他の方々は城内を散策したり王都を見学に行ったりするようですが、わたくしが出て行って知ってる人に遭遇したら騒ぎになってしまいますからね。騒ぎを起こすのは今夜まで我慢。本当ならすぐにでもダーチャのところへ行きたいのだけど。
ミケちゃんから口を酸っぱくして毎日やるようにと言われていた修行のひとつ、魔力循環をして時間を潰すことにしました。体内の魔力をぐるぐると高速で循環させることで魔力制御の技術を磨くものですが、なんと身体の若さを保ったりという副次効果も期待できるとか!
問題は、疲労も大きくて長く続けられないことでしょうか。あんまり時間は潰れませんでしたね……。それでも最初と比べたらかなり長くできるようになったのです。だってほら、窓から入る日の光の角度が……あら?
いつの間にかお庭にティーテーブルがセッティングされています。ケーキなども並べられて、今にもお茶会が始まりそうな。ホステスと思しき女性がテーブルのそばで誰かを待っていますが、あれはクラリッサ嬢ですね。
栗色の髪を丁寧に結い上げた姿はすっかり王太子妃という感じ。ああ、まだ婚約者でしたね。
しばらく眺めているとクラリッサ嬢がパッと顔をほころばせました。招待客が到着したようです。やって来た客人に駆け寄って……。ん、あれはベルトルド殿下とジルドだわ!
なるほど、視察団の代表を王太子とその婚約者が接待するというわけですね。
……ねぇ。
なんだか、ちょっと、おかしくないですか?
クラリッサ嬢、ジルドに色目を使ってるようにお見受けできちゃうのですけども!
どうして腕に腕を絡ませて密着する必要があるんです? その上目遣い必要ありましたか? どうして頬を膨らませるんですか!
まったく見ていられません。でも、自然な笑顔や豊かな表情はちょっとだけ羨ましいかな。
窓際を離れて鏡の前に立ちます。
口角は以前よりは上がったんじゃない? 笑顔だってできるように……いえ、やっぱり無理に笑うのはやめましょう。なんだか泣いてるみたいだわ。
「まぁ! ジルドさまったらお上手なんだからぁ!」
媚びを含むクラリッサ嬢の高い声が聞こえて来て、魔力循環も読書も集中できない気がしたので歓迎パーティーの時間まで寝ることにしました。
「クレアも帝国へ行ってみたい! 連れて行ってくださいませんかぁ~?」
クレアはクラリッサ嬢の愛称ですが、自分で自分の名を呼ぶのは五歳までにしていただきたいものです。ふんす。
「えっ、独身で婚約者もいらっしゃらないの? いやーん、出会うのが遅すぎましたわ。悲しい~!」
婚約者であるベルトルド殿下の目の前でそれが言える度胸は凄いですけど。っていうか寝られないんですけどもっ! もう!