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第7話 結界を、ですか


 さらに三ヶ月。ミケちゃんが当初おっしゃっていた通り、確かに三ヶ月でわたくしは治癒魔法をいくつか習得いたしました。聖女様はみんな長い修行をなさると伺うけれど、それをたった三ヶ月でやらせようというのはどうかと思います!


 結界を張るとか対象を特定しない範囲型の治癒とかそういった高度な魔法はまだ難しいですが、そもそもわたくしに本当に聖女の適性があったことに驚いています。


「これで……怪我や病気に苦しむ民を助けてあげられるのね」


「ふぁっふぁ! 民とな! ピエリナちゃんはまだ王妃になるつもりでおるのかの!」


「あっ、いえ、そういったわけでは」


「いやいや、素晴らしい心構えと思うよ。リージュ王国は得難い宝を手放した大馬鹿者どもよ」


「そうでしょうか」


 ミケちゃんの部屋の窓から外を眺めますが、見晴らしはわたくしの部屋と変わりません。ここまでの高さになると基本的に雲しか見えないものね。


「感情を表に出すのはまだ難しいのかの」


「と言いますと?」


「帝国に来て半年。笑顔は増えたが、寂しい悲しい悔しい腹が立つ……そういった表現を少しでもしたかね。王国に対して思うことはあるだろうに」


 でもそれは品がないことだと聞かされてきました。怒りを見せる、寂しい悲しいと愚痴を言う、我がままを言うのは良くないことだと。それを言われた相手が困ってしまいますよ、と。


 感情をあらわにされたら困るのは周囲の方なのに、ミケちゃんはなぜそんなことを言うのかしら。


「きっと、受け止められる人がいないからですわ。わたくし、感情が普通より大きいのかもしれません。みなさん困ってしまうんですって」


「感情はなぁ、大きくていいのよ。お前さんが人を困らせたのはその身分のせいじゃろうて。試しにジルドに怒りをぶつけてみるといい」


「ふふ、怒る理由もないのに」


「偏執的な変態ぞ? 突然連れて来られて、怒りしかなかろう?」


「誰が変態だクソジジイ!」


 またジルドの怒鳴り声。今度は扉がばたんと大きく開いて、そちらから入って来ました。お隣の部屋で偉い人たちと会議をしていたみたい。

 わたくしが帝国へ来たばかりの頃と比べ日に日に忙しくなっていったジルドだけど、最近は魔術塔にいることのほうが少ないくらいでした。塔にいてもこんな風に会議ばかりで……。


「会議はもういいの?」


「ん。反対者なしの全会一致で決まったから早かった」


 ジルドが珍しくわたくしと目を合わせてくれません。それにいつもと比べてちょっと口数が少ないような気も。


「何が決まったの?」


「んー。俺の出張」


「どこに?」


「ピエリナ、これ以上は言えないよ。機密ってやつさ」


 機密では仕方ないけれど……。

 ちらっとミケちゃんを見ると、彼はニヨニヨと楽しそうに笑っています。


「リージュじゃよ」


「ジジイ! てめぇ!」


 ジルドがミケちゃんの口を押さえようと手を伸ばしますが、老人とは思えない軽やかさでそれを避けました。ていうかこのふたりが追いかけっこを始めると縦横無尽に動くので、わたくしは部屋の隅っこで小さくならないといけません。


「帝国が提供する魔物避けの防御結界の対象地域からリージュを外すこととなった、そうじゃろ」


「ジジイ!」


「本件はジルドに任せておるが、報告くらいはくるもんじゃ。なんてったって、わし魔術塔の主じゃもん。それにわし、機密とか聞いとらんしのー」


「黙れジジイ!」


「待ってください! それはリージュ王国を帝国の保護から外すということですか?」


 例えば帝国が他国へ侵攻する、または強大な魔物を討伐するなどしようとしたとき、リージュ王国のような従属国はあらゆる労役を提供する決まりとなっています。

 代わりに結界で魔物から保護したり、通信具のような高度な術式の刻まれた魔道具を貸与したりするわけです。

 にもかかわらず保護対象から外すということは……。


「……オルランド領で採掘された硝石、今も他国に輸出してるんだ。今度は王国が主体になって」


「えっ、だってあれは」


「硝石の販売先は組織的犯罪集団、いわゆるマフィアだ。意味がわからないよ。なんで国がマフィアの支援をしてるんだ? で、その国は大激怒というわけ。自国の治安が脅かされている、いやめちゃくちゃ悪化してるんだもんな」


「だからリージュを切って当事者同士で解決しろということね?」


 実際、ジルドの話が本当なら帝国にとってはとばっちりですものね。対立する国に攻撃の口実を与えてしまったのですから。


「いや、リージュはこちらで締め付けておくからそっちは内政に専念しろと水面下で話をつけたのさ。賠償金のほか、マフィアを掃討するために魔道具もいくらか贈ってね」


 王妃教育の中で学んだ社会情勢というものを再び思い返して、なるほどと頷きました。もし帝国がリージュを放り出せば、リージュが相手国に奪われるのは必至。それは帝国としても大問題ですから回避しなければなりません。

 一方、相手国は相手国でいくら理由があっても帝国と戦争をするのは高リスクであり、できればリージュを直接叩きたくはない。けれどメンツの問題もある……。


「大きな問題にはしないまでも帝国が一部の非を認め、あとは双方で火種を潰すということですか」


「そ。で、リージュをちゃんと叩いてますよと見せるには結界を外すのが手っ取り早いよねって」


 結界はリージュ王国の国土すべてを覆っているわけではなく、主要な土地に限られています。結界の外には魔物も多く存在しますから、これが外れたら……。ダーチャはどうなるの?


「わたくしも行きます」


「はいぃ? ごめん聞こえなかったなぁ!」


「わたくしも連れて行って! お願い、ジルド」


「『お願い』かぁー!」


 ジルドはしゃがみ込んで頭を抱えてしまいました。大丈夫かしら?





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