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第6話 聖女だなんて何をおっしゃっているやら


 トルジア帝国へ来てからどれだけの月日が経ったでしょう。こちらへ来てすぐにオーダーしたドレスが出来上がったのだから、どれだけ早くても三ヶ月は経過したと考えていいかしら。


 こちらの国は魔術塔のおかげか魔力のない人も魔法を自由に使えるよう、魔石を利用した魔道具が国の隅々にまでいき渡っています。ですからモノづくりも機械に任せられるところは任せてしまい、流通のスピードをあげているのだとか。

 それでも上等なドレスは作るのに数ヶ月かかってしまうものなのですね。


 わたくしとジルドはたくさんのことをしました。ケーキはいろんなお店のものを食べたし、帝国内ですがいくつか旅行にも出かけたし、それに同年代のお知り合いも増えたし。

 誰もわたくしを悪女とか気難しいとか頑固とか言わないの。いえ、もちろん陰で言っていても気づかないのだけれど、少なくとも視線に悪意が混じることはありません。王国貴族の冷たい目とは違って。


 そう言えばわたくしの葬儀は滞りなく済んだようです。なんとこちらの新聞でも大々的に報じられていたので知ったのですが、タイミングがおかしいというか……。どう考えても捜索する時間をとっていないのです。

 見出しはとても立派なことが記載されていました。突然現れた魔物、侍女を守る勇敢な公爵令嬢って。これで公爵家の汚名が雪がれたのならいいけれど、なんだか釈然としないのはわたくしだけかしら。


 さて。届けられた箱からオーダーしたドレスを取り出してベッドへ。これ、薔薇のように真っ赤で、金糸の刺繍がふんだんに入った豪華な意匠なのです。こんなにも華やかなドレスを作ったのは初めてだわ。王太子妃という立場で考えたら少しだけ品がないような気がするでしょう?


「……でもこれ、わたくしに似合うのかしら?」


 ジルドは最近とっても忙しそうで今日も魔術塔にはいないようです。似合ってるかしらって質問することもできないなんて。

 それに彼はわたくしにいろいろな魔法を教えてくれるのだけど、転移魔法だけは頑として教えてくれないの。まさしく監禁というやつですね。


 本はたくさんあるし、魔法の練習は好きなだけしていいと言われているし、相手さえ都合があえば通信用の魔道具でお喋りをしたっていいそうです。王国では一部の騎士にしか配備されていない通信具でさえ自由に使えるのですから、帝国の国力たるや……!


「自由だけがあっても楽しくはないのね」


 これは得難い気付きでした。誰かと一緒にいるから楽しいのだわ。

 お茶会も帝国で知り合った方々に何度かご招待いただいたのだけど、どうしてもまだお互いに気を遣ってしまうし。

 ダーチャがいてくれたらきっと楽しかったのでしょうけど。今なら公爵令嬢ではないからもっとフランクに接することができそうなのに。


「……暇だわ」


 そう呟いたとき、なんと目の前に小柄で高齢の男性が現れたのです。えっ、待って、えっ?


「なるほど、お前さんがピエリナか」


 ふむふむと訳知り顔で頷くおじいさん。

 確か、わたくしの部屋は安全のため他者が侵入できないようにしてあるとジルドが言っていました。もし彼の術式を破ることができる人物がいたとしたら……。


「リベッティ閣下でいらっしゃいますか」


「閣下! いいのう、その響き! だが少々こそばゆい。わしのことはミケちゃんとでも呼んでくれたまえよ」


「みけちゃん」


「ミケーレだからの。ミケーレ・ザイ・リベッティ、の」


「ミケーレ様」


「ミケちゃん。あ、またはお義父様でもよいぞ。パッパとかのう」


「ミケちゃん」


「よかろ」


 満足そうに頷いたミケちゃんは「さて」と言いながら目を眇めてわたくしを眺めました。まるで何かを探るような。


「あの……?」


 声を掛けるとポンと手を叩いたのでちょっと驚いてしまいました。まったくつかみどころのない方だわ。


「なんだ、リージュ王国というのは魔力に溢れた者ばかりなのか?」


「ありがとうございます……?」


「だが扱い方は全くの素人じゃ、もったいない!」


「わたくしに求められたのは魔力量だけで、技術は必要なかったのです。でも今はジルドが教えてくださってますので」


 ミケちゃんはこちらに突き出した人差し指を右に左にと揺らしました。


「あやつは甘い! 蜂蜜くらい甘いぞピエリナちゃん! お前さんが帝国に来てから早三ヶ月、それだけあれば回復術式のひとつやふたつ」


「回復?」


「うむ。お前さん、聖女の適性を持っとる。術式を習得すれば聖女の爆誕じゃ! まぁその術式がちぃと難しいんだがの」


 聖女の適性というものは教会で調べることができます。魔力と一口に言っても属性があって火を扱うのが得意だったり水だったりとそれぞれ違いがあるのです。属性の違う魔法でも使うことはできるのですが、治癒だけは聖属性でなければ使えない。だから聖女様は特別なのです。

 わたくしは属性を調べることがありませんでした。王妃になるのだから魔法は必要ないのだと。


 ふぁふぁふぁと大きな口を開けて笑うミケちゃんは悪い方ではないと思うのですけど、本当にこの方が魔術塔の主なの……?


「ではピエリナちゃん! わしの作業部屋で魔力循環を教えてしんぜようッ!」


 そう言いながらミケちゃんが両手を腰にやって胸を張ったとき、部屋の中心に真っ白な光の球が現れて中から怒鳴り声が。


「ジジイ! 何勝手なことしてんだ!」


 それはジルドの声でした。あの優しいジルドがこんな風に怒鳴るだなんて! 時の流れというのは残酷ですね。

 転移魔法である光の球からジルドが姿を現し、ミケちゃんとわたくしの間に立ちはだかりました。


「お前だってピエリナちゃんに聖女の素質があることは理解しとるんじゃろう。なぜ導いてやらんのだ」


「必要ない」


「要、不要はお前の決めることではないわい。治癒魔法が使えればこんな狭い世界で時間を持て余すことなどなくなるというに」


 わたくしに背を向けるジルドの表情はわかりませんが、きっと叱られた子どもみたいなお顔をしてるんでしょうね。……まさしく父親に叱られた子どもですものね。


「治癒魔法を手に入れたら教会が手に入れようとするじゃないか」


「聖女をめぐって魔術塔と教会がたびたび衝突してきたのは事実。だが、教会が手を出せなくなる条件があろう?」


 この二人の話している内容はよくわからないけれど、恐らくこの親子喧嘩を止められるのはわたくしだけ……ですわよね?


「わ、わたくし聖女になりますわ!」

「ピエリナ、結婚してくれ!」


 ……ん?

 いま、ジルドと言葉がすっかりかぶってしまいましたね。けっ……?


「ごめんなさい、いまなんておっしゃったの? ちょっとよく聞き取れなかったわ」


「えっと、ピエリナは聖女になりたい……? それとも治癒魔法を使いたい……?」


「違いがあるの? 治癒魔法を使えるようになって、『わたくしの人生に選択肢を得たい』が答えよ。広い世界に出られるとミケちゃんがおっしゃってたから」


「世界に出すつもりはないけど一応確認させてね。聖女である必要はないってことだよね?」


「違いがあるのかと聞いているのよ」


 ジルドの表情が徐々に喜色に溢れていきます。待って、待って、わたくしはまだ会話に追いついてませんの!

 一体どういうことなのとうろたえるわたくしの耳を「ふぁーっふぁふぁー」とミケちゃんの笑い声が打ちました。


「解決じゃの!」


「待ってわたくしまだわかってません!」


 なんなのこの親子は!


「治癒魔法を使える者は教会が欲しがる。権威となるからの。だが奴ら、家庭のある身での修道誓願を禁じておる。つまり結婚していたら聖女と認めることができんわけだ」


「だから俺と結婚しよ?」


「えーっ? 待って、おかしい、展開がおかしいですわ!」


 結婚ですって!

 わたくし、恋もまだしていないのよ。貴族でなくなったのだから、もしかしたら自由な恋ができるんじゃないかと思っていたのに、結婚ですって!


「治癒魔法を覚えたいなら、俗世を捨てるか結婚するかの二択さ」


「極端」


「ふぁふぁ! わしはな、治癒魔法を研究できればなんでもいいぞ。教会のバカ者どもは原始的な治癒魔法を永遠にありがたがって開示せんのだ。魔術塔としては適性のある者をひとりでも多く確保したいのでな」


 ということはわたくしが治癒魔法を使えるようになったとして、それを公表しなければ教会と魔術塔が争うことはないわけですよね。

 ただし、さらなる自由を得たいと望むのなら結婚しない限り聖女として教会に囲い込まれる、と。


 こっそり治癒魔法を練習し、世間にそれと気付かれないうちに恋をして、愛するだれかと結婚する……というのが理想の流れということになりますかしらっ?


「ねぇピエリナなんか変なこと思いついたときの顔してるけど」


「まさか! そもそもわたくしが本当に治癒魔法を使えるかもわからないのですから、お話の続きはご指導いただいてからにいたしませんか?」


「俺にまで敬語使うのほんとなんかイヤな予感しかしない」


 というわけで、ミケちゃんによる言語に絶する修行が始まりました。軽々しくやってみたいなどと、その道の最先端にいる人に言ってはいけないという学びがありましたが、もう遅いわけで。




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