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第5話 自由ってことですか


 窓からの光が眩しくて目が覚めました。

 どうしてカーテンがないの!


「うう……まぶし……」


「きゅるるる」


 カワウソが一声鳴いてどこかへ走って行きました。

 ベッドから腕を伸ばして呼び鈴を探して……、あ、ここにダーチャはいないのだったわ。わたくしったら、朝の支度を誰かに手伝わせようとしてしまいました。

 公爵令嬢ピエリナはもう死んだのにね。


 そう、彼女は死んだのよね。わたくしは何者でもない、ただのピエリナなのだわ。

 雲ひとつない真っ青な空。まるでわたくしの新たな人生を祝ってくれているみたいです。


 ベッドから起きる気にならずぼんやり外を眺めていると、ノックの音とともにジルドがやって来ました。真っ直ぐこちらに来てベッドに腰掛けます。


「おはようピエリナ、いい朝だね」


「おはようジルド。新鮮な朝だわ。ねぇ誘拐犯さん、なぜわたくしを誘拐したの?」


 わたくしの質問に、彼はにっこり笑いました。


「君が欲しいからさ。他に理由なんてない」


「死んだことにしてしまったら身代金を請求できないでしょう?」


「君がここにいる。それだけでお釣りを払いきれないくらい価値があるよ」


 いまいち会話が嚙み合っていないような気がするのですけれど、まぁいいかと思うことにしました。だって今日からわたくしは今までのわたくしではないのです。新しいわたくしは細かいことなんて気にしないし、自由に生きるのよ。


「いるだけでいいとおっしゃったわ。それなら、わたくしは自由にしていいのよね」


「もちろんさ。今日という日をずっとこのベッドで過ごしたっていい」


 そう言って彼は片方の腕を大きく伸ばしました。ええとつまり、わたくしの左手側に座っている彼は半身をひねってわたくしの右手側に手をついたの。彼のお顔が近くなって、ラベンダー色の髪がわたくしの頬をくすぐります。


 でもまさか、一日中ごろごろしててもいいだなんて!


「あら、本当に自由ね!」


「でしょ。他にやりたいことはある?」


 やりたいこと……そう言えば馬車の中でダーチャとそんな話をしていたのではなかった?


「あのね、普通の令嬢の生活というものがしてみたいわ」


「たとえば?」


「まず、美味しいケーキを食べるの。オシャレなお店の美味しいケーキよ」


「いいね」


「それから可愛いドレスを……あ、でもクローゼットにたくさんドレスがあったわ」


 ジルドがちらっとクローゼットのほうへ目を走らせましたが、すぐに向き直って微笑みます。


「ドレスなんていくらあってもいいさ」


「そうなの? それなら伝統や品位にこだわらない素敵なドレスを作ってみたい」


「早速デザイナーを呼ぼう。それから?」


「気心の知れた友人とのお茶会が楽しいんですって」


「ああ、それは難題だね。でも大丈夫、これから帝国内でたくさんの人と会わせてあげるよ。その中には君が信頼を置けるような人物もきっといる」


 空いたほうの手でジルドがわたくしの髪の乱れを直してくれました。とても優しい手つきで、恨まれているとは到底思えません。


「ジルドはわたくしを恨んだりしていないの?」


「どうしてそう思うの?」


「家族と引き離したわ。貴族社会から、王国から追い出してしまったでしょう?」


「うーん。もしそれで君が罪悪感を抱くなら」


 彼はそこで言葉を切って立ち上がりました。窓に寄りかかってこちらを見つめると、逆光になって表情がよく見えません。


「ノーコメントということにしておこうか。俺は君をそばに置くためならどんな手段も厭わないって決めたから」


「どういう意味?」


「家族は確かに失ったけど、でも今は君がいるよねってこと。違う?」


「ええ、そうね」


 わたくしの返事に満足そうに頷いて、ジルドは手を叩きました。すると二足歩行のカワウソが器用にワゴンを押しながら部屋へ入って来ます。


「やりたいことはたくさんあるだろうけど、まずは腹ごしらえだ」


「昨日の夕食を食べ損ねてしまったからお腹がすいてたの!」


 身体を起こそうとしたわたくしをジルドが手で制しました。ラベンダーの瞳がいたずらにきらきら輝きます。


「一応確認だけど、ベッドの上で食べたい?」


「あはは! 一日中ごろごろする特権はまた今度使うことにするわ!」


 ベッドから足を下ろすとジルドが手を差し伸べてくれました。彼に支えられながら立ち上がり、窓際のテーブルへ向かいます。


「やっと笑ったね」


「今までも笑ってるつもりだったのに」


 彼の左手がわたくしの頬をつまみました。


「この筋肉は全然動いてなかったよ」


「では動かす練習に付き合ってくださる?」


「いえすゆあはいねす」


「片言ね」


 帝国での初めての食事は今まで食べて来たどの食事よりも美味しく感じられました。いえ、別にメニューや食材が違うというわけではないのです。ただ気を張らず誰かと雑談しながら食べるというそんな普通の食事が、こんなにも美味しいだなんて。


 それからジルドはいろんなお話をしてくれました。

 たとえばわたくしの魔力がふわっと消えてしまったのは、リントヴルムに魔法の発動を阻害するという術式を仕込んでいたのだとか。


 ジルドを拾ったリベッティ氏……いえこの魔術塔の主ですからとても偉い人なのよね。リベッティ閣下とお呼びしたほうがいいのかしら。その方の魔術の教え方がいかに厳しいかと言う話をしたり。たった七年で元貴族の少年を魔術塔の二番手にまで引き上げたのですから、確かに大変な日々を過ごしたことでしょう。


 あとは昔話をたくさんしました。


「ジルドはかくれんぼが上手だったわ」


「あれは今だから言うけど、幻惑魔法を使ってたんだよ。目の前にいるのにそれを見えなくする魔法さ」


「えーっ! そんなのずるいわ」


「ピエリナの口から『ずるい』なんて言葉初めて聞いたよ」


「正真正銘ずるいもの!」


 わたくしは十数年ぶりに口を開けて笑いました。





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