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第3話 幼馴染と再会しました


 リージュ王国とトルジア帝国の間に横たわる南北に長い山。その頂上を越えて帝国領へ入った頃でしょうか。リントヴルムは飛行をやめ、開けた場所へと降り立ちました。

 リントヴルムはまるで我が子をあやすかのごとくわたくしを大地へ下ろし、空の旅はほんの十数分で終わりを告げたのです。


 くるっと身体を丸めてしまったリントヴルムに敵意は感じられません。一先ずの危機は去ったと考えていいのかしら。どうやってここから逃げたら……と周囲を見渡して驚きました。


「わぁ……。なんて重厚な景色かしら」


 山の中腹にある広い草原というような場所。遠くに帝国の街並みが見えます。我がリージュ王国の三角屋根とは違い、真四角の高い建物が整然と並んでいました。ですが何より目を引くのは高くそびえる真っ白な塔でしょうか。


 どうやって建設したのかもわからない、空にも届きそうなほど高い塔です。あれが「魔術塔」と呼ばれるものなのでしょう。魔法に秀でた人物を集め、術式や魔道具の研究をしているのだとか。そして、帝国および従属国に強固な結界を張っているのもあの魔術塔だと聞いています。


「クルルルル」


 鳥が甘えるような声がして振り向くと、いつの間にやって来たのか、足元まで隠れる深緑色の長いローブを羽織った人物がいました。フードを深くかぶっているためお顔はわかりませんが、背の高さや肩幅から恐らく男性だと思います。


 ……ではなくて。なんとリントヴルムがその人物を食べようとしているではありませんか!


「きゃーっ! いけません、食べちゃだめ!」


 慌てて駆け寄ってリントヴルムを止めようとしたのですが……。何か様子がおかしいです。よく見ればリントヴルムは男性に撫でてもらっているような? 目を閉じて、ぐいぐいと鼻先を男性の手に押し当てているようなのです。


「あら……? 甘えているの?」


 ローブの男性がわたくしの声に顔を上げ、フードを下ろしました。淡いラベンダー色の長い髪がさらさらとなびき、同色の瞳が柔らかく細められます。


 わたくし、この方に覚えがあるわ。


「ピエリナ……」


「もしかして、ジルドなの? ジルド・セ・オルランド」


 男性はリントヴルムの鼻をぽんぽんと軽く叩いてからこちらへと近づいて来ました。


「今はリベッティだよ。ジルド・ザイ・リベッティだ」


「ザイ……魔術師として活躍していらっしゃるのね」


 帝国、とりわけ魔術塔についての情報はほとんど外部へ出ないのですが、「ザイ」が高位の魔術師に与えられる階級称であることは有名です。


「そうだよ。もう夏に雪を降らせる程度じゃなく国中に吹雪を起こせるくらい凄いんだ」


「まぁ! そんなことをしたらみんなが困ってしまうからしてはいけないわ」


「大丈夫。物のたとえだよ。ピエリナがそうしろと言わない限りしないさ」


「言わないわ」


 幼い頃と同じ穏やかな笑みを浮かべたジルドがわたくしの首元に目を留めました。


「そのネックレスは……。まさかまだ持っててくれたばかりか身につけてくれてるなんて!」


「ごめんなさい、ジルド。つけたのは今日が初めてなの」


「いいんだよ、いいんだ。嬉しい、ありがとう」


 そう言って彼はわたくしの背に腕をまわしました。お空を飛んでいたせいか少し身体が冷えていたから温かいわ。

 でも最後に会ったときよりもずっと大きくなっていて、なんだか緊張してしまいます。男の人ってみんなこんなにごつごつしているの?


「えっと、あの、ジルド? わたくし少し困っているの」


「ん、どうしたの? 俺にできることならなんだって手を貸すよ」


 身体を離したジルドがわたくしを覗き込むように首を傾げました。


「修道院へ向かう途中でこの子に攫われてしまって。どうやったらリージュ王国へ戻れるかしら?」


「戻りたいのかい?」


「うーん。戻りたいのかという質問に対しては『いいえ』だけど、戻らなくてはいけないの」


「どうして?」


 薄いラベンダーの瞳が真っ直ぐにわたくしを見つめます。

 どうしてって……両親からそうしろと言われたからですけれど。


「公爵家の名誉を少しでも守るため、ということになるのかしら」


「君を切り捨てた家なのに、守る必要ある? でもまぁ、どれだけ望んでももう戻る場所はないんだけどね」


「どういう意味?」


「リントヴルムに攫われた人間が生きてると思うかい? 君が戻る頃には葬儀も終わってるさ」


 ジルドはウトウトと眠そうなリントヴルムの頬をぺちっと叩きました。なんて命知らずな。

 でも確かに、わたくしが生きているとは誰も思わないでしょうね……ってことは。


「もしかして戻らなくていいの?」


「ほら! やっぱり戻りたくなかったんじゃないか!」


 手を叩いて喜ぶジルドは昔とほとんど変わりなく、懐かしい気分になります。


 もう公爵令嬢ピエリナとして生きなくていいのだと思ったらホッとして、焦っていた気持ちが落ち着いてきました。そして落ち着いてみれば疑問ばかり浮かんでくるこの状況。


「ねぇジルド。わたくし、たくさん聞きたいことがあるのだけど」


「うんうん、そうだと思うよ。でもこんな山のど真ん中ですることでもないし、俺の家に招待してもいいかな」


「え、ええ。もちろん、お願いしたいくらいだわ」


 わたくしが頷くと、ジルドは再びリントヴルムの頬を叩いてから人差し指で何もない空間に円を描きました。

 するとその場に大きな光の球が生まれたのです。その直径はわたくしが両腕を広げるのと同じくらいあります。


「ちょっとフワフワするかもしれないから、目を閉じて」


 そう言ってジルドはわたくしの手をとりました。言われたとおりに目を閉じ、ジルドに手を引かれるまま前へと歩いて行きます。と、一瞬だけくらっと眩暈のような感覚がありました。


「もう目あけていいよ」


 はい。ジルドさまの言う通り。

 というわけで目を開けましたら。そこは綺麗に整えられた書斎のようなお部屋でした。シンプルな書き物机のほか、いくつかの棚とソファーセットがあるだけのお部屋です。


「ここは……」


「俺の仕事部屋。窓の外を見てごらんよ」


 彼が手で指示した先を目で追うと、大きな窓がありました。と言ってもそれは真っ白で、外を見てみろと言われても。


「白いわ」


「よく見て」


「ふわふわしてる」


「雲だよ」


 ジルドがわたくしの横に並び立ち、「雲」を見つめました。その綺麗な横顔を見上げ、再び「雲」に目をやって……。え、雲?


「雲ですって?」


「ん」


「もしかして、ここって、魔術塔……?」


「大正解ー!」


 手を叩いて喜んでるけど、ちょっと待って、あの距離を、あの高さを一瞬で移動したと言うのっ?





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