第14話 再建するって大変ですね
王国での騒動から三日が経過しました。ジルドは塔の中のご自分の会議用のお部屋をダーチャのために空けてくれたので、彼女は当面そこで生活することになっています。お風呂などはわたくしの部屋にあるものを共用していますけれど。
ダーチャが来てくれてから生活が少し華やかになったのは確かです。ジルドとふたりだけの毎日も面白いのですが、やっぱり同性のお友達がいるからこその楽しさというのは確実に存在しますから。
「ご両親はお呼びしなくて本当によかったの?」
「はい。弟もそうですけど王国の再建に尽力したいと。お嬢様のことをしっかりお支えするようにって言われたので、家族の分までがんばりますわ」
「んもう……普通のお嬢さんとしての幸せはどうするのよ」
「それはピエリナお嬢様が片付いてから考えま――あっ! 先輩、それわたしの仕事です。お嬢様のお茶はわたしが用意するって……もうーっ! このバカワウソ!」
テキパキとお茶を用意するカワウソとダーチャの戦いは未だに続いています。なんならダーチャの分のお茶まで用意してくれるカワウソに軍配が上がっていますけれど、ふたりのやり取りが可愛いので自由にやらせることにしています。
ぎゃいぎゃいと騒がしい中でノックの音が響き、カワウソが目にも留まらぬ速さで扉のほうへ移動しました。カワウソが陸上をどれくらいの速さで走るのかは知りませんけれど、人間より速いのは間違いないのでダーチャもこればかりは諦めているみたい。見極めができるというのは大切なことですね。
「ああ、ふたりともお揃いだね」
入って来たのはジルドとミケちゃんです。ダーチャが来てからは転移ではなくちゃんとドアをノックして確認してくれるようになったのは成長ですわね。わたくしひとりだけだった頃から人権について考えていただけるともっと良かったのですけど。
おふたりは何も言ってないのにテーブルへ着席しました。こういうときにここが魔術塔であることを思い出させられます。
「ふぁふぁ! 美人さんたちに癒してもらいたくての!」
「ピエリナの癒しは俺専用だからな、ジジイ」
「おー怖いのー! 息子がいじめるわい!」
この親子はこれで仲良しですから放っておきます。ダーチャもそれはすぐに理解したようで、可愛い親子喧嘩をにこにこ眺めていますね。
でもジルドの顔色が優れないような?
「ジルド、なんだかお疲れのようね」
「王国再建の雑務がね……。ほとんどは国の偉いのに任せてるんだけど、魔術師の見解が必要なこともあるからさ」
「再建といえば王弟をおさえていただなんて、用意周到で感心してしまったわ」
国を征服するにおいて、既存の文化を上書きするのは悪手です。必ず民の反発がありますから。王とは国の文化や歴史の最たるものであり、どこの馬の骨ともわからない人物を王に据えたところで民はついて来ません。
では王族の血を引く者ならどうか。前王の弟君は七年前にジルドを逃がしたあの事件以来、王や我が父である公爵の動きに不信感を持っていたそうです。わたくしが会計処理の不備を帝国に報告した際、帝国側の調査に協力していたのも王弟だったとか。
そう、新王に即位するのはその王弟なのです。
「その用意周到さが帝国たる所以じゃの」
「それで、貴族たちの処遇はどうなったのかしら」
「多くはそのまま使うよ。可愛いピエリナをいじめた奴らだから全員放逐してもいいんだけど、それは国がまわらないからね」
はーぁと大きな溜め息をついてジルドがそう言いました。彼らは長い物に巻かれるだけですから、その長い物が良き志を持つなら国もまた良くなっていくでしょう。わたくしもその決定に否やはありません。
「でっ、では、旦那様……いえ公爵閣下やパルマ伯爵などは」
ダーチャが身を乗り出しました。お父様に対してわたくし以上に怒っていたのはいつもダーチャですからね。彼らの結末も気になるのでしょう。
ジルドはわたくしの髪をひと房掬い上げてキスをしました。突然の奇行。
「ピエリナの前で言いたくないってところで察してくれたら嬉しいかな。あ、でも」
「でも?」
「何とかいう頭の緩いご令嬢いたでしょう。彼女は本当に何も知らなかったようでね、結界内からの追放ということになったよ」
「それ、わたくしなら死刑より恐ろしいのですけど」
「俺もそう思う。ま、運が良ければ普通に暮らしていけるさ」
結界の外で暮らすのは無法者ばかりですし、そもそも魔物がたくさんいます。もちろん魔物の素材を獲って市場に流す人々もいますから、彼らに受け入れてもらえたら人間らしい生活を送れるでしょう。
「ふぁっふぁ! そんな悪人どもの心配なぞせんでよろしい。お前さんたちはホレ、やることがあろう?」
「そうですわ、お嬢様! 新居を探さなくては!」
「全くその通りだ。ピエリナ、いい土地があるのだけど一緒に見に行ってくれるかな」
「え、待って。これわたくしとジルドの結婚が既定路線になっていない?」
わたくしが治癒魔法を使ったことが早速教会に知れてしまったようなのです。本当に耳が早いったら!
それで、魔術塔のほうに問い合わせが来ているのだとか。彼らが実力行使に出る前に早く結婚しないとって言われていて。もちろん、治癒魔法を覚えるにあたってその可能性については聞かされていましたけど、あの、その。
ジルドがわたくしの手を取って立たせ、ダーチャは薄手のコートをわたくしの肩に掛けました。なにその素晴らしい連携。
「デートですね! 気を付けて行ってらっしゃいませ!」
「えぇ……」
「湖のそばと海のそばどっちがいい?」
「転移魔法をわたくしに教えてからもう一度聞いてちょうだい」
「じゃあまずは湖のほうに行こう」
ジルドが指先でくるっと円を描いて光球を出しました。全く、わたくしの意思を尊重するように見せかけて、大事なところで勝手なことをするんだから!
仕方ないかと半分諦めつつ光球へ足を踏み入れたところで、ミケちゃんの言葉がわたくしの背を追いかけてきました。
「銃で撃たれたのもわざとじゃぞー。ジルドの変態を舐めんようにのー!」
……なんですって?




