友達にはなれない
自己紹介が終わり先生が今後の取り組みを話し終え、長めの自由時間になる。
明理は冷の所に来て「冷ちゃん、どうしちゃったの?本当に冷ちゃん?」と話しかける。
俺たちも冷の所に集まり、それを聞いた景と貴志は「「冷ちゃん、て」」と吹き出しそうになる。
俺は明理に「変わっちまったけど、本当に冷だぞ?」と言葉をかける。
「清水さん、ちゃん付けで呼ばれていたの?」と景が訊く。貴志も「なんか意外だな」と吹き出しそうになっていた顔をすぐに戻し落ち着いたトーンで言う。
「清水さん?私は冷ちゃんて呼んでいるけど景君も貴志君も冷ちゃんのこと冷、て下の名前で呼び捨てに呼んじゃいけないの?」
「俺らも最初は下の名前で呼び捨てで呼ぼうとしたんだけど」
「清水さんと呼んでください、って言われちゃって」と景の後を貴志が続けて説明する。
「でも優君は冷って呼んでいたけど」と不思議そうに訊く。
「あーなんか、俺は小学生の頃に仲良くしてもらった恩があるから下の名前で呼び捨てで呼んで良いって言われた」と言われた事をそのまま明理に伝える。
冷は表情を変えずに「はい。ですので春野さんにも小学生の頃仲良くしていただいたので冷ちゃんと呼んでもらって構いません」と言葉を発する。
「でも清水さんが冷ちゃんってちゃん付けで呼ばれていたとか、小学生の頃の清水さんってどんな感じだったの?」と景が明理に訊く。
「うーん。小学生の頃の冷ちゃんは、背が低くて人懐っこくていつもニコニコしていて目をキラキラ輝かせていたよ」
「人懐っこくていつもニコニコしていて目をキラキラ輝かせていた、いやいや、全然想像できないよ!」と想像しようとしてすぐに全くピンと来ない、といった表情で景が言う。
俺は「いや、小学生の頃の冷はマジでそんな感じだったぞ」と明理の発言をフォローする。
「マジか!」
「だとすると変わりすぎじゃないか?」と貴志も言う。
「まあ、冷の小学生の頃を知っている俺たちからすると、今の冷を見ると戸惑っちゃうっていうのが正直な感想だな」と俺はそう口にする。
「そういえば、冷ちゃん昔は背が低かったけど今は男子の平均的な身長になったんだね」と気付いた事を口にする。
「まだ高い方ではありませんが」と肯定する。
「でも冷ちゃんは冷ちゃんだよね!」と笑顔で明理は今の冷を受け入れる。
みんな気分を悪くせず冷を見る目を否定ではなく肯定して見てくれた事が俺は嬉しい。本当にみんな良い奴らだ。
自由時間が終わり、荷物をまとめて帰りの支度をする。自由時間は新しい生徒同士で自分達を紹介してクラスの皆と親交を深めてコミュニケーションをとるために設けられた時間だったのでその時間が終わるとその後は特に何かをするわけでも無く家に帰る事になる。
自己紹介の後、明理が今の冷に対してどのように思うか少し不安だったが無事に収まって良かった。
それと、あの後に冷は皆とメアドを交換した。拒絶されるかとも思ったが意外にも、嫌がる素振りも見せずに了承してくれた。
学校で授業が始まり、俺は真剣に先生が書いた内容をノートに書き留めていく。全部をそのまま書き写すのではなく、自分なりに分かりやすいようにノートに纏めるのがけっこう重要だったりする。
授業内容は始まったばかりなのに最初からかなり難しい。さすが偏差値が高い学校だけあって最初から生徒に一定以上の能力を必要とする授業内容だ。
さすがに授業中に周りを観察する余裕が無い。
だが、冷の後ろの席の生徒が小声でどうしよう、と発したので、授業に向けていた意識が、反射的に声を発した生徒の方に持っていかれる。
たしか、小森哲という名前の生徒だ。
小森はシャーペンの頭を何度もノックして慌てている。シャー芯が切れてしまったようだ。
不安そうな顔をして困っている。
どうしよう。授業中に俺が手を挙げて小森の席まで行ってシャー芯をあげるのも少し変だし、とどうやって助け舟を出すか悩み、授業と同時進行で思考を巡らす。
すると、冷が後ろを振り向きシャー芯の入ったケースを小森に渡し、「芯、1本差しあげます。とりあえずはそれでこの授業の分は事足りるはずです」と言葉をかける。
小森は緊張した顔で「あ、ありがとうございます…!」とお礼を言ってケースから芯を1本抜いてケースを冷に返す。
それを見ていた俺は意外に感じて数秒、思考が硬直した。
が、すぐに思考を再開し、冷の奴、自分から進んでよく知りもしない同級生に助け舟を出すんだな、と思う。
1時限目の授業が終わり、休み時間に冷は今授業でやったところの内容を復習している。
休み時間に復習するのは良い時間の使い方だ。
頭を休ませるための時間でもあるが、授業はプロの教師が授業として無駄が無く教えるため、1回の授業でかなりのペースで進むが本当に今受けた内容が頭に入っていてよく理解しているのかというと流れで進んでいるだけで実際は意外と理解しきれていない事が多いい。なので、授業が終わってすぐに復習するのは効率が良くまた、自分のペースで復習していけるので授業内容の理解度がぐっと増す。
そのまま俺は周りを観察しようとしていると冷の所に小森が歩いてくる。
不安そうな表情で「あ、あの・・・」と声をかける。
「何でしょうか?」視線を小森の方に向けるも手は復習用のノートに向かって動かしている。いや器用すぎだろ。
「えっと、その、ぼ、僕と友達になってください!」と緊張から大声で発してしまう。
「なりません」冷は無表情のまま即答する。
「あの、僕に何か悪いところがあるなら頑張って直しますから、その・・・!」小森は顔を真っ赤にしてそう言う。
「そう言う問題ではありません。まだあなたの事はよく知りません。ですからどんな性格でどのような考え方をするのか、あなたの悪いところなど、ぼくは全く知りません」表情を変えず淡々と言う。
「じゃあ何で・・・!?」緊張と焦りで語尾のトーンが上がる。
「あなたはぼくの自己紹介での発言をちゃんと聴いていましたか?ぼくは誰とも友達になる気はありません」小森と対照的に落ち着いたトーンでそう言う。
「・・・すみませんでした」と悲しそうな顔で自分の席に戻っていく。
そのすぐ後にチャイムが鳴り次の授業が始まる。
俺はその授業も真剣に受ける。今受けている教科が好きな社会だから真剣にという訳ではなく、どの教科も真剣に受けている。
授業内容は相変わらずレベルが高い。教えるのも上手いがどんどんページが進み、1回の授業でかなりの内容を覚えて行かないといけない。
俺は得意な教科なのでそこそこ理解度は高く今の時点ではまだ少し余裕があるが、授業が始まってすぐのこの時点ですでにこれなので振るい落とされないように努力する。油断したらすぐに振るい落とされる。
2時限目も終わり、休み時間に俺は冷の所に行って「小森、冷と友達になろうとして撃沈していたな。何が嫌だったんだ?」と訊く。
冷は無表情だがほんの少し困ったような顔をしたようにも見える表情で「何度も言っているようにぼくは誰とも友達になる気はありません。それが1番の理由ですが、仮に友達になる気になったとしてもぼくには友達を作る資格が無いんです」と言う。
「友達を作る資格が無い?どういう事だ?」冷から初めてそんな言葉が出て俺は疑問をぶつける。
「友達はお互いを信用、信頼できて初めて友達と呼べる関係になります。ですが、ぼくは人を信用する事ができないんです。ですから人を信用できないぼくに友達を作る資格はありませんし、誰とも友達にはなれません」
冷はなにかの記憶を掘り返して今の事を発言しているように見えた。
やっぱり連絡のつかなかった3年間に何かがあったのだと思う。だけど、不謹慎かもしれないが、自分は友達を作る資格が無いとそれを俺に打ち明けてくれた事は少し嬉しい。
「何があったのかは分からないし、その事はスゲー心配だけど、そいうところはあの頃と変わらず真面目なまんまなんだな。そこは少し安心した」冷に向かって微笑と苦笑の混じったような笑顔を見せる。
変わってしまったと思っていた冷が昔と変わっていないところがあり、少しだけ安心した気持ちと、相変わらず何があったのかが分からない心配な気持ち、そしてその心配な気持ちを自分で無理にごまかして冷に向けて作った笑顔はどこかぎこちなく、それでいて素直な気持ちからの笑顔でもあった。