力は知から
「おいおい、なんだよ。全然歯応えないじゃん」
「……うるさい」
マムスのメスを振り回す攻撃を、必死でナイフを使って受け止めるネク。以前にも書いた通り、ネクは決して戦闘要因というわけではない。だからこそ、現在肉弾戦において、マムスに対して有利を取ることは難しかった。
「――くっ」
「逃げても無駄だよ」
このままだとジリ貧だと思い、大きく後退するネク。しかし、そんな彼女に対して、マムスは、手に持つメスを二本投げる。
凄まじい速さで飛んでくるメス。ネクは咄嗟に反応して一本弾いたが、残り一本弾き切ることができず、彼女の膝に刺さる。
「――っつ」
マムシの獣人である彼のことだから、何か毒が塗ってあるかもしれない。ネクは、慌ててそのメスを抜き出し、自身の呼吸を整える。
「へーやっぱり、少し刺さるだけじゃ効かないんだね。今のメスにも君の毒に勝るくらいのまあまあの毒を塗ってあったんだけど。それも鎖烈獣術が関係してるの?」
「……知ってるの? この流派を」
「そりゃ知ってるさ。僕は好奇心は人一倍あるからね。サンやシェドが使うような流派についても調べさせてもらった。鎖烈獣術、陽天流、あと蹄鉄拳だったか? 僕たちが持つ獣の力。それをこの三つの流派だけが、コントロールする術を持っていた。だからこそ、あんたたちの流派が興味深いんだ。早く研究したい」
そう言って再び地面を蹴り、メス一本でネクに切りかかるマムス。ネクはナイフを片手に凄まじいスピードで迫る攻撃を受け止める。すると武器越しに、マムスはネクに向かって語りかける。
「あと一つ君に尋ねてもいい?」
「……なに?」
「君たち鎖烈獣術使いは、その獣の力を纏い、剣や鋼のように性質を変えられると聞いた。手刀は剣に、体は鎧に、突きを繰り出せば槍となり、さらに投石機のように質量の塊を打ち出せるってね。もちろんこれはかつて鎖烈獣術の使い手を目撃したことのある者が語る噂に過ぎないんだけど、どこまで本当なの?」
「……そんなこと私が答えて何になるの? 随分と研究熱心なんだね」
「当たり前じゃないか。僕たちは知識があるから強くなれる。力は知から。これが僕の座右の名なんだ」
「……そんな言葉、初めて聞いた」
「そうだろうね。僕が作った言葉だから」
マムスは自身の腕にさらに力を入れる。そしてそのまま、ネクの体を弾き飛ばすように腕を振り切った。あまりの力に、ネクは、後ろの壁に勢いよく激突する。衝撃で試験官がいくつか割れる。
「……くっ……はっ」
壁をつたいながらずるずると倒れていくネク。そんなネクのことを、どこか冷たいジメジメとした目でマムスは見つめる。
「まあでも教えてくれないなら仕方ない。捕えた後に、あんたたちの体のつくりを見ればいいや。正直さ、あんたらのこと別に生かしたいとは思ってないし。じゃあ、そろそろ殺すよ」
――やばい。このままじゃ死んじゃう。どうする?
ネクは、フルに頭を回転させてこの場を乗り切る策を考えようとする。その間にも、マムスはジメジメとした足取りで、ネクとの距離を詰めてきた。その時、ネクの頭に苦肉の策がよぎり、彼女はマムスに対して言葉を発する。
「……あなたは強いんだね。びっくりした」
「なに? 何を言いたいの?」
「……いや、南の峠にいたゲッコウって人。すごく弱かったからさ。ハクダ団とか言ってた人ってみんな弱いと思ってたから」
「……あ?」
根来の言葉が終わると、その音を一音だけ発し、マムスはネクの足元に近づいた。そして彼は思い切り、彼女の太ももに自身のメスを突き刺す。
――ザク。
「――いっつゥ」
ネクは思わず、細い悲鳴をあげる。マムスは、死んだような目をネクに向けながら、メスをぐりぐりと回し、ネクに向かって語りかける。
「気持ち悪い女だなぁ。ゲッコウのことを話に出すなよ。別にあんな強さだけのバカいつか死ぬと思ってたけどさぁ。だから、悲しくなんかないけど。俺以外のやつが、あいつのことを悪く言うのは、許せない」
――グリグリグリグリ。
「ああぁぁぁうぅぅぅ」
ネクは悲鳴を上げながらも、自分の手を動かし、マムスの腕をガシッと掴む。そんな彼女を気にせず、メスを深く深く彼女に刺すマムス。
そんなマムスに対し、ネクは呟くように言葉を発する。
「――ごめんね。あなたの大切な人を悪く言うような真似をして。でもこれでやっとあなたに触れた」
「触れた……何言って……はっ!」
マムスは、ネクの手を振り解き、慌てて距離を取ろうとした。しかし、彼は激しい頭痛からその場に倒れ、口から血を吐き出す。
「やっぱり忘れてたんだ。ヤマカガシの特徴。あなたとかの普通の蛇の獣人は牙からしか毒が出ない。でも私のベースのヤマカガシは特殊でね。牙以外の頚椎から毒が滲み出るんだ。だからそのヘビが獣人になるとね、体表のほとんどからその毒が出るようになるの」
ネクはゆっくりと立ち上がり、マムスの方へ歩きながら言葉を続ける。
「と言ってもヤマカガシの頚椎から出る毒は牙から出るものより弱いんだけどね。でも獣人になると、牙からの毒も体表から出ちゃうようになるの。だからこの毒は、マムシやハブを超えるヤマカガシの出血毒。小さい頃はこれで本当に苦労したんだ。後、用意周到のあなたのことだから、この中にシェドの解毒剤もあるよね」
ネクは、倒れているマムスから腰のポーチを盗み取る。そして、毒ガスの影響で倒れて気を失っているシェドの元へ駆けつける。
――ごめんね。シェド遅くなった。
ネクはそう言ってマムスからひったくったポーチを開けた。
この研究室は、私たちが落とされてきたため、上空に空洞がある。つまりわざわざこの穴を塞がずに毒ガスを放ったと言うことは、シェドが吸ったガスを長時間密閉状態で吸えば、マムスも危なかったと言うことだ。とするとなんの毒かはわからないがこの毒の血清を身につけていないはずがない。
しかし、ネクはそのポーチを開けて、目を丸くした。
――ジャラジャラジャラ
そこには、色のついたラベルで分けられたいくつもの血清が存在していた。
「これだから頭の悪いやつは本当に気の毒だと思うよ。この僕が敵に奪われたことを想像してないわけがないだろ」
頭を抑えながらマムスが膝歩きでネクの元に歩み寄ってくる。ネクは、汗をダラダラと流し、息を切らせながら、マムスの方を見つめる。
マムスはそんなネクを見ながら、言葉を続ける。
「ああ、でも今の状況がどれくらいやばいかはわかるんだ。血清には副反応があるから当てずっぽうで患者に適用し続けることはできない。そして君なら彼のことをちゃんと診たら、なんの毒かわかるかもだけどそれもできない。僕が邪魔をするからね。つまり、君の連れは相当やばい状況にある」
そしてマムスは、自分の手前に転がっていた血清を手に取った。そしてそれをネクに向かって見せて、彼は言う。
「ちなみにさぁ。特別にこの血清の種類だけ教えてあげるよ。このラベルの色はね。ヤマカガシの血清なんだ」
そして彼は、それを自分に突き刺すと、ゆっくりと立ち上がった。そして転がっていたメスを拾い上げ、それをペロリと舐める。
「さあ、ヤマカガシさん。待たせたね。第二ラウンドを始めようか」




