俺はあんたたちを、ちょっと裏切るよ
日もそこそこ天上に上りきったころ。シェドとネクは、出発の準備を済ませて、ハクダを後にしようとしていた。
なんとなくネクは、誰かが来る気がして、入り口をぼーっと眺める。そんな彼女を見て、シェドは、つぶやくように口を開いた。
「あいつならもう来ないと思うぞ。昨日、相当痛みつけたからな。そうそうついてこようとは思わないだろう」
「……わかってる」
そんなことはシェドに言われなくてもわかってはいた。サンはもうここには戻っては来ない。ただネクはサンの純粋さをとても好ましく思っていた。それだけに、こんな別れ方で彼と訣別しなければならないのは、彼女にとって、少し悲しかった。
そんなことを頭の中で考えながら、ネクはシェドに対して呟く。
「……ねぇ、シェド。昨日はどうしてサンにあそこまで言ったの?」
「あそこまでっていうのは、なんのことだよ?」
「……お前が嫌いだって言ったこと。シェドが誰かを嫌いだって言ったの、あれが初めてだよ。シェドは、大抵の人に対してそもそも無関心だし」
するとシェドは、唐突に一瞬だけ荷物をまとめる手を止めた。しかし、即座にそのまま準備を再開しながら、ネクの言葉に応える。
「別に気持ちそのままの意味だよ。正直、正義感の強い奴は苦手なんだ。それにもうあそこまではっきり言った方が、あいつもこの戦争に関わろうとは思わないだろ」
「……そっか」
そのまま無言で準備を再開する2人。何も言葉もないままテキパキと作業を進める中、ネクは、やはりどうしてもシェドに尋ねたいことがあり、再び言葉を紡ぐ。
「……ねぇ、シェド。あなたはさ。本当に、サンのことが嫌いだったの?」
「なんだよ、それ。どういう意味だ?」
「……いや、もしかしたらさ。そのシェドの嫌悪の感情のモヤモヤってさ、憧れなんじゃないのかなって――」
――ガラガラガラ。
ネクの言葉を遮って、部屋のドアが開いた。急に開く扉に反応し、ネクとシェドはそちらの方を向き直る。
すると、そこには、見間違うはずもないあの少年、サンがいた。
「ごめん。遅れた」
サンは、シェドとネクに対して、はっきりとした声で、そう言った。
シェドは、なぜ彼がきたのか見当もつかず、思わず彼に問いをぶつける。
「お前、何しにきた? お前の役目はもう終わっているって、ネクを通して伝えた筈だぞ」
「わかってるよ。だからもうシェド隊は抜ける。でもさ、抜けても、今回の仕事はやりきりたいんだ。情報収集だけはやっていく。別にいいだろ? そのくらい」
――なんだ? 何を考えている?
シェドの頭は混乱した。隊は抜ける。でも仕事はやり切る。今サンが自分に対して伝えたこの二つは、正直矛盾しているとしか思えない。
しかし彼は、平然とした顔で、さも当たり前のように、そう言って自分の前に現れた。一体何が狙いなのか。
突然のサンの提案に、シェドは驚きよりも疑念の方が強かった。しかし、彼自身、サンに対して騙したことに、なんの罪悪感も覚えていないかといえば嘘になる。そんな気持ちから彼は言った。
「わかった。それでお前の気がすむなら最後までやりきれ。まあ収集したところでお前がその情報を何に使うのかわからんがな」
「ありがと! シェド! 俺お前に斬りかかったのに、優しいんだな。ていうことだから、よろしく、ネク」
「……うん。よろしく、サン」
斬りかかったのに、優しいか。相変わらず恐ろしいほど純粋なやつだ。シェドは、サンに疑いを強めたが、そんな彼の目にネクの表情が見えた。
サンがついてくると聞いて、ほんの少しだけ笑みを見せるネク。まあ、彼が何を企んでいるかは知らないが、あのまま終わるよりもこの方がネクにとって気持ちが楽ではあるだろう。
こうして、シェド、ネク、サンの3人は、3人揃った形でレプタリアの拠点に出向くことになった。
ちなみにレプタリアは、王がサンと邂逅したことにより、彼らが来るということはなんとなく予想がついている。そして、それは、サンにもわかっていた。
しかし、サンは、結局それをシェドたちに伝えなかったのだった。
レプタリアの城は、カニバルの城と比べて、ひと回り小さな作りになっていた。
息をひそめ、木陰に隠れながら、サンはシェドに問う。
「なあシェド。情報収集なら中に入るんだろ? どうやってあの城の中に行くんだ?」
「ああ、まだ話していなかったな。この城には、荷物を運送するための別の入り口があるんだ。それでそこは12時あたりに大体警備が手薄になるから、そこから入る」
「なるほど。この時間に間に合わせるため、あんな早く出たのか」
「ああ、そういうことだ。じゃあ行くか」
シェドの言う通り少し回ると、先程の城の玄関よりも幾分か大きい入り口があった。ここから早速潜入していくのかと思った矢先、ネクがあることに気づく。
「……ねぇ、シェド。おかしいよ」
「確かに、そうだな」
「え? 何が?」
サンは訳もわからず2人に問いかける。そんな彼に、ネクは応える。
「……いや、本来なら誰かしらの警備はいる筈なんだけど、今回は誰もいない。今まで私が潜入した時は、そんなことなかった気がするんだけど」
「確かになぁ。これはどこか変だ」
訝しげな目で、その場で考えるような仕草をするシェド。しかし彼ら2人は、その疑いを晴らす術を持たなかった。なぜなら彼らには決定的にある情報が足りていないのだ。
「……わからない。けどとりあえず入ってみようか」
「まあ、そうだな。だが、いつもよりは警戒レベルを上げていこう。やばいと感じたらすぐ戻るぞ」
こうして、シェドとネクは、ゆっくりと城中に歩みを進めていった。
その時、サンは1人足を止め、2人のことを前に行かせた。なぜかと言えば彼だけはわかっていたからだ。自分達の潜入が敵に読まれているかもしれないことに。
シェドは、サンが不意に歩みを止めたことに気づいた。しかし、その時にはもう遅かった。シェドとネクの立っていた床が突如喪失したのだ。
「は?」
そのまま真っ逆さまに落ちていくネクとシェド。何か罠はあると思ったが、落とし穴だったか。その2人の様子を呆然と眺めるサン。
それほど時間のたたないうちにドスンと2人が落ちる音がした。どうやらそれほど高さはなかったらしい。サンは穴に駆け寄り、シェドとネクに声をかける。
「おーい。大丈夫―?」
すると、穴の奥からシェドの声が響く。
「こっちは大丈夫だー。なんか部屋のようなところに落ちたー。とりあえずネクと脱出を試みることにする」
「わかったー。俺も2人を助けられる方法探してみるよー」
もちろんサンは、ことが済むまでは2人のことを助けるつもりはない。だが、偶然こうなったことを装うように、サンはシェドに向かって、そう言った。その言葉にシェドはこう返す。
「わかったー。頼むー。あとサン。お前に聞きたいことがあるんだが」
「なにー」
「お前? 俺たちに何か隠してなかったか?」
しかし、シェドはしっかりと勘付いていた。あの時サンが何かを警戒して足を止めていたことに。やっぱり自分なんかが、シェドに隠し事してもすぐに気付かれるんだな。サンはそんなことを思う。そして彼は、そのままとぼけることができるにも関わらず、正直に、真っ直ぐに、言葉を発する。
「うん、ごめん。シェド。確かに俺はあんたたちを、ちょっと裏切るよ。でも絶対死なないで」
「は?」
サンに言葉を聞き返すシェド。しかし、サンはそれ以上返事を返さない。そして彼は穴の横を飛び越えて、レプタリアの城の中へ急いで行った。




