それなら足を一本もらおう
「まあお前は悪くねぇよ。じゃあ、次は俺の番だな。唸れ、烈刃」
サンに向かって力一杯に剣を振るうアリゲイト。サンは、技が通じないという動揺から、敵の攻撃への反応が遅れてしまう。
烈刃の歪な棘が、サンの脇腹に突き刺さり、彼の体を抉っていく。
――グチグチグチィィィィ。
ノコギリの棘は、サンの皮膚を裂き、肉を抉り、彼の内蔵さえも引っ掻き回す。勢いよく脇腹から血を流しながら、サンは腹を抑え、膝をつく。
――いってぇ!! 何だよ! これ!
切れ味のいい刃物を使うやつより、切れ味の悪い刃物を使うやつの方がずっとタチが悪い。サンはファルから昔こんな言葉を聞いたことがあったが、その意味が今よくわかった
サンは思わず切られた自分の脇腹を見る。あまりに歪でぐちゃぐちゃになった切り傷。もし彼が、切れ味のいい刃物で自分を斬っていたなら決してこうはなっていなかっただろう。
だがここで殺されるわけにはいかない。ここで死んだら、自分の抱えているモヤモヤの正体がわからないままだ。サンは自身の傷をどうにか再生し、なんとか立ち上がる。
アリゲイトはそんなサンを、ぼーっと眺めながら言葉を発する。
「ほーっ。烈刃の斬撃を受けて立ち上がるのか。精神力はあるみたいだな。だが、南の峠の奴らが言っていたような、殺しても死なないような圧は感じないぞ。確かにたいした再生能力だが、ゲッコウにはずっと劣ると思うがな」
「人と人を比べるなよ。それにあいつの名前を出すな。あいつのせいでジャカルは、死にかける羽目になったんだぞ」
「あー確かにそんな話もあったなぁ。とすると、なるほど、そういうことか」
「なんだよ。何勝手に納得してるんだ!?」
「いや、こんなやつがうちの軍を手玉にとったことが不思議でならなくてなぁ。でも今わかった。つまりお前は、怒る理由があったからこそ、強くなれたわけだ」
「それの何が悪い?」
「悪いだろ。それは言い換えれば、お前は、理由を与えられなければ弱いままだと言うことだ」
――ガキィィィン。
その言葉が終わるや否や、アリゲイトは、サンに向かって切りかかる。サンは、再生途中の腹の痛みを堪えながらも、なんとかアリゲイトの斬撃を受け止める。しかし、アリゲイトは、必死で攻撃を受け止めるサンに対し、次々と剣を振るっていく。
そして彼は、その最中、サンに対して言葉を続ける。
「たとえば今だってそうだろう? 今お前は俺に憤る理由がない。俺がお前の目の前で誰も傷つけていないし、お前の後ろにだってお前が守りたいものなんてありはしない。お前は、俺と戦う理由を見つけられていない。そしてだからこそお前は、俺に敗北する」
――ブチブチブチィ
「アッッガァァァァ」
結局防御が間に合わず、思わず悲鳴をあげるほどの痛みが、彼の肩を切り裂く。
肩を抑えて一度退くサン。しかし、彼は足になんとか力を入れ、倒れないよう踏ん張る。
「……まだだ。まだ、こんなところで終われない」
アリゲイトは、そんなサンを冷たい目で見つめる。そしてゆっくりと言葉を発する。
「あーそうだったか。お前はこれくらいの痛みなら立てるんだよな。そうだなぁ。それなら足を一本もらおう。落とせ、斬刃」
「――なにを?」
力強く地面を蹴り、再び一瞬で間合いを詰めてくるアリゲイト。サンはほぼ反射的に目の前に自身の刀を構えるが、もちろん体の激痛に耐えている彼の防御などアリゲイトに取って取るに足らない。アリゲイトは、一撃目でサンの刀を大きく弾き、そして、二撃目で彼の右足の膝から下を切断した。
――ズシャァァァァァ。
あまりにも鋭い切れ味に斬られた本人さえ、何が起こったのか分からなかった。しかし、ゆっくりと右に倒れながら、尻餅をつかされたとき、膝から下がなくなった右足が彼の目に入る。
「うわぁぁぁぁぁぁ!」
もちろんサンは再生能力を持っているため、しばらくすればこの傷は治る。しかし、脚がなくなるという経験を始めてしたサンにとってはその光景はあまりにも衝撃が大きいものだった。そんなサンを見下ろしながら、アリゲイトは言葉を発する。
「なんだ? 脚がなくなるのは初めてだったか? まあうちのゲッコウならその程度の傷すぐ再生して立ち上がるんだろうが、今のお前には無理だろうな」
動揺し、アリゲイトの言葉もうまく入ってこないサン。そんな彼に対してアリゲイトは続ける。
「まあ、安心しろ。ここで殺すつもりはない。サンショウオのショウ。イグアナのガナ、コブラのコブ。3人の部隊長がお前にやられたのにも関わらず、生きたままレプタリアの地に戻ってきた。だから、その借りとして今回はお前を見逃してやる」
言葉が終わると共に、自身の剣をしまうアリゲイト。そして彼は、倒れているサンを見据え、言葉を続ける。
「まあ次に戦うまでに、せいぜい自分の理由を見つけてくるんだな。いいか、若造。覚えておけ。信念がないやつが戦場に立っても、目障りなんだよ」
そしてアリゲイトは去っていった。サンが追いつき、背中を襲うことを少しも考慮しないかのように、ゆっくりとのんびりと彼は歩いて去っていったのだった。
サンは建物の壁に寄りかかり、自分の脚が再生する様子をぼんやりと眺めていた。
『信念がないやつが戦場に立っても目障りなんだよ』
アリゲイトの言葉が頭の中で何度も何度も繰り返される。
敵わなかった。彼の体に傷一つ自分はつけられなかった。サンは、自身の弱さを実感する。
やはり、逃げてはいけなかった。
ネクの言葉を受けてから、この戦いの中でサンは、真実を見つけていけばいいと思った。そして新たなる知見を得て、もっともっとシェドのような強さを手に入れられたらいいと思った。
でも、それではダメなのだ。
きっとみんなそれぞれの守りたいもののために戦っている。信念を固め、武器を握りしめ、命をかけて戦っている。だからこそ、自分の信念を固めながら戦っても歯が立つような世界ではない。
――真実を知らなきゃならない。
サンは、轟々と燃える炎を眺めながら、そう思った。そして、きっと心のどこかで避けていたのかもしれない、そんなこの戦争の真実に、サンは、向き合うことを覚悟したのだった。




