やっぱりお前、今すぐ死ねよ
――現在――
真っ暗で先も見えない道を、サンはただ歩き進む。一体どれ程敵を倒したか、サンには全く検討もつかない。ただ、連戦を重ね、疲労が蓄積した体を引きずりながら、彼は真っ直ぐに本能だけで本陣へと向かっていた。
ちなみに実際このときサンが倒したレプタリア軍の数は全体の3分の1程度。本来ならばサンは、本隊長であるゲッコウと戦うために、あと2度ほど同じ働きを見せなければならない。しかし彼の体力は傷こそゼロであってもすでにボロボロで、どれ程頑張ってもそれほど多くの兵を相手取るのは不可能だった。それほどまでに、本陣への単独突撃は、無謀な行為だったのだ。
しかし、サンの目の前に、細長い槍を携えて彼は現れた。ゆっくりと歩を進め、サンへと距離を詰める彼。本来ならば、まだ前線になど出てくるはずはない。しかし彼は、これ以上部下が一人の兵にやられ続けるのを黙ってみていられる男じゃなかった。
サンは、眼前の彼の存在に気づく。そして、全身から再び、激しい憎悪が体の底から湧き上がってくる。彼は、そんなサンをみて、軽薄に言う。
「よう、俺様がお前に指名された最強だ。ずいぶんと好き勝手やってくれたじゃねぇか」
サンの怒りが、弾ける。
「ゲッコォォォォォォ!!!」
先手必勝。思い切り地面を蹴ったサンは、一気にゲッコウとの間合いを詰める。そして彼は、突きの構えを取る。
「陽天流一照型、木洩れ日!!」
身を翻し、サンの攻撃をかわすゲッコウ。そして、彼の背へと槍を振りかざす。
「速いな! けれどそれだけじゃ俺様には勝てないぜ!」
凄まじい勢いで飛んでくる槍の打撃。サンは、それを姿勢を低くしてかわし、ゲッコウに斬りかかる。ゲッコウは即座に構えを戻し、サンの攻撃を槍の持ち手で受け止める。
――ガキィィン。
けたたましく響き渡る、武器と武器の衝突音。それはすでに始まっている彼らの戦いのゴング。その音を合図に、サンとゲッコウは、激しく斬り合う。
共に削りあい再生し合いながらも、武器を振るい続ける両者。そこからサンは、あえて一歩踏み出し、敵の攻撃を誘う。自らの疑問を晴らすために。
――ズシャァァァァァ。
ゲッコウの攻撃がサンの胸を切り裂く。しかし、それはあくまでもサンの作戦。サンはその勢いをフルに活用し、大きく旋回して、ゲッコウの右腕を狙う。
「陽天流三照型、日輪!!」
――ゴキゴキゴキ。
自らの再生能力を活かした捨て身の攻撃。それはゲッコウが滅多に取らない戦術であるために、意表をつかれ、もろにサンの刀を受けるゲッコウ。彼の右腕の骨が、鈍く折れる音を響かせる。
サンは一度大きく後退し、自身が再生できる隙を作る。彼の胸を覆い尽くす紅蓮の炎。サンはその熱を感じながらさっきの攻撃の手応えを思い出す。
――本当に骨があるんだな。
サンは、ゲッコウがヤモリの獣人であるとネクやシェドから聞いていた。しかし、それならば一つ彼の再生能力に対して矛盾が残る。自ら尻尾を切って敵から逃げることで知られるヤモリ。しかし、かの動物の尻尾は本来ならば骨格までは再生しない。だから、彼らは一度尻尾を切ってしまったら、そこからその部分の骨は無くなってしまうのだ。
しかし、眼前のヤモリの獣人は骨格の再生を可能にしている。
不思議に思うサンを尻目に、ゲッコウもまた、ヤモリと同じように自分の腕を何も使わずに自切した。そしてその腕の付け根からまたニョキニョキと一瞬にして、新たなる腕が生えてくる。
じっとそれを見つめるサン。ゲッコウは、そんな彼の視線に気づき、言葉を発する。
「随分不思議そうな顔をしているな。まあ冥土の土産に俺の体の構成を教えてやるよ。俺は、レプタリアの軍隊実験の一環でイモリとヤモリから倒れない兵士を作るために生まれた子どもだ。そして俺はその実験の成功作でね。自切が可能なヤモリがベースでありながらイモリの超再生能力も使える。まあつまりたまにいるハーフビーストってやつだ」
ハーフビースト、ファルの部屋でサンは確かそれについての書物を読んだことがある。確か生まれながらにして両親の二つの獣の因子をコントロールできる獣人のことだ。本来ならば、体内に二つの獣の因子が混在するため、安定した姿を保つのがやっとのはずなのだが、きっと眼前の彼は自分が想像もつかないような努力をしてきたのだろうか。
そんなことを考えているサンに次はゲッコウから攻撃が仕掛けられる。振りかざされるゲッコウの槍。サンはそれを自身の刀で受け止める。
「さて、俺も教えてやったんだから、お前も教えろよ。俺と同じレベルの再生能力を持ってさらには、炎を操れるなんて、どんな獣なんだ?」
「教えないさ! 一生そこで考えてろよ! 俺がお前と話したいことなんて何もねぇ!!」
「おいおいつれねぇなぁ、せっかくこのレベルの再生能力に会えたっていうのに。まあいいや。じゃあこれだけでも教えてくれよ。お前は自分の再生能力は好きか?」
そこで互いに武器を弾き合い、一度距離を取る両者。その最中、サンはゲッコウへ質問の意味を問い直す。
「どういう意味だ?」
「何ってそのままの意味だろ? 俺は自分の再生能力が嫌いなんだ。他人が熱意、誇り、信念を込めてつけた傷。それをまるで最初からなかったかのように扱って修復しちまうこの体が嫌いだ。だから、同じような力を持つお前はどうなのか気になったのさ」
――信念をなかったことにするのが嫌だ?
ゲッコウの言葉を聞いて、再び胸の奥から苛烈な怒りが込み上げてくるサン。なんだよそれ。だったら、最初からこんな戦いしなければよかっただろうが。
「は? 意味わかんねえよ」
ゲッコウは、サンの雰囲気の変化を感じ取る。そして冷静に彼に問う。
「どうした、なぜ憤る?」
「だって誰かの信念を踏みにじるのが嫌なら、最初からこんな戦争しなければよかっただろ? レプタリアが始めた戦争でどれほどの人が傷ついたと思ってる。お前らが私利私欲のために動いたこの戦争で、どれほどの人が幸せに生きる権利を奪われたと思ってる! 俺は、好きだよ、この自分の再生能力が。だって、お前らみたいなやつから、何度だって立ち上がって、俺の守りたいものを守れるから」
「……私利私欲? なんだそれ? どういうことだ?」
ゲッコウが、刺すような目をサンに向け、静かに彼にそう尋ねた。その瞬間、周りの温度が数度下がり、サンは自身の怒りの炎が収縮したような感覚を覚える。いや、自分の怒りが収まったはずはない。とすると、相対的にゲッコウの怒りが拡大したのか。
触れたら容易く切れてしまうナイフのようなオーラをまとうゲッコウ。しかし、そんな彼に負けないようサンは、自らの声を張り上げる。
「どういうことって、シェドたちから聞いたぞ! 元はお前らが南の峠に侵攻したからこの戦争が始まったんだろうが! だからお前たちが戦いを始めなければ、戦争なんて起こらなかったんじゃないのかよ!」
すると、サンの背筋に凍てつくような恐怖が走った。ゲッコウはただ死んだような目で、サンの方を見つめていた。そして彼はしばらく考えるような間を空けた後、何かに堪え切れぬように唐突に息を漏らす。
「くはっ、ははははははは!!」
ゲッコウは、笑っていた。しかし、手で顔を抑えているため、彼が本当に笑っているのかはわからない。乾き切った冷たい空気に彼の笑い声が響き渡る。そな異様な状況に、サンは自らの身を守るように、刀を強く握りしめる。
ゲッコウはひとしきり笑った後、自ら言葉を発し始めた。
「はははは、そうかそうか。何でカニバル国民でもない奴がカニバル軍にいるのかと思ったが、そういうことか。たしかに先に南の峠を襲撃したのは俺たちだが、なるほどなぁ。……もっと話してから殺すかと思ったが、気が変わった。やっぱりお前、今すぐ死ねよ」




