戯言
全部史佳の戯れ言です。
事実はアホな浮気だけ。
「...ただいま」
正月休みを利用して元日の朝、実家へ帰って来た。
家に誰も居ない。
事前に一応帰ると連絡はしたが、時間を言わなかったので、こうして朝一番に帰って来るとは思わなかったのだろう。
おそらく両親は近くに住む兄家族と一緒にお節を楽しんでいる。
その場に私が参加する事は出来ない。
兄の家族が不快な気持ちになる。
リビングを抜け、自分の部屋に向かう私の目に、年賀状の束が二つに分けられテーブルに置かれているのが見えた。
一つは私宛の年賀状、私が今住むマンションの住所は殆どの人に教えてないから、実家に送られて来る。
尤も、あんな事をしでかした私は殆どの友人から縁を切られ、来る年賀状など僅かしか無いが。
「ん?」
もう一つの年賀状の山に目が留まる。
一番上にされた年賀状、写真の周りにあしらわれた手書きの可愛い花のイラスト。
写真には一組の幸せそうな家族が笑顔で写っていた。
「まさか?」
思わず年賀状を抜き取る。
宛先は母の名前。
差出人は川井康史...懐かしい幼馴染みの名前が。
川井康史、紗央莉、名緒美、それは幼馴染みと親友、そして子供の名前だった。
「史佳、帰ってたの?」
「...お母さん?」
外出していた筈のお母さんがどうして?
「お年玉を忘れてね、取りに戻ったの」
「...そっか」
お母さんは戸棚からポチ袋を取り出し鞄に入れる。
そこには、甥と姪の名前が書かれていた。
「これを渡しといて」
「...分かった」
鞄から持参していた二つのポチ袋を手渡す。
直接渡せたら良いんだけど、そんな勇気が出ない。
以前突き返されたのだ。
『お前の金なんか要らないと...』
「年賀状、史佳の分は別にしたから」
「うん」
私が年賀状を見ていた事にお母さんが気づく。
平静を装いながら、康史からの年賀状を元に戻した。
母の表情が曇る、その一枚を私が見てしまったのを分かった様だ。
「...康史君、紗央莉ちゃんと結婚してね、子供が二歳なの」
「...うん」
お母さんは寂しそうに話す。
康史と私は家族はぐるみの付き合いだったから、未だに連絡を取り合っているのは知っていた。
一歳違いの兄と康史は、小学生の頃から同じ水泳クラブで先輩後輩だったから尚更だ。
「いつ帰るの?」
「明日には帰るよ、今日だけ泊まらせて」
「分かった...ごめんね史佳」
そんな顔しなくても大丈夫だよ。
お父さんだって私を追い出したりしないだろう。
今回帰省したのも兄からの連絡で来たんだし。
高校を変わり、地元を追われ7年。
私が実家に帰ったのは今回が初めて。
「どこに行くの?」
「荷物の整理するから」
「そう...お母さん行ってくるから」
寂しそうな母の視線に見送られながら、二階にある自分の部屋に急ぐ。
今回帰って来たのは私の部屋に置いてある荷物を整理する為だ。
2年前結婚した兄夫婦は子供が大きくなる前に、この家で同居する事になったのだ。
私の部屋は取り壊し、兄夫婦の部屋に改装される。
兄の奥さんは私の両親と凄く仲が良い。
二人は高校時代からの付き合い、家の両親とも凄く仲が良いから、同居も大丈夫だろう。
「これは処分、これは...保留ね」
部屋に入り、段ボールに要る物と捨てる物に仕分ける。
ベッドや本棚等の家具は既に処分されていた。
服も殆ど残ってない、あとは音楽CDや小物ばかり。
その中に思い出の品もあった。
「...これって」
懐かしいピンクの小物入れに手が止まる。
小学5年から高校まで使っていたんだ、処分出来るだろうか?
「...中を見てからよね」
震える手で小物入れの蓋を開ける。
その中には小さな貝殻と数枚の紙、そして写真が入っていた。
「...若いな」
写真に写っていたのは中学時代の私と康史、そして紗央莉の姿。
制服を着て笑う三人。
撮影したのは誰だろう?
多分兄さんだ、あの頃写真に凝っていたから。
「これは...潮見海岸に行った時か」
貝殻から思い出される一つの記憶。
あれは小学校2年の時だ、私の家族と康史の家族で一緒に行ったんだ。
綺麗な貝殻を康史と必死で探したっけ。
「...あ」
指先から貝殻が崩れ落ちる。
20年近く経っているのだ、風化していて当然だ。
「...さて」
最後に残っていた封筒に手を伸ばす。
封筒はどこにでも売ってる事務用の白い物。
外には何も書かれておらず、誰からか想像もつかない。
緊張しながら、封筒の中に入っている三つ折の紙を開いた。
[史佳へ
放課後になったら学校の屋上に来てくれ。
康史]
「...この手紙って」
懐かしい康史の文字。
几帳面だった康史らしく、便箋でないのに、整えられ文字は水平に整われていた。
思い出した、これは中学二年生の時に康史から貰った手紙。
ポストに朝刊と一緒に入っていたっけ。
康史は直接家のポストに入れたのだ、毎日私が朝刊を取るのを知っていたから。
「...嬉しかったな」
あの時、私は康史に告白された。
薄々そんな気はしていたんだ。
真っ赤な顔の康史と私。
しばらくして康史が言った、
『好きな人が居る』って。
私は笑顔でOKした。
ようやく康史と恋人になれたんだ。
紗央莉も『なんで?』って笑ってくれたよね。
「...馬鹿だった」
それなのに、私は浮気した。
「なんであんな事を...」
康史とは違う高校に進んだけど、同じ時を過ごした。
デートも康史と同じ高校に進んだ紗央莉と一緒だったけど、たくさんしたし。
康史に不満が無かったと言えば嘘になる。
それはお互い様だ、長い付き合いだからマンネリは仕方なかった。
『ちょっといいかな?』
『なんですか?』
運命のあの日、ラブホテルを出た所で待ち構えていた警察官に身柄を押さえられた。
その日、私は康史の約束をすっぽかし、他の人とデートを楽しんでいたのだ。
相手は三歳年上の大学生、出会いはナンパだった
『お互い楽しもうぜ』
『ええ』
向こうも遊びと分かっていた。
モテる自分の優越感と康史に対する背徳感。
肌を合わすのに最初は抵抗があったが、繰り返す内に、頭がおかしくなっていた。
『ヤバい!!』
そう言い残し、相手の男はラブホテルから逃げる。
しかし、警察官から逃げ切れる訳もなく、忽ち取り押さえられた。
取り残された私は事態が飲み込めず、ただ立ち尽くしていた。
数時間後、パトカーで警察署に連れて行かれた私をお父さんとお母さんが迎えに来た。
『史佳...なんてバカな事を』
お父さんは私を見て項垂れる。
お母さんは私を睨みながら無言で涙を流していた。
その後、警察官から聞いた話は衝撃だった。
アイツは大学生では無かった。
無職のフリーター、偽造した学生証を使い、私の様な女をナンパしていたのだ。
『クスリ?』
『はい、検査を』
更に男が所持していた荷物の中から違法薬物が見つかり、私は検査を受けた。
幸いにも陰性だったが、地獄はまだここからだった。
『妊娠8週です』
『え?』
体調不良で両親に連れられて来た婦人科。
診察した医師が言った。
『...お前と言う奴は』
『バカ...』
両親は泣き崩れた。
ちゃんと避妊していた筈だったのに、康史とセックスをした事は無いので、誰の子供か明白だった。
『...ごめんなさい』
子供は中絶した。
激しい後悔、康史とはずっと会えない。
当然だ、どんな顔して会えば良いのか。
連絡は全てブロックされ、家から出られない。
母に見張られ、そのまま私は遠方に住む祖父母の家に行く事が決まった。
『最後に康史と』
出発の前夜、私は家を飛び出した。
一言謝りたかった。
母を突飛ばし、裸足で玄関から外に出た。
康史の家は私の家から歩いて数分、全力で駆けた。
『来ると思ったよ』
『兄さん...お願い、其処を退いて』
康史の家、玄関で待っていたのは兄さんだった。
『会わせる訳ないだろ』
『離して!!』
必死で抵抗する私を、兄さんは羽交い締めにする。
振りほどこうにも、身長190近い兄さんに敵う訳もなく、私は引き摺られて自宅に連れ戻された。
『康史!!お願い!!』
私の叫び声に康史の部屋の扉が開いた。
『...嘘、なんで紗央莉が?』
そこには康史ではなく、紗央莉が立っていた。
『消えろ』
そう言って紗央莉は窓を閉めた。
あの表情は一生忘れない。
「...ウップ」
込み上げる嘔吐感に、口を押さえる。
紗央莉が絶望する康史を支えたのは後で母さんから聞いた。
私がバカな事をしなければ、康史の隣に私が、そして結婚まで行ったかもしれなかったのに。
その後、祖父母の家から転入した高校に通い、卒業した私はそのまま地元企業に就職した。
就職を期に祖父母の家を出て、一人暮らしを始めた。
「...もう戻れない...か」
最後にクローゼットを開ける。
確か、高校の制服が...これは持って帰りたい。
「なんで?」
クローゼットに入っていた制服に貼られていた一枚の紙。
[戯れ言は良いから早く消えろ]
「畜生!!」
これは紗央莉の字だ!
アイツは全部予想していたんだ!!
絶望する私を、兄も、両親も!!
制服を全力で破る。
食い込む私の手。制服に血が滲む。
思い出の小箱を蹴り飛ばし、車に戻る。
こんな仕打ちを受けるなんて許せない!
怒りを胸に、自宅へと車を走せた。
二人目の旦那と父親違いの子供達が待つマンションに...
伊藤史佳。
地元を出た彼女は間もなく新しい彼氏を見つける。
反省の無い孫娘に、同居する祖父母は呆れ、やがて無視するようになる。
因みに康史から告白した事実は無い。
手紙は史佳に、紗央莉と付き合っているから、つきまとわないでくれと言うために書いた物。
康史と違う高校だったのは、史佳には偏差値が足りなかった。
康史は何度もつきまとわない様、史佳の両親に訴えた。
しかし史佳は両親の言う事に耳を貸さず、つきまといを止めなかった。
紗央莉は史佳の親友では無い。
彼氏につきまとう、ストーカー幼馴染みとしか思ってない。
史佳がバカと自爆して康史とようやく結ばれた。
現在の旦那は無職のヒモ。
子供は前の旦那との子供。
離婚原因は史佳の浮気。
正月に帰って来たのも、兄からの用事では無く、無理矢理理由をでっち上げた。
当然史佳の両親は歓迎してない。
現在は就職した会社を上司とのW不倫でクビになり、近所のスーパーにパートと、スナックに勤めている。
浪費癖もあり、不倫の慰謝料で貯蓄ゼロ。
甥と姪に渡したポチ袋、中身は500円玉一枚づつ。
で、また来襲予定。