僕が見つけた君
共同企画、テーマは『冬のハッピーエンド』。
妹の三香『冬の小鳥と呼ばれた君へ』
も同時に投稿しています。そちらも読んでいただけましたら嬉しいです。
前途多難なハッピーエンド。
ちょっと長いです。
ドカン。
八つ当たりはわかっている。
ドレスも髪型も力を入れた。
美しいといつも言われている。ダンスだってたくさんの貴公子に誘われる。
なのに、選ばれるのは格下の女の子達ばかり。
ブランディーヌはやるせなさで、心が荒みそうだった。
夜会の誰もいないバルコニーに涼みに出たブランティーヌは、暗闇の中の柱にうっぷんをぶつけていた。
大広間では音楽が演奏され紳士淑女がダンスに興じている。王太子のシルベストは、息抜きの為に夜のバルコニーに出て来たのだが、聞こえて来た足音で扉の陰に隠れたのだった。
バルコニーに来たのはエストバール公爵令嬢ブランディーヌ、全てにおいて完璧で高嶺の花と言われ、微笑む姿は女神とさえ称される。
シルベストの妃候補として、常にトップにある令嬢でもあるが、エストバール公爵にその気はなく話が出ることはなかった。
女性一人で暗闇のバルコニーなど危険ではないか、と思って様子を見ていたら、ブランディーヌが柱を蹴ったのだ。
最初は見間違いかと思ったが、バルコニーには他に誰もいないと思っているらしく二度三度と繰り返している。
なるほど、これが公爵が娘を王太子妃に勧めない理由だと分かる。
ブランディーヌは大きく深呼吸すると、ドレスの裾を払い、おかしなところはないかとチェックしているようだった。
「うー、寒い。もう冬なのね。
まーったく、他人の婚約の話ばかりで、私の心は寒いっての!心はいつも冬よ!
北風どころかブリザードが吹き荒れてるっての、はぁ。
結婚、結婚って親はうるさいっての。
こんなに努力しているのに、どうして私よりブスを選ぶのよ」
神経をバルコニーに集中しているシルベストの耳に、ブランディーヌの愚痴が聞えてくる。
「あの俺様な男にだって、笑いたくもないのに笑顔をして、頬が引きつりそう。
なのになに、私に気がある素振りだったのに子爵令嬢と婚約を決めましたって、バカにすんじゃないわよ。
公爵令嬢で、最高の教育を受けて、この美貌、何がいけないのよ」
チェックが終わると、何もなかったように室内に戻って行く姿に、シルベストは笑いがこみ上げてきた。
清廉の女王、男達が陰で呼ぶ名はブランディーヌの異名。
男性関係の噂もなく公爵家で大事に育てられた令嬢、数か国語に堪能で、家庭教師も舌を巻くと言う知性に基づく会話。美しく気高い花。
男にとって見るにはいいが、側にいるには気後れする花。
その女王が柱を蹴った。
あ、はは、は、と笑いを抑えても息が漏れる。
可愛いじゃないか。
シルベストが室内に戻って見渡せば、ブランディーヌはダンスを踊っていた。
こうやって見ると、愛想笑いを浮かべて虚勢を張っているようにしか見えない。
曲の終わりを見計らって、ブランディーヌに近づく。
「エストバール公爵令嬢、どうぞ次は僕と」
答えが返って来る前に、その手を取り一歩踏み出す。
その強引な姿に、一斉に会場がどよめく。王太子がダンスをすること自体が、最近は滅多にないからでもある。
「綺麗だね」
言われ慣れた言葉に、ブランディーヌも笑みを浮かべて答える。
「殿下に言われるなどと、恐れ多いです」
ダンスが上手い王太子にしては、簡単なステップしか踏まないと思いながら、ブランディーヌは綺麗に見える角度を計算しながらシルベストを見上げる。
「可愛いね」
シルベストの言葉に、当然よ、と心の中で高笑いをしていると続く言葉に息が止まりそうになる。
「笑顔で頬がひきつるんだろう?」
え? と思ったのは表さないようにしてブランディーヌはダンスに専念する。
「足は大丈夫か?ステップで調整しているが」
反対にシルベストは楽しそうに続ける。
「ほら、柱にぶつけたろう」
ぶつけたのではなく蹴ったのである。
コイツ分かって言っている、性格わるー!、と思ってもブランディーヌは、我慢、我慢と素知らぬふりをする。
見られていた? あそこには誰もいなかったはずだ。
シルベストは、こんなに楽しいのは久しぶりだし、笑顔を貼り付けているブランディーヌが可愛くって仕方ない。
曲が終わって離れようとするブランディーヌの手を掴むと、シルベストは足早にダンスの輪から離れる。
「殿下、困ります」
どこまでも、いい子ちゃんのふりをするブランディーヌ。
「僕達が出会った場所に行こう」
どこだ、それは!? とブランディーヌが思うのは当然だ。
ブランディーヌが声を荒げないようにしても、注目を浴びていた二人に周りは騒々しい。
とうとう王太子が気に入った女性が現れた。
エストバール公爵令嬢なら王太子妃に相応しい、と声が聞こえる。
やめて、離して、と掴まれた手を振りほどこうにも、深窓の令嬢のふりをしているブランディーヌは全力を出すわけにはいかない。
皆に見送られてバルコニーに出る。
さっきまで暗く人気のないバルコニーだったが、今は多くの観衆の視線を集めている。
「殿下、こんな所に困ります。人に何て言われるか」
泣き真似でもしようか、とブランディーヌが弱々しく言うと、シルベストの笑い声がする。
「ああ、悪い。笑ったのは、君があまりに可愛い事を言うから」
ブランディーヌは結婚をする男性を探しているが、王太子は結婚したくない男性の一人なのだ。
だから、好かれては困る人間である。
それでも八方美人のブランディーヌには、人目のあるここで王太子を強く否定するという選択肢はない。
なんとか穏便に拒否したい。
パサと王太子の上着がブランディーヌにかけられた。
「ここは冷える、冬だからな」
なんか、さっきから王太子の言葉がひっかかるが、それは無視するとしてブランディーヌは残念そうな表情を作る。
「ありがとうございます殿下。
でも、そろそろ屋敷に戻らないと父が心配しますから」
屋敷に戻ったら、しばらくは夜会に出ませんとも! 殿下さようなら。
「では、明日の朝には僕も公爵に挨拶に行こう」
殿下、言葉の意味がわかりません。このバルコニー、皆が聞き耳立てて注目しているんです、止めてください。
チラチラ視線が気になって、ブランディーヌは対応が遅れてしまった。
シルベストはブランディーヌの手をもったまま、片膝をついた。
「エストバール公爵令嬢、結婚してください」
ぎゃあ、これ言われたらいけないやつだ。
ブランディーヌは、身体の血が一瞬で凍ったように感じた。
聞こえていたらしく、室内では嬌声があがり、誰かが駆けて行く。王か女王に報告に行ったのだろう。
ニヤリ、とシルベストが笑うのが見えてしまうと、ブランディーヌも体裁を装ってなどいられない。
「お断りします」
強く言ったにもかかわらず、室内は騒ぎで聞こえていないようだし、シルベストは気にしていないようだ。
「僕は、この国一番の優良物件だと思うよ。王太子なのだから。
結婚相手を探しているんだろう?」
「最低物件でしょうが!
もれなく子離れできていない女王様が付いてくるのよ」
「ああ、僕もそれは困っていてね。
だから結婚を避けていたんだが、さっきここで母にも負けない令嬢をみつけてね」
さっきここで、という言葉にブランディーヌが真っ青になる。いったいどこまで見られていたんだ!?
「ともかく、私には無理です。
他を当たってください」
あんな怖い姑なんて無理よ。
逃げようとするのを分かっていたとばかりに、シルベストがブランディーヌを抱き上げた。
室内では歓声があがる。騒動で会話は聞こえないが状況が見られている。
まるで、ロマンチックに抱き上げられたように見えているのだ。
ブランディーヌを抱きかかえて、シルベストがバルコニーから室内に入り、皆の監視の中、大広間を横切り出て行く。
「帰すはずないだろう? こんな面白い子。しかも、王太子妃として申し分ない地位と教養。
多分、一生飽きないだろうし」
「多分ですって!?」
シルベストに煽られているのに、ブランディーヌは反論してしまった。
しまった、と顔をしたが後の祭りだ。
「ああ、可愛い。母ではなく、君の味方をするから大丈夫だよ」
廊下を向かうのは王家の私室。
ブランディーヌは暴れてシルベストから逃れようとするが、びくともしない。
パタン、扉が閉まる音で部屋の中を見れば、居間には扉がいくつかある。どう見ても権力者の部屋だ。たとえば王太子とか。
ブランディーヌは、自分の考えに頭を振る。
正解であってほしくない。
「楽しそうですね」
シルベストがブランディーヌを覗き込みながら、ソファに降ろしてくれる。
「殿下、本当に帰らないと・・」
「大丈夫ですよ。たくさんの人間が、僕がご令嬢にプロポーズして連れ去ったのを見てますから」
「それが、ダメなんじゃありませんか!」
ここまできたら、猫なんて被ってられない。
「僕が嫌いですか?」
「はい!」
正直すぎるブランディーヌの返事に、シルベストの笑みが深くなる。
「そうですね、いい考えがありますよ」
王太子のいい考えは、ブランディーヌにとって悪い事の気がしてならない。
「母が問題なら、孫を生け贄にしましょう。
きっと孫に夢中になって、僕の事は放置になりますよ」
どこに女王の孫がいるんですかー!?
「だから、孫を作りましょう」
シルベストの笑みは、これだったのだ。
「殿下、急にお腹が痛くなって、すぐに医者に診てもらいたいのです」
もう、逃げる口実になれば何でもいい、とブランディーヌはソファから立ち上がろうとするが、シルベストに手を掴まれている。
「僕が看病しますから大丈夫ですよ」
「王太子妃なんて、絶対にイヤです!」
掴まれていない方の手を振り上げて、王太子を殴りにかかるも、反対に抱きしめられてしまう。
「こんなに可愛いなんて知らなかった。
一生大事にしますから」
結婚してください、と繰り返される言葉に、ブランディーヌは気が遠くなりそうだ。
ブランディーヌは結婚相手を探していた。
そんなんじゃ嫁にいけない、と親に嘆かれ、男一人ぐらい誑かせると豪語するも連敗中。
適度な爵位で適度な容姿、絶対優位に立てる相手ならばボロが出ても大丈夫と目星を付ければ、適度な爵位で適度な容姿の令嬢と婚約されてしまう。
その度に、あのクソジジイ(父親)にお小言を言われ、育て方を間違ったと母親に泣かれる。
シスコンの兄からは嫁に行かなくてもいいと言われても、いつか来る兄嫁からは嫌がられるに違いない。
その兄が、縁談を壊していることをブランディーヌは知らない。
王太子は眉目秀麗、結婚相手として最高ランクのようだが、王太子大好きな母親の女王が未来の王太子妃を虐めるのは目に見えている。
過去に王太子と噂のあった令嬢達は、心を病んで王宮を去っていった。
それでも人気は高いが、ブランディーヌは遠慮したい。
父親の公爵と、その点は気が合っている。
私だけは大丈夫、と変な自信のあるご令嬢達が後を絶たないのだが、王太子はそういう令嬢に興味がないようだった。
結婚したら、国政という責務に携わり苦労するのに、女王という権力者の姑にもいびられ、常に人目に晒され、淑女の仮面を剥がせない。
しかも、王太子は異常な性癖があるようにしか思えない。
柱を蹴っている姿を見られたらしいのに、それを可愛いという、変だ。
ベッドで蹴ってくれ、とお願いされたらどうしよう。
ともかく、この場を逃げなければならない。
「殿下、待ってください。こういう事は父を通してからでないと」
助けてー、お父様。
使える者は何でも使え。
「いくら王太子殿下でも、私は公爵令嬢なのよ!」
「大丈夫だ、ちゃんと責任をとる」
ヤバイ! ほんとヤバイと自覚する。
まだベッドには連れ込まれていない。何とか話し合いでなんて、出来るか!
「この最低野郎!
女を手籠めにして自分のものにしようなんて卑怯者!」
叫んだ時には、テーブルにあった灰皿を振り上げていた。
「いいねぇ。
ソレ、王太子殺人未遂ってことかな?
いくら僕でも、それで殴られたら死ぬから」
平然と座っている王太子に腸が煮えくり返るが、墓穴を掘ったのは分かった。
「死んだ方がいいんじゃない?」
言葉とは反対に、持ち上げた灰皿をテーブルに置くと、ドスンとソファに座り直した。
態度は悪いが、ブランディーヌのマナーはいい。足を揃え横に流して背筋は伸びている。さすがは公爵家の教育、とシルベストは感心する。
「・・・」
部屋の外が騒々しく、何か騒いでいるのが聞こえて来た。
「そこを開けなさい」
ひときわ大きな声が室外から聞こえると、その声の主を想像してブランディーヌが眉をひそめた。
間違いなく女王の声だ。
「いつまでもママ、ママと恥ずかしくないの?」
ブランディーヌは呆れてシルベストを見る。
「仕方ないさ。あの人の血統が僕にこの国の継承1位をもたらしているからね。
もう少し生きていてもらうさ」
シルベストの母である女王が王家の血統である。王配であるシルベストの父親が王として国政を執り行っているので、女王とは名ばかりであるが権力がないわけではない。
「僕はこの部屋に誰も入れないように言ってあるのだが、僕を殺そうとした女を突き出すべきかな?」
「正当防衛です」
ニッコリと笑顔まで浮かべてブランディーヌは言い切る。
「いいねぇ。やっぱり君しかいない」
外の騒ぎを放置して、シルベストはブランディーヌにすり寄ってくる。
「ねぇ、僕をあげるよ」
本気で口説き落としに来た王太子の顔はいい。
100人の令嬢がいたら、99人は心がぐらつくだろう。
「いりませんわ」
出来るだけ王太子の顔を見ないようにして、ブランディーヌが拒否する。
「そんな、僕の前では猫を被らなくっていいんだよ。令嬢言葉の必要はないよ」
クスクスとシルベストの笑い声がする。
腹立つー!
顔がいい、地位もいい、皆に自慢できる、財産もある、素を出しても可愛いと言う、姑さえいなければ最高である。
「どんなに条件がよくても、あの姑がいるんですよ」
無理無理と首を横に振る。
それに貴方の性格の悪さに付いていけません。
「その姑に、君なら対抗できると思うんだ、君しかいないんだよ」
シルベストは絶対に諦めない。
「浮気なんてしないよ。父親の浮気のせいで母親がああなっているからね」
あの手この手で、ブランディーヌにすり寄る。
間違いなくこの王太子は、あの女王の息子だ。
シツコイ。
逃げ切れるか? 否だ。
ブランディーヌが、覚悟を決めるのは早かった。
未来の姑から、未来の夫を奪いとってやる。
それに、好かれているって気持ちいい。
なんか王太子が可愛く見えてきたし、絆された自覚はある。
「冬は寒くって、誰かと一緒にいたい。それが殿下でもいいかも」
あくまでも、殿下でもいいかも、ですからね、と強調する。
春よ、私にも人並みに春が来たのよ! と思いたい。
「ありがとう!
大事にするよ!」
ぎゅっ、と抱きしめてくるシルベストの体温が温かい。
大変な姑がいるけど、絶対に自分の味方の夫っていいかも。
「ね、ずっと扉を叩いているアレ、どうするの?
息子が女を連れ込んだ情報で来たんだろうけど、それって常識ないよね?」
話に聞いていた以上に、女王の息子に対する固執はすごい。
「話をしようと扉を開けたら、入ってくるのは目に見えてる。無視がいいだろう。
常識が欠如している人間に、正論は利かないんだ」
それはお前もだ、と言いたいのを我慢するブランディーヌ。
それより、とシルベストの唇がブランディーヌに落ちて来る。
「冬だから寒いね。もっと温めて」
重ねた口づけは深くなっていく。
「だけど、冬だけなんて言わせないから」
呟いたブランディーヌの腕が、シルベストの肩にまわされた。
「それに、孫は生け贄ではなく、人質になるわ」
「頼もしいな、ますます惚れるよ」
「姑に負けるつもりはないもの」
楽しそうに笑うブランディーヌは、女神の微笑みではなく、いたずらっ子のようだ。
眩しそうにシルベストが目を細める。
諦めたのか、扉を叩く音も無くなっていた。
そして、ブランディーヌの兄が、王太子のプロポーズの噂を聞きつけ部屋に突入してくるまで後わずか。
シルベストも小舅と戦わねばならないようである。
お読みくださり、ありがとうございました。
初めての共同企画で、作者も楽しく書けました。その気持ちが伝わっているといいなぁ。