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母は強い

 -キングスレイ-




 キングスレイは、皇国軍南部方面軍本営内に設置された自分の幕舎に、オズワルドだけを残していた。


 作戦卓には先ほどまで将官や士官達と話し合っていた作戦内容が、地図上に駒となっておかれたままである。


 ゴート共和国軍は五万人にも及ぶ戦力で、後方支援をいれると十万人を超える大軍だ。それに対する皇国軍は四万人で、後方支援は三万弱である。兵站を軽んじているのではなく、それだけ皇国領内に敵が入ってきていることを意味している。


 最前線では常に戦闘が発生しており、さきほどの軍議中にも、偵察隊同士が衝突して発生した戦闘が、拡大することで連隊規模がぶつかる状況になったという報告であった。


 その対応を終えて、幹部たちが束の間の休息をとりに戻った今、キングスレイは個人的な相談を学友である騎士にしたいと思っている。


「休みを犠牲にさせてすまんな」


 皇太子の詫びに、騎士は笑う。


「殿下と俺の仲です。前線に行かせてくれたら忘れますよ」


 オズワルドは皇太子付き参謀だが、前線の様子を視察したいと訴えていて、周囲から止められていた。もちろん、皇太子もそれに反対していたが、側近騎士はまだ諦めていないようだ。


 キングスレイは苦笑し、本題を口にすることで話題を変える。


「彼女たちのことだ。順番を決めないといけない」

「贅沢な悩みで羨ましい」


 オズワルドも、二人きりだからこその口調で本音を伝えた。


「いろいろ悩んでいて、お前なら率直な意見を述べてくれると思って」


 側近騎士は卓上の水さしに手を伸ばし、杯に水を注ぎながら口を開く。


「殿下、クローネ様を大事にするのはわかるが、国のために御子を設ける必要がある。本音を言えばシンクレアはやめておけと言いたいが、対帝国を考えた時、彼女と殿下の御子は必要だろう」

「クローネが……可哀想だけど難しいから、彼女に頼るしかないが……」


 キングスレイが難しい顔をするので、オズワルドはこれまで確かめられずにいた微妙な問いを口にした。


「寝所には?」

「一度もない」

「もう一度、同じことを言う。クローネ様を大事にするのはわかるが、国のために御子を――」

「わかった。わかっているさ」


 騎士の言葉を遮った皇太子は、卓上の皿に盛られたチーズへと手を伸ばす。その彼を眺めるオズワルドは、遮られた諫言を続けた。


「わかっておられんから言う。それに……シンクレアがさらにねじれてしまったのは、殿下が彼女の女性としての自尊心を傷つけたという考え方もできる……あれだけの美女だ。自信があるに違いないが、夫は全く見向きもしない」

「……苦手だ。あのような性格の女性は……いや、会話はするし贈り物もしている。大事にはしているぞ」

「美しいのに苦手なので?」

「美しいのは認める。だが、それだけだ……いや、美しさをおこないで台無しにしている。大事に育てられたのだろう……これまでは、皆が彼女の機嫌をとり、褒めたたえたのだろうけど、皇太子妃や皇妃……いや、皇室の女性は個人であって個人ではないと理解している女性でなければ難しいだろうと思う……本音は帝国に帰ってほしいくらいだ」

「また無理なこと……ゴート共和国との戦争が続くかぎり、ヴァスラ帝国との関係は維持しなければならない。向こうも、中央大陸に影響を持ちたい、海上貿易をさらに拡大させたいから皇国との関係を望んでいる……皇太子なら国のために我慢すべきだと思う」

「わかった……だけど悩んでいる」


 オズワルドは、何を悩むことがあるだろうかと思って笑って口を開く。


「殿下、簡単ですよ。クローネ様、シンクレア様、アメリア様、ローズマリー様、パメラ様、アニータ様……でいいだろうに」

「いや、俺の考えは違う」

「聞きたい」

「クローネ、アメリア、シンクレア……その他三名……名前すら覚えられない。印象がない……」

「お前、見直した。アメリア様を二番目にするのはさすがだ。人柄をよく見ている」

「さっきからタメ口はやめろ、生意気だぞ」


 そういうキングスレイは照れていた。


 オズワルドは思う。


 縦と横に大きなホムルズ家のお姫様は、他のご令嬢たちと決定的に違うのだ。


 偉ぶらない。


 人を大事にする。


 我儘も、かわいい部類だと笑えるものだ。


 驕らない。


 だが、とキングスレイは口を開いた。


「シンクレアが納得するかどうか……それに、アメリアはなんだか俺とあまり話したがらない。手をとろうとすると逃げられるし……家の為に我慢して来てくれているだけかもしれない」

「……遠慮しているのだろ? まだ妻になったわけでもないのだから、正妻や第二夫人がいる殿下と手を……とね。それにこれは噂を聞いたが、当初は女性という期待で呼ばれていたわけではなかったそうだが本当に?」

「その噂は事実だ……母上もひどいなと思ったが、見る目があるなと今は思う……しかし、社交界にほとんど出ない彼女をよく知っていたなと驚いた。彼女ほどの女性なら、必ず記憶に残っているはずなのに、俺はまったく知らなかった」

「それ、実は昔話がある」


 オズワルドは、アメリアの過去を知っていた。


 オーリエ侯爵ヴィルヘルムの婚約者だったが、婚約破棄をされてしまったことを、だ。


「ちょっと有名だった。それまでは……軍学や哲学、物理などを知識人と対等にやりあう姫君として有名だったのだ……背が高くて格好いいご令嬢だったから目立った」

「どこで知った?」

「軍学校に何度も来ていた。殿下とは五つ離れているが、俺はふたつ違いだ。軍学校で見たことがある。いつも威張っていた上級生たちが、彼女が来ると小さくなっていたから笑えたよ」

「……そんな才女を、どうしてオーリエ候は破談にしたのだろう?」

「自分のほうが、背が低くて見上げるのが嫌だったからさ。彼はかっこつけだ」

「それだけで?」

「俺の耳に入っているのはね……で、表舞台からすっかりと離れられて……だから、内宮でひさしぶりにお目にした時、驚いた。名乗られるまでわからなかった……すっかりと変わってらしたから……でも、お人柄はものすごく素敵になっておられた」


 キングスレイは、親友の口調に嫌な予感を覚える。


「お前、惚れてないだろうな? 親友と女性を取り合うのは嫌だ」

「譲ってさしあげますよ、殿下」


 オズワルドの言葉は、本気とも冗談とも取れる。


 だからキングスレイは、自分が選ぼうとしている順位を、両親に認めてもらうにはどう話をすればいいかという考えを始める。


「問題は、シンクレアの順位を落とすことをどう伝えて了承もらうかだな……」

「殿下、しかし、まだ帰れませんよ……たっぷりと考える時間はあります」

「……そうだな。帰還するまでに考えよう……そのついでにゴートをひねる」


 二人で笑い合った。




 -アメリア-




 東方大陸のリーフ王国から、使者として主席魔導士がやって来た。


 わたしはその人の接待を任された時から、心待ちにしていたのです。


 大魔導士アラギウス!


 魔王ミューレゲイトを討伐した英雄の一人。魔王との戦いで、不老の呪いをかけられた彼は、一五〇歳を超えているのにずっと若いまま。


 うらやましい……。


 そんな人物がずっと現役なので、魔法学の発展は著しい! 


 魔王よ、ありがとう!


 彼が描いた魔法物理学の本を持っているわたしは、どうしてもサインが欲しい!


 だけど、その前にちゃんとお務めを果たします。


 今回、アラギウス殿が皇国に来られる目的は、東方大陸の商人連合へゴート共和国が触手を伸ばしていて、これを排除したい王国が皇国に協力関係になりませんかと伝えに来ているのだ。


 この後、皇帝陛下と会って、条件などを決めちゃおうということらしい。


 一時間ほど待って頂く必要があったので、紅茶とケーキ、そして古代ラーグ王朝時代の貴重な書物の写本を用意しておいた。


 アラギウス殿は、写本をみるなり喜色を浮かべて驚いておられ、一晩で写本するから貸してくれとせがまれた。


 ふふふふ、それは差し上げるように写したものなのですよ。


「ご安心ください、アラギウス様。そちらはお土産として持って帰って頂けるよう写本したものでございますゆえ、お返しくださる必要はございませんわ」

「おお! すばらしい! ありがとう!」


 わたしは、隠していた魔法物理学の本をさっと差し出す。


「サイン、ください」


 こうして、アラギウス様のお相手をして、サインももらって、役目を終えてからクローネ様を訪ねる。ここのところ、わたしは毎日、彼女を見舞い、お話をして、本を読んで、次の歌劇の準備をしていますからねと励ましている。


 医学の知識はないが、過去に交流をもっていた医師の方々に手紙を出していて、クローネ様の名前は伏せた状態で、病の状況と妊娠の事実を伝えて助言を願った。


 ゴート共和国の医師ながら、国籍に関係なく各地で患者を診ることで有名なホウコ先生から返信があり、ギュレンシュタインに寄った時に会ってくれることになっている。


 専門は脳医学だが、麻酔を使っての胸部や腹部の外科手術にも長けた方で、アロセル教団からは異端なる者とされているが、実力と実績はすさまじく教団もさすがに手は出せないという凄い人なのだ。


 クローネ様の病を、パパパっと治してもらえたらと期待するも、そういう簡単はものではないだろうなと冷静になる。


 夜になり、日課の運動をおこなう。


 最近、随分と体力がついてきて、歩くのもしんどくなくなってきた。


 ただ歩くだけでなく、腹筋に力を入れて、大股で歩くようにと言われたのでそうしていると、歩行という動作はいろんな筋肉を使っておこなうのだなと理解できる。


 体重も順調に減っている。


 そろそろ、ダイエットはやめていいかもしれないと思ったけど、イエッタにこう言われた。


「あら、せっかくお痩せになられているのに、途中でやめてしまうのは残念じゃありませんか? 継続して、アメリア様を馬鹿にした人たちを見返してやりましょうよ」


 横へのサイズが小さくなっても、縦のサイズはどうしようもないんですよ……。


 イエッタはいいわよ。小さくて可愛らしいから……。


 まあ、でもここでやめるのも気持ち悪いからとりあえず継続するか。




 -アメリア-




 ホウコ先生と久しぶりに再会した。


「お? ちっとは痩せた?」

「あ? 気付きました? ダイエットしているのですよ」

「ええことじゃ! 肥満は万病のもとだからの……でも、痩せすぎはいかんぞ。少しぽっちゃりくらいがちょうどええんじゃ。そうなったら嫁にもらってやるから」

「……本気ですか?」

「冗談だ、これ、お土産」


 ホウコ先生がお土産と言って渡してくれたのは、北方大陸で入手したという漢方薬だった。


「心臓の病といってもいくつも種類はある。あんたのご友人の病状がわからんと治療できるのか、できんのかもわからんが、この薬は北の大陸の大宋で購入した漢方薬でな、心の臓が弱い人が飲むと効き目があるといわれておるよ」

「すごく臭いですね、これ」

「漢方だからな。で、その人には会えんか?」


 わたしは悩んだ挙句、ホウコ先生に他言無用と伝えてからクローネ様の室にお連れした。


 あくまでも、友人を紹介するという形にして、皇帝陛下とお妃様にも秘密にしたのは、許可を取るにはあれこれと事情を説明しないといけないし、そもそも許可を取ることじたいに時間がかかるが、ホウコ先生は明日には発たねばならないという余裕の無さが原因だ。


 クローネ様を紹介すると、ホウコ先生は頷く。


「ホウコ・ユキダツ・ハイネンと申します。少し、お身体に触れてもよろしいでしょうか?」


 クローネ様が頷くも、侍女のテスラどのが反対する。だけど、わたしとクローネの説得で、ホウコ先生の触診は許可された。


 先生はクローネ様の左手首をもち、魔力の力で彼女の体内を診察する。


 魔導士でありながら、戦うことではなく救う道を選んだ偉大な医師で魔導士なのだ。


 さすがアラギウス様の直弟子!


 不老不死のアラギウス様のほうが若い外見だけど、ホウコ先生より年上というのは驚きです……。


 ホウコ先生が溜息をつく。


「クローネ様、この病を治すことができぬという主治医の診立ては正しい。素晴らしい医師です。その者の指示通りに過ごされることで、時間を伸ばすことは可能でしょう」

「先生、ありがとうございます」


 クローネ様が頭を下げる。


 ホウコ先生でも、駄目なのか……。


 先生はそこで微笑むと、優しい口調となる。


「今、魔力でお身体を診させて頂いた際、わかりました。男の子でございますよ」


 クローネ様が輝く笑顔を浮かべる。


 テスラどのが、口を手で覆い涙を溜めた。


 わたしは、先生への感謝で言葉がでない。


「五カ月が経過した頃とお見受けします……春、お産まれになられますでしょう」

「がんばります。一命をかけてこの子にこの世界を見せたいのです」


 クローネ様の言葉に、わたしは意見することにした。


「クローネ様、ではご懐妊を両陛下に……安定期に入っておられるので、ぜひ」


 テスラどのも、わたしに同調する。


「さようです、姫様。この機会を逃せば、隠していたと思われておかしな誤解を受けかねませぬよ」


 わたしはホウコ先生に尋ねる。


「主治医の方に、相談したら気付いたという方法で伝わるのが良いと考えますが、如何でしょうか?」

「そうですな……ご病気のこともあってまさかと思っていたが、もしかしたらと期待して相談します、ということで主治医殿にお話をしてみてくだされ」

「はい、先生。アメリア、ありがとう」


 こうして、翌日の昼には、クローネ様ご懐妊の報は都中にも知れ渡ることになる。


 両陛下が涙を流して喜びつつも、クローネ様と話し合った結果、クローネ様の決意を受けて、彼女の出産が仮にその命を脅かすものであっても止めないと決まった。


 両陛下が、クローネ様の国元に報告をする。


 そして、エリザベス様はこうも決めた。


「シンクレアはこれで不要となりました。祖国に帰るか、爵位を得て我が皇国で暮らすか選ぶがよい」


 どーん!


 どどどーん!


 シンクレア様はこうして、王宮を出て都の近くに領地をもらい独立します。


 お妃様、怖い……。


 エリザベス様、きっとそれはこれまでの自由奔放にも我慢していたけど、その必要もないから消えろという本音ですね……。


 そして、政治的な意味もある。もしシンクレア様もご懐妊となれば、ヴァスラ帝国の血をもつ子供が二人となり、それぞれ母親が違う。跡目問題で両国は揉めかねない。また本来の主目的――クローネ様との間に孫はできないだろうと諦めて、シンクレア様を迎えたが、それは本来であれば国と国の関係を保つためという主目的があった。それが今回、クローネ様のご懐妊をもって為されるのであれば、シンクレアは不要としたのだ。冷徹というか、非人道的なおこないにも感じる。しかし、エリザベス様がこうしたのはきっとクローネ様を守るためだ。


 ご出産まで待たなかったのは、シンクレア様がクローネ様の出産を阻もうとよからぬことをしないように、である。


 そう推測したってことをイエッタに話すと、彼女は「うへぇ」と変な声を出して、こう続けた。

「そういうことを推理しちゃうアメリア様が恐いです。そんな政治家みたいなこと考えるのをやめて、チョコレートケーキ食べませんか? 持って参ります」


 賛成! 甘くなくてもチョコレートはチョコレートよ!

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